村田製作所のデータサイエンス事例発表と企業ブースのレポート―人工知能学会全国大会2024のメイン画像

データサイエンティスト×Murata

村田製作所のデータサイエンス事例発表と企業ブースのレポート―人工知能学会全国大会2024

この記事では、村田製作所(以下、ムラタ)が参加した「人工知能学会全国大会2024」での事例の口頭発表や、企業ブースの出展内容とその様子について、当日現地で参加したデータ戦略推進部の3名のコメントを交えてお伝えします。

1. 学会に参加し、データサイエンスの実用化をアピール

人工知能学会全国大会2024(以下、JSAI 2024)は、人工知能に関する日本国内では大規模な学術集会です。5月28日~31日に浜松アクトシティで開催され、約3,790名(うち社会人約3,010名・学生約780名)が参加しました。

ムラタでは多様な分野の業務においてデータサイエンスを積極的に活用しています。今回のJSAI 2024への参加目的について、東は次のように語りました。

「ムラタの社名をご存知の方でも、AIを含むデータサイエンスが当社の幅広い業務で実用化されていることは、あまり認知されていない状況でした。JSAI 2024への参加は、多くの参加企業や大学の研究者、学生に当社のデータサイエンスについて知っていただく機会になります。同時に、当方も社外とのコミュニケーションを通して気づきや学びを得たいという想いがありました」

東、中野、松井の写真

写真右から
東:製造分野でのデータサイエンスを担当。学会では数理最適化事例を発表。
中野:営業・マーケティング分野でのデータサイエンスを担当。学会ではAI活用事例を発表。
松井:新規ビジネスでのデータサイエンスを担当。学会ではムラタのブースで訪問者に対応。

2. データサイエンスの取り組み事例発表

電機・自動車・製薬といった製造業から情報通信業、各種のベンチャー企業など、さまざまな業種が30社参加したインダストリアルセッションでの口頭発表に参加しました。

座席がほぼ埋まる100名ほどが集まるなか、データ戦略推進部の東と中野がそれぞれ実際に取り組んだデータサイエンスの事例を発表しました。以下では、2名の発表内容について紹介します。

データサイエンス事例「生産スケジューリングへの数理最適化の適用検証」

東の写真
製造現場での数理最適化事例を発表する東

東は、製造現場での複雑な生産スケジュール立案業務を自動化する数理最適化*1の適応検証事例について、各段階での経験談とともに発表しました。

「すでに実用化している事例ではなく検証事例を選んだのは、事業所への導入にむけて調整を進めていくなか、発表を見た方々から意見やヒントが得られることも期待できたからです。実際、登壇後に他社でデータサイエンスに携わっている方々とお話しする機会が得られ、現場ならではの深い議論を交わすことができました」

*1 数理最適化とは、数学的手法やアルゴリズムを用いて特定の目標を達成するための最適な解を見つけること。たとえば、複数の変数と制約条件を考慮し、目標を最大化または最小化する解を導き出す。機械学習が大量のデータでの訓練を要することに対し、数理最適化では構築した数理モデルに基づいて最適な解を求める。

  • 課題:生産スケジュールの作成業務が属人化。人材育成にも時間がかかる。
  • 活動:複雑な制約を含む生産計画の作成業務への数理最適化の適用可能性を検証。特に、設備への割当量を決める問題に適用。
生産スケジューリング(設備への割当問題)のイメージ
図1 生産スケジューリング(設備への割当問題)のイメージ

製造現場との密なやりとりと学びで、定式化と許容解に導くまでの過程を下記に示します。

(1)難易度の高いスタート

製造現場へのヒアリングでは過去に数理最適化の適用事例がなく、東自身も高校の知識(線形計画法)からのスタートでした。 
一般に、数理最適化で難しいポイントのひとつは、現実の業務に存在する制約や要件を数式に落とし込む部分です。

「製造現場へのヒアリングでは、要件が複雑かつ製造工程に関する専門用語ばかり。当初は具体的な内容が把握できませんでした。同時に、現場では機械学習(ML:Machine Learning)の活用が中心で、数理最適化の適用事例がありませんでした。また、技術検証を担当した私自身も、材料系出身でMLの経験はありましたが、数理最適化は初めての取り組みで、線形計画法*2で問題解決できるかどうかも見通せない状況でした」

*2 線形計画法とは、いくつかの一次不等式を満たす領域において、一次関数の値を最大化または最小化する変数の値を求める方法。一定の制限下で対象を最適化するという目的に対応する。与えられた不等式を満たす領域を図示し、領域内で目的変数が最大・最小となる変数を求める。

(2)詳細な業務理解と小規模からのトライアル

製造現場の業務に詳しい人の協力を得て、数式化できるまで業務を細かく理解していきました。また、実際の製造現場では多品種を多くの設備で生産しているところを、まずは3製品×3設備といった小規模な問題から定式化に着手しました。

「ムラタには新しい技術に関心のある人が多く、現場の業務に精通している人が、私のチャレンジに協力してくれました。数式に落とし込むには現場の業務を詳細まで理解する必要がありますが、私の質問に対して粘り強く分かりやすい言葉で教えてくれました。同時に私は書籍や勉強会で最適化について学びました。最適化アルゴリズムはもちろんですが、小規模なところから線形計画問題に落とし込む手法を身につけていきました」

(3)業務要件を満たす定式化に成功

制約式とコードを色分けし整理のイメージ画像
制約式とコードを色分けし整理*3

現場の業務要件への理解を深めながら、さまざまな最適化手法を組み合わせるといった工夫を重ね、定式化を進めました。その結果、最低限の要件を満たす式と許容解を得ることに成功。この知見を部内で共有し、社内で発信しました。

「効率のよい定式ではないとは思いますが、業務要件を満たす定式化と許容解を得ることができました。本件は、技術検証を終了し、社内で事例を発信したところ、数理最適化に興味を持った他部署から相談を受けるようになりました」

*3 東は手書きで制約式を黒、コードの紐づけを赤の字で記述しながら複雑な要件と数式を整理(非開示情報を含むため、画像にぼかしを入れています)。

結果として、数理最適化による自動化で、人が作成する生産スケジュールと同程度の出来栄えが得られ、複雑な制約を含む生産計画作成業務への適用可能性を探るという目標は達成されました。チョコ停(突発的なトラブルによる短時間の設備停止)時や制約条件の変更、工程変更に対応するメンテナンス体制の構築を次なる課題としています。別工場からの依頼を受け、業務適用にむけたプロジェクトが進行しています。

AI活用事例「自然言語モデルを活用した、問い合わせ回答業務の自動分類」

中野の写真
問い合わせ回答でのAI活用事例を発表する中野

中野は、社外からの調査依頼や問い合わせに対し、自然言語モデルを活用して適切な対応部門を提案することで、依頼対応の効率化やお客様への返答時間の短縮化を図る独自のシステム(以下、回答部門提案エンジン)の活用について説明しました。

中野「ムラタは電子部品の製造会社のイメージが強いと思いますが、それ以外の領域でもデータサイエンスに取り組んでいることを知って欲しいと思い、このテーマを選びました。また、社内で企画からモデル、システムの開発までを行ったこの取り組みが、PoC(Proof of Concept:概念実証)だけで終わることなく、業務で実用化して成果を出していることも伝えたいと思いました」

  • 課題:たとえばお客様や監査機関からの認証やそれに関わる管理体制といった問い合わせに対し、適切な部署に回答作成を依頼して、的確な回答を得るまでに時間と手間がかかる。
  • 活動:テンプレートにお客様の問い合わせを記載してインプットすると、高精度な自然言語モデル(日本語/英語を自動判別)で、回答部署を自動推論して提案(図2)。回答にかかる時間を短縮し業務を効率化。
回答部門提案エンジン導入による業務効率化の概念図
図2 回答部門提案エンジン導入による業務効率化の概念図

回答部門提案エンジンの運用方法や、利便性と精度の向上について、3つの要素を下記に示します。

  • システムの運用
    従業員なら誰でも簡単に使えるシステムを目指しました。ユーザーの操作は、転記用テンプレートに問い合わせの質問を記載し、クラウドサーバのインプットフォルダに保存するだけです。自然言語モデルで回答部門を推論した結果をテンプレートに追記し、自動的にアウトプットフォルダに返却します。
  • 言語ゲートモデル
    先行研究の結果から、単一言語モデルを使用したほうが、より精度が高くなる傾向があることが判明していました。そこで、入力された問い合わせが日本語か英語かを自動判別する言語ゲートモデルを開発し、精度向上を図りました。
  • 高精度な自然言語モデル
    BERT*4モデルを用いて、日本語モデルと英語モデル共に精度が85.0%を超えるモデル開発に成功しました。お客様などからの問い合わせへの回答で実用化するにあたり、高精度なモデル開発は必要不可欠でした。

*4 BERTとは、Bidirectional Encoder Representations from Transformersの略で、Googleが2018年に発表した自然言語処理(NLP:Natural Language Processing)用のモデルのこと。双方向型教師なし学習による事前学習モデル(pretrain-model)により文脈表現を把握する能力を向上させ、汎用性を高めたモデルと言われている。

このシステムは、類似する業務タスクにも横展開され、図3に示すように営業業務にも活用されています。

回答部門提案エンジンの営業領域への展開イメージ
図3 回答部門提案エンジンの営業領域への展開イメージ

ムラタは数多くの種類や仕様の製品を扱っており、製品ごとに担当する事業部が異なります。そこで、回答部門提案エンジンを活用することでお客様の要求に応える製品を特定し、回答する業務を省力化かつ高速化します。

中野「ムラタは製品や業務の種類が多いため、人力で適切な問い合わせ先に辿り着くまでに多くの時間と労力を要します。こうした悩みは社内にまだまだ散在しています。今後のビジョンとして、回答部門提案エンジンをシリーズ化し、各領域における回答作成業務を一気通貫で支援できるシステムへと展開したいです。また、入力作業をより簡素化したり、アウトプット内容から問い合わせのアクションを自動化したりといったユーザビリティの向上にも取り組みたいです」

3. 企業展示では幅広い活動とボトムアップでの活動が注目集める

企業展示ブースでは、データサイエンスの取り組み事例を紹介するポスターと製品を展示しました。

ブースの写真
電子部品や通信モジュールの展示のほか、センサやヘルスケア製品の体験用デモ機も用意

松井「ブースに立ち寄ってくださったほとんどの方は、ムラタがデータサイエンスに取り組んでいることをご存知ではありませんでした。私たちの幅広い活動を知っていただけたのは良かったです。加えて、当社の社風にトップダウンのイメージを持たれている方も多かったのですが、実際にはボトムアップでの取り組みが多くあることを知って驚かれていました。また、当社はヘルスケア関連製品の研究開発において、大学と共同研究契約を結んで取り組んでいます。この分野の研究を行っている学生さんには興味深かったようで、たくさんの質疑応答がありました」

4. 今後はより具体的に、より深いコミュニケーションを

東、中野、松井の写真

最後にJSAI 2024に参加した所感や学会での今後の展望について、3人は次のように語りました。

「私が口頭発表で社内に適用事例がない技術を学ぶプロセスを語ったためか、他社の方々から社内教育について質問をいただきました。今後、データサイエンスに関わる人材を拡充していくためには、社内教育の充実や最新技術にキャッチアップする体制について、もっと周知が必要だと感じました。また、今回の事例発表では、技術的な説明が少し抽象的でした。次回は技術面の具体性を強化することで、社外との質疑応答や議論をより充実させたいと思います」

中野「私はJSAI 2024で初めて口頭発表を行いました。実は、これまで発表はハードルが高いと思っていました。しかし、いざ実践してみると、対外的に発信することの大切さを実感できました。データ戦略推進部の実績もたくさん蓄積されているので、今後はより具体的な事例を発信していきたいと思います。学会で我々のような企業が具体的な事例を発表していくことにより、意見を交換して互いの技術を練磨したり、製造業全体でのDX推進に繋がったりすることが理想です」

松井「ほとんど知られていなかったムラタのデータサイエンスへの取り組みを学会で周知できたことは大きな成果だったと思います。今回は、ムラタの取り組みの幅広さを知っていただくことに注力しましたが、今後はそれぞれの具体性を向上させたいです。口頭発表の内容とブース展示をリンクさせるなどして、来場者との深いコミュニケーションが生まれることに期待しています」

※この記事の内容は、記事公開日時点の情報です。組織や取り組みの内容、名称などは変更となる場合があります。

[データサイエンスの関連記事]

[AIの関連記事]

関連記事