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オープンイノベーション×PKSHA

研究開発と社会実装の“共進化”で、AI活用のインパクトをより多くの分野へと拡大

人工知能(AI)の応用が、着実に広がってきました。小売、広告、医療、教育、金融など、多様な分野の思いがけないサービスにもAIが使われています。これまで、デジタル技術とは縁遠かった分野でこそ、AIの活用が広がっているようにも見えます。日本におけるAIの応用拡大に大いに貢献している企業が、PKSHA Technology(株式会社パークシャテクノロジー)です。同社は、AIアルゴリズムの研究開発と、それを応用したソリューション / プロダクトの社会実装を相互連携させることで、効果的なAIの応用拡大を加速させてきました。そして現在、異分野連携によるオープンイノベーションにも取り組み、AI技術の進化と社会実装の拡大に挑んでいます。同社 代表取締役の上野山勝也氏に、AI活用とその応用拡大の最前線について聞きました。前編となる今回は、さまざまな分野でAIの応用開拓をしていく際のポイントについて紹介します。

機械学習や深層学習(ディープラーニング)など、いわゆる人工知能(AI)に関連した情報処理技術の活用が着実に進んできています。

2012年、深層学習の活用によって画像認識の認識率が飛躍的に向上し、2015年にはとうとう人間の認識能力を超える高性能を実現できるようになりました。そして、2016年には深層学習ベースのコンピュータ囲碁プログラムがトップ棋士に勝利。そんな一般にも分かりやすい成果が数多く示され、AIは社会現象と呼べるブームを巻き起こしました。

機械学習や深層学習では、莫大な量のデータをコンピュータが学習することで、データの中に潜む人間の感覚では見えない傾向を探り、精度の高い推論を可能にします。処理手順を明確にルール化したプログラムを用いる従来の情報処理技術のアプローチとは対照的な、異質な知性だと言えます。

着実に社会実装が進む機械学習ベースのAI

多くの人がAIによって仕事を奪われる可能性を論じ、あらゆる企業が自社ビジネスへのAIの適用を考えていたブーム中の状況に比べれば、現在ではAIの話題は随分落ち着いたように感じます。ただし、機械学習や深層学習をベースとしたAI(以降、AI)でなければ実現できない応用が明確になり、着実に社会実装が進むフェーズへと移行したと捉えることができるのかもしれません。

従来とは異質な情報処理技術であるAIは、それまでの技術では対応できなかった課題を解決できる可能性を秘めています。このため、これまで情報処理技術の応用が進んでいなかった分野のビジネスにも新たな価値を生み出しつつあります。そんな手つかずの可能性にビジネスチャンスを見出して、スタートアップから大企業まで多くの企業が、AIを応用した機器開発やサービス創出に取り組んでいます。

そうした中、AIブームが始まる前から現在に至るまで、日本でのAI技術の研究開発と社会実装をリードし続けてきた日本のスタートアップがあります。PKSHA Technology(パークシャテクノロジー、以下、PKSHA)です。2012年に、東京大学発のスタートアップとして、前身のAppReSearchが設立されて以来、AIを効果的に活用したデータ解析のアプリケーションを継続的に開発。さまざまな業界・業種の企業が抱える課題の解決や価値創出を支援してきました。

PKSHAは、自然言語処理、画像認識、機械学習 / 深層学習に関わるアルゴリズムの研究開発とその社会実装で強みを発揮している企業です。これまでに、研究開発した165個のAIアルゴリズムを2200社以上の企業が運用するソフトウエア・オペレーションに導入。各企業が運用するサービスを通じて、1日930万人以上のユーザーが同社のアルゴリズムを利用しているそうです。

PKSHAのロゴ

[株式会社 PKSHA Technology]

「未来のソフトウエアを形にする」をミッションに、企業と顧客の未来の関係性を創るべく自社開発した機械学習 / 深層学習領域のアルゴリズムを用いた AI ソリューションの開発・AI SaaS の提供を行っています。自然言語処理技術を用いた自動応答や、画像 / 動画認識、予測モデルなど多岐に亘る技術をベースにお客様の課題に合わせた解決策を提供するほか、共通課題を解決するAI SaaS の展開により、日本の DX 推進を多面的に支援し、人とソフトウエアが共に進化する豊かな社会を目指します。

顧客との連携で生み出す競争力の高い技術の応用を多分野に展開

現在、AIの代表的応用分野は何かと問えば、多くの人が自動車分野での自動運転技術などを思い浮かべるのではないでしょうか。ですが、AIの応用は思いのほか身近なところにも広がっているのです。たとえばPKSHAでは、「金融、小売、医療 / 製薬、製造など多種多様な産業・業種にむけて、AIを効果的に活用するためのソリューションやプロダクトを提供しています」と同社代表取締役の上野山勝也氏は言います(図1)。

PKSHAのAIソリューション / プロダクトの応用のイメージ画像
図1 PKSHAのAIソリューション / プロダクトの応用(出所:PKSHA)

PKSHAでは、複数領域のアルゴリズムモジュールを研究開発し、多様なユースケースにむけたソリューションやプロダクトを構成する要素技術として活用しています。

「音声認識・音声合成モジュール」は、人の音声の内容を理解し、自然な合成音声で人に伝えるモジュールです。また、「自然言語処理モジュール」では、話し言葉で伝えられた情報を理解し、内容の中から価値ある情報を抽出・整理・解釈・検索・変換・応答・生成します。「動画像認識・動画像合成モジュール」では、画像や動画から人やモノ、背景を判別し、内容を解釈・合成。そして、「予測 / 推論 / 最適化モジュール」では、データに内在する人が気付きにくい傾向の抽出や適切な意思決定を行います。

ただし、こうした要素技術を保有しているだけでは競争力の高いビジネスは展開できないとPKSHAは言います。「要素技術を社会が抱えているニーズに結び付けて、価値あるサービスを生み出すことこそが重要なのです」(上野山氏)。

そして同社は、顧客企業と連携しながら、さまざまなニーズに応えるソリューションを開発してきたそうです。小売店の需要を予測した上での商品価格の最適化、駐車場などを利用する車両の自動認識、クレジットカードの不正使用の検知、小売店での商品陳列の棚割りの最適化、理解度や苦手傾向に応じて問題を最適化する学習アプリなど、応用は多岐に亘ります。そのいずれもが、従来ならば経験豊富な専門家が行っていた業務を自動化したものです。

さらに、多くのアプリケーションに適用可能な標準サービスとして「プロダクト(AI SaaS)」も開発し、クラウドサービスとして提供しています。代表的なプロダクトには、数行のタグをウェブサイトに埋め込むだけで簡単にチャット型対話エンジンを導入できるチャットボット機能、コールセンターに入電する定型的な問い合わせを自動音声対話で完結させるボイスボット機能、FAQ(よくある質問と回答)の作成・公開・評価から対応管理までをワンストップで実現する機能などがあります。

ソフトウエアの研究開発と、その社会実装による人の活動を“共進化”

上野山氏によると、PKSHAの設立当初には、AIの社会実装を支援するビジネスを行う企業はほとんど存在しなかったため、引く手あまたの状態だったようです。ただし、その後、競合企業が急増する中でも、同社は成長し続けています。AIの社会実装が始まってから現在まで、同社がビジネスをリードできてきた理由はどこにあるのでしょうか。

「PKSHAでは、AIアルゴリズムの研究開発と、研究開発の成果を応用したソリューションやプロダクトの社会実装を同時に推し進め、『共進化』させていく独自のビジネススタイルを取っています」と上野山氏は言います(図2)。

PKSHA Technologyのビジネススタイルのイメージ画像
図2 PKSHA Technologyのビジネススタイル(出所:PKSHAウェブサイト https://www.pkshatech.com/company/mission-vision-value/)

一般的な製造業では、自社内で開発した独自技術を保有し、その強みを活かした応用製品を開発し、その製品を求めるお客様に提供しています。これに対しAIビジネスを持続的に成長させていくためには、「AIを育てるため、社会のニーズに合ったソリューションやプロダクトを開発するために欠かせない、生きたデータを社会から継続収集できるビジネス構造が必要になります」(上野山氏)としています。

そして同社は、個々の課題解決にむけたソリューションを生み出す過程で得た知見、さらにはプロダクトの利用を通じて蓄積したノウハウやデータを、将来技術の研究開発をさらに深めるために活用しているそうです。「私たちの自然言語を使った対話エンジンは、莫大なユーザー数を誇るSNSプロバイダのコンタクトセンターの自動化に利用されています。また、このお客様以外にも多くの企業に利用されています。その結果、蓄積された音声データの量は国内最大規模となっています」と上野山氏は言います。こうした顧客との太く、密なつながりと、それを基にして研究開発と社会実装の好循環が生まれているところに、同社の強みの秘密がありそうです。

PKSHA Technology代表取締役 上野山 氏の写真

PKSHA Technology代表取締役 上野山 氏

新卒でボストンコンサルティンググループの東京 / ソウルオフィスで主にネット業界 / ソフトウエア業界の仕事に従事した後、米国にてグリー・インターナショナルのシリコンバレーオフィス立ち上げに参画、ウェブプロダクトの大規模ログ解析業務に従事。松尾研究室にて博士(機械学習)取得後、研究室助教に就任。並行して2012年、PKSHATechnology創業。内閣官房デジタル市場競争会議WG構成員、経済産業省AI原則の実践の在り方に関する検討会委員などに従事。2020年、世界経済フォーラム(ダボス会議)の「ヤング・グローバル・リーダーズYGL2020」の一人に選出。

組織や分野の枠を超えた連携を前提とした研究アプローチ

「ソフトウエアの領域では、たとえ現時点で最新の競争力の高い技術であったとしても、すぐにオープン化して当たり前の技術になってしまいます。このため、継続的に技術革新を起こし続けていく必要があります」と上野山氏は言います。

研究開発のアプローチが独特である点も、PKSHAのAIビジネスを強くしている要因のようです。同社では、先端情報技術の市場価値を維持するため、また研究成果をいち早く社会実装するため、さまざまな分野の業務に取り組むパートナー企業や大学と積極的に連携し、組織や専門性の枠を跨いで常に新たな知見を取り入れ、自社技術と融合させるよう努めているそうです。「特に重視しているには、社会基盤を担う企業との連携です。こうした企業に私たちのアルゴリズムが導入されれば、効果にレバレッジが掛かって大きなインパクトを社会に与えることができるからです。さらに研究に欠かせないデータも大量に入手できます」上野山氏は語っています。

また近年、あらゆる技術分野の研究開発において、複数分野の技術を紡ぎ合わせて新たな分野を生み出すことの重要性が高まってきています。このため、「異分野の境界」に潜む新たな知を発見し、新たな価値を創出することも重要になるようです。この点に関しては、後編でもう少し詳しく深堀していきたいと思います。

加えて、情報技術を現実の社会に実装して求める効果を得るためには、「作り出したソリューションやプロダクトをいち早く現実世界で実際に動かして、フィードバックループを素早く回し、カスタマイズやブラッシュアップする能力が重要になってきます」(上野山氏)とも言います。このため同社では、試して深める「実践型の研究」を重視しているそうです。

顧客が投資回収できない開発案件は受注しない

PKSHAには、継続的に案件を持ち込む顧客が数多くいると言います。また、お客様が別のお客様を紹介する例も多いそうです。

「私たちは、カスタマーサクセスをとても大切にしています。お客様からお声掛けいただいた内容を検討すると、実際にAIを適用することで効果的な結果が得られる可能性があるのは全体の約3割といったところではないでしょうか。多くの場合は、巨額の資金を投入すれば自動化や省人化を実現できるかもしれませんが、投資回収が困難な場合がほとんどです。お客様の多くは、何らかの効率化や価値向上を目指してAIの導入を考えています。こうしたケースで無闇に開発を進め、仮に実現できたしたとしてもカスタマーサクセスは実現できません。エンジニアの視点で、お話を持ち掛けられた段階で、求められていることの実現の可否を判断し、本質的な課題解決を重視しています」と話します。

同社が、浮沈の激しいAIビジネスの中で多くの顧客から信頼が得られている理由は、カスタマーサクセスを徹底し、期待したとおりの効果を発揮するソリューションやプロダクトを提供できているからではないでしょうか。後編では、PKSHAが考えるオープンイノベーションの意義と価値について紹介します。

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