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Beyond 5G/6Gとさらに進化したIoTデバイスで DX・GX基盤となるIIoTシステムを構築(後編)

持続可能な豊かな社会の実現を目指して、デジタルトランスフォーメーション(DX)とグリーントランスフォーメーション(GX)による、社会システムやビジネスの改革が進められています。それらの実践には、デジタル情報の活用基盤であるIIoT(インダストリアルIoT)システムの活用が欠かせません。要素技術から応用まで、IIoTシステム全体を俯瞰して幅広い技術を研究されている東京大学 中尾教授と、次世代の情報通信関連ビジネスの企画を担当する村田製作所 下前が、時代の要請に応えるIIoTシステムの姿と、そこで求められる技術の今とこれからについて議論しました。後編となる今回は、IIoTシステムのエッジ側で求められる技術と、その進化の方向性について、研究者と事業者それぞれの視点から議論を交わした内容を紹介します。

前編では、デジタルトランスフォーメーション(DX)やグリーントランスフォーメーション(GX)を実践する情報基盤となるIIoT(インダストリアルIoT)システムの構築に欠かせない、通信インフラの整備状況とその次世代技術の開発展望を紹介しました。ただし、より効果的で効率的な社会課題の解決やビジネス価値の創出を実現するためには、通信インフラ以外の技術要素にもさらなる進化が求められてきます。

後編では、IIoTシステムのアーキテクチャやエッジ側に置く端末に求められる技術要件について、東京大学大学院工学系研究科 システム創成学専攻 中尾教授が解説。村田製作所 技術開発部門 マネージャーの下前が、その実現にむけたムラタの取り組みを紹介します。

エッジコンピューティングでリアルタイム性と信頼性を実現

情報処理システムのトレンドの中で、「エッジコンピューティング」という言葉を聞く機会が増えてきました。

一般に、IIoTシステムでは、現場(エッジ)に置いたセンサを搭載したIoTデバイスでデータ収集し、ネットワーク経由でデータセンタなどクラウドに転送。そこで蓄積したビッグデータに解析処理を施すことで、価値ある情報を抽出しています。情報処理の多くをクラウドで行うことで、豊富な計算リソースを効率よく活用しながら、より高度な解析・最適化を可能にしています。

これに対し、エッジコンピューティングは、情報処理の一部をあえてエッジで行うシステム・アーキテクチャです。何らかの合理性に基づいて、エッジとクラウドそれぞれで情報処理を最適分担します。

エッジコンピューティングの概念図イメージ
図1.エッジコンピューティング概念図

IIoTシステムにおけるエッジコンピューティング導入のメリットは、「低遅延でのフィードバックが可能になる点と、計算リソースの分散化が実現する点にあります。低遅延の観点では、特にローカル5GをベースにしたIIoTシステムにおいて、基地局近傍に自前の計算リソースを配置することで、状況変化に迅速対応する自律的に稼働条件を調整可能な工場や産業プラント、社会インフラなどを実現できるようになります。また、クラウドなどに計算リソースを集中させると、SPOF(Single Point of Frailer)と呼ばれる1点の故障によるシステム全体のダウンや、輻輳(ふくそう:データが1か所に集中して混雑する状態)の発生による故障が起きやすくなります。エッジコンピューティングを活用して、計算リソースを分散させれば、信頼性の高いシステムを実現できます。さらに、社外のパブリッククラウドへのデータ転送を限定することで、プライバシーや機密情報を守ることができるというメリットも出てきます」と中尾教授は説明します。これらのメリットから、エッジコンピューティングは、スマートシティやスマートファクトリー、無人化店舗、自動運転車など、処理のリアルタイム性や信頼性が求められるアプリケーションの実現で重要なソリューションになります。

中尾彰宏教授のプロフィール画像

東京大学大学院工学系研究科 システム創成学専攻 教授・東京大学総長特任補佐 中尾彰宏先生

1993年に東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻修士課程修了。米IBM Texas Austin研究所やIBM東京基礎研究所などを経て、米プリンストン大学大学院情報科学科にて修士号およびPh.D.を取得。2005年より東京大学にて教鞭を執り、2021年4月より現職。

技術的合理性に加えて社会的合理性の観点からも最適IIoTシステムを洞察

IIoTシステムでは、エッジ端末やアクセスポイント、サーバなど機器間をつなぐネットワークの速度や遅延時間、同時接続可能な端末の数次第で、実際のデータ転送速度が大きく変わります。エッジ端末をつなぐ携帯電話のインフラが、4G、5G、そして6Gと進化するにつれて、これらはいずれも向上します。このため、通信インフラが進化すれば、わざわざエッジコンピューティングを利用しなくても、すべての情報処理をクラウドに集めることができるのではと考える人がいるかもしれません。

しかし実際には、遅延時間の短縮には限界があります。さらに、セキュリティやプライバシーなどの観点から、技術的にはクラウドに集中できたとしても、データガバナンスの観点から、海外データセンタにデータを置くことを避けたいと考える場合もあります。事業継続計画(BCP)の視点から、クラウドとオンプレミスの両方にデータを置きたいケースもあります。

「IIoTシステムは、社会基盤であるため、技術的合理性の観点からだけでなく、社会的合理性の観点からも最適なアーキテクチャを選定する必要があります。このため、エッジコンピューティングは、IIoTシステムに求められる多角的な要件を満たすために欠かせません」(中尾教授)。IIoTシステムを構成する技術要素を開発し、システム構築に不可欠な部品・技術を提供するメーカーにも、こうした多角的視点からの技術選定が求められるようになってきています。「ムラタは、通信業界のお客様と長年お付き合いしてきた経験と技術の蓄積を基に、技術的合理性に沿って将来技術を見通すことができます。しかし、社会的合理性を念頭に置いた見定めは簡単ではありません。幅広い知見を持つ、大学、他の企業、研究機関などとの連携が重要になると考えています」と下前は語ります。

また、中尾教授は、「Beyond 5Gでは、膨大なデータを瞬時に収集・伝送できるようになるため、図らずもプライバシーを侵害してしまうといった事態が起きる可能性があります。大学の工学系の研究者だけでなく、倫理、法制度、公共政策など、幅広い観点から社会実装する技術の妥当性を検討できる体制が求められています」とも言います。すでに同教授の研究室では、富士山の登山道にローカル5Gの基地局を設置して、匿名センサによって、個人情報を特定することなく、登山道を行き交う人の数を把握できる技術の実証実験を行っているそうです。

村田製作所 技術開発部門 マネージャー 下前
村田製作所 技術開発部門 マネージャー 下前

IoTデバイスの小型化・低消費電力化で、より高付加価値な情報を収集

IIoTシステムの活用とその進化にむけて、もう一つ重要な技術開発課題があります。IoTデバイスの小型化・低消費電力化です。より多くのIoTデバイスを、データを収集したい場所に設置できるようにするために欠かせない進化軸です。

価値ある情報を収集するためには、任意の場所に、必要な数のIoTデバイスを確実に設置・運用することが重要になります。ところが、IoTデバイスの形状が大きかったり、消費電力が大きかったりすると、設置に制限が加わってしまうことになります。

たとえば、産業ロボットの動き回るアームの先に付いたロボットハンドの振動や温度などを検知するIoTデバイスを考えてみましょう。大きいIoTデバイスを取り付けた状態ではロボット自体の動きを妨げてしまう可能性があります。このため、小型化が必須になります。また、IoTデバイスの小型化を推し進めれば、人が身に付けて違和感なく生活できるようになったり、自動車などモビリティや家電製品、ビルやオフィスの設備などあらゆる場所に違和感・異物感なく設置できるようになります。IoTデバイスは、存在を感じさせないほど小型化することで、利用価値が高まってきます。

IoTデバイスの小型化には、そこに搭載する部品の小型化が欠かせません。「ムラタは、コンデンサやインダクタ、フィルタ、パワーアンプ、センサといったIoTデバイスに搭載する多様な部品に加え、それらを組み合わせたモジュールの開発と製造に関わる、多様な技術を蓄積しています。これまでに培った設計や製造の技術をさらに発展させることで、IoTデバイスの構成に欠かせない部品のさらなる小型化と高性能化を目指します」と下前は言います。

500億台のIoTデバイスを低消費電力化

さらに、莫大な数のIoTデバイスを世の中のさまざまな場所に設置するためには、低消費電力化も必要になってきます。

2030年には500億台ものIoTデバイスが、設置・活用される可能性があります。現時点ですでに広く普及している電子機器の代表であるスマートフォンの普及台数と比較しても、ケタ違いに多くなることになります。ここまで多くの電子機器が一斉に稼働すれば、莫大な電力を消費することになります。中尾教授は、「カーボンニュートラル達成は、全世界が一丸となって取り組むべき課題となりました。GXの実践にむけて活用するIoTデバイス自体が大きな電力を消費し、CO2排出量を増やす要因になってしまったら、本末転倒です。センサやマイコンといったハードウエア自体を低消費電力化することはもちろん、通信プロトコルを工夫して無駄な通信を減らしたり、知的適応制御による高度な電源管理を導入したりといった、多様なアプローチからの対策が必要になってきます」と低消費電力化の重要性を指摘しています。

IoTデバイスの低消費電力化を推し進めるためには、部品レベルでの対策も必須です。「ムラタでは、1台1台の消費電力を最小限に抑えながら、効率よくデータを収集できる技術を模索しています。たとえば、無線機能に不可欠なRF回路の中で電力を多く消費しているパワーアンプでの損失を減らすため、最適なプロセスや設計手法を検討するとともに、効率改善の手法のひとつであるデジタル・エンベロープ・トラッキング技術を保有する米ETA WirelessをM&Aで取得し、多角的な改善を進めています」(下前)。

メンテナンスフリーの理想的IoTデバイスを目指して

価値ある情報を収集・活用できるIIoTシステムを構築するためには、理想的には、小型でメンテナンスフリーのIoTデバイスが必要になってきます。得てして、人間が踏み込み難い場所やタイミングで収集したデータほど、付加価値が高い傾向があります。これまで人手では収集できなかった未知のデータだからです。小型でメンテナンスフリーのIoTデバイスならば、人が踏み込めない過酷な環境や機械の内部、さらには海中や空など、あらゆる場所からリアルタイムのデータを定常的に収集できるようになります。

エネルギーハーベスティング概念図
図2.エネルギーハーベスティング概念図

こうした理想の実現を目指して、今、光・振動・温度差など周辺環境に内在するエネルギーを電力に変えて利用する、エネルギーハーベスティング(環境発電)の活用に注目が集まっています。「エネルギーハーベスティングの技術は発展段階にあり、市場もまだ萌芽期です。しかし、活用すれば、長時間に亘って連続稼働可能な機器が出来上がるだけでなく、スマートハウス、スマートグリッド、スマートコミュニティ、スマートファクトリー、スマートヘルスケアなど、さまざまな分野で新たな価値を秘めたサービスが創出される可能性があります。潜在市場はきわめて大きいと言えます」と技術の市場価値の高さを下前は示唆しています。

バックスキャッタ概念図
図3.バックスキャッタ概念図

また、ゼロエネルギーで活用可能なIoTデバイスを実現する技術として、バックスキャッタ通信と呼ばれる技術にも関心の目がむけられるようになりました。バックスキャッタ通信とは、データを送信する側で搬送波を作り出すことなく、アンテナのインピーダンスをスイッチで高速に切り替えるだけでデータを送信する技術です。自ら電波を発射するのではなく、テレビやWi-Fiなど環境に存在する電波をアンテナで反射/吸収することで電波をオン/オフするように変調をかけてデータを伝送します。送信側端末にアンプが不要になるため、きわめて低い電力でデータを送信できます。ただし、まだ実用化にはいたっていない未来の技術であり、「バックスキャッタ通信の実現には、無線に関する高度な技術が欠かせません。ここで豊富な実績を持つ村田製作所に期待したいところです」と中尾教授は言います。

5GやBeyond 5G/6Gなど通信インフラ、さらにはエッジ側で利用するIoTデバイスなど、DXやGXの実践に欠かせないIIoTシステムの技術要素は着実に実現し、継続的に進化しています。DXやGXの進展による持続可能な豊かな社会の実現は、こうした技術要素のさらなる進化と社会実装によって支えられています。

さまざまな人・モノ・コトがつながるSmart Societyを支える、村田製作所のデバイスやソリューションを紹介します

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