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オープンイノベーション×PKSHA

異分野連携によるオープンイノベーションでAI技術の進化と応用の社会実装を加速

人工知能(AI)の応用が、着実に広がってきました。小売、広告、医療、教育、金融など、多様な分野の思いがけないサービスに、AIが人知れず使われています。これまで、デジタル技術とは縁遠かった分野でこそ、AIの活用が広がっているようにも見えます。日本におけるAIの応用拡大に大いに貢献している企業が、PKSHA Technology(パークシャテクノロジー)です。同社は、AIアルゴリズムの研究開発と、それを応用したソリューション / プロダクトの社会実装を相互連携させることで、効果的なAIの応用拡大を加速させてきました。そして現在、異分野連携によるオープンイノベーションにも取り組み、AI技術の進化と社会実装の拡大に挑んでいます。同社 代表取締役の上野山勝也氏に、AI活用とその応用拡大の最前線について聞きました。後編となる今回は、PKSHAが取り組むオープンイノベーションの狙いと、それによって期待できるAIの進化について紹介します。

機械学習や深層学習(ディープラーニング)をベースにした人工知能(AI)では、膨大な量のデータを学習することで推論の精度を高めます。また、学習済みのAIも、推論処理の対象となるデータの質次第で、得られる処理結果が大きく変わってきます。つまり、AIシステムで扱うデータは、生み出す価値の源泉だと言えます。

優れたAI応用システムを実現するために必要な技術は、高度なニューラルネットワークや高性能なコンピュータだけではありません。AIで扱うデータを、効果的かつ効率的、そして大量に収集するための技術も不可欠なのです。

データ収集に欠かせないセンサ、だがその開発時にはAI応用は想定外

AIの応用先が検索サイトや電子商取引のサイト、SNSならば、AIの学習教材となるデータや推論処理の対象となるデータを、デジタルデータとして大量に得られます。しかし、製造業の生産現場や小売店での商品の流れ、人の生体情報などのデータを得るためには、現実世界の情報をデジタルデータとして取り込む機能を持つセンサの活用が必須になります。

ところが、現在市販されているセンサの多くは、AIで扱うデータの収集を想定して開発されているわけではありません。電気・電子機器の制御システムへの適用を念頭に置いて開発されていることがほとんどです。具体的には、より緻密で高度な制御に適用するための感度や精度(分解能)、確度の向上、より多くの場所から情報収集するための小型・軽量化や低消費電力化、耐環境性の向上を進める方向へと技術を進化させてきました。

では、AIアルゴリズムの開発者は、現状のセンサが必ずしもAIへの応用に機能・性能が最適化されていないことについて、どのように考えていたのでしょうか。「私たちは、データで学習したAIアルゴリズムと社会実装する先で得られる価値をそれぞれ検証し、フィードバックループを素早く回すことでより大きな効果が得られる方法の模索に注力しています。目前のデータをいかに上手に活用するかが重要なのであって、現実世界のいかなる物理的環境の中でそのデータが収集されたのかまで考慮しているわけではありません」とPKSHA Technology(パークシャテクノロジー、以下PKSHA)代表取締役の上野山氏は言います(図1)。

AIアルゴリズム開発でのPKSHAの注力点を説明する上野山氏のイメージ画像
図1 AIアルゴリズム開発でのPKSHAの注力点を説明する上野山氏

ただし、見方を変えれば、こうした状況を改善すれば今後の伸び代が生まれる可能性があるようにも感じます。データを扱う技術を研究開発するソフトウエア企業と、データを収集するハードウエアを開発・提供する企業は、実はAIの応用システム中のデータの流れの始点と終点に位置する地続きの関係にあると言えます。一見、異業種で関連性が薄いように感じる両者ですが、本来親和性が高い関係にあるのではないでしょうか。もしも、両者が連携して、データを収集する技術と活用する技術を擦り合わせてデータの流れを全体最適化できたとしたら・・・。そこにイノベーションが生まれそうな予感がします。

PKSHAのロゴ

[株式会社 PKSHA Technology]

「未来のソフトウエアを形にする」をミッションに、企業と顧客の未来の関係性を創るべく自社開発した機械学習 / 深層学習領域のアルゴリズムを用いた AI ソリューションの開発・AI SaaS の提供を行っています。自然言語処理技術を用いた自動応答や、画像 / 動画認識、予測モデルなど多岐に亘る技術をベースにお客様の課題に合わせた解決策を提供するほか、共通課題を解決するAI SaaS の展開により、日本の DX 推進を多面的に支援し、人とソフトウエアが共に進化する豊かな社会を目指します。

AIでのデータ活用を前提にしたセンサで起こすイノベーション

「どのようなセンサを使って得たデータを学習教材や処理対象にすれば、より価値の高い結果が得られるAIが実現するのか。さらなるAIの進化と応用先でのインパクト最大化を狙って、こうした議論を今から始めることが大切です」と上野山氏は言います。

たとえば、従来のセンサを使って得たデータであっても、AIアルゴリズムによって別の情報に変換すれば、これまでにはなかった価値を持つ新たなセンサが生まれるかもしれません。実際、イメージセンサの領域では、AIを利用することで、取り込んだ映像から人物を抽出し、年齢や性別などを推定したり、動きや挙動の傾向から不審者を探し出したりできるようになりました。つまり、イメージセンサが、年齢センサや性別センサへと進化したわけです。加速度センサや温度センサ、磁気センサなど、さまざまなセンサに同様のアプローチを適用すれば、これまで察知できなかったより利用価値の高い情報が得られる可能性があります。

また、従来のセンサ開発において注力していたノイズ対策の中に、AIアルゴリズム上の対応によって簡単に問題解決できるものが含まれているかもしれません。また、AIでのデータ活用を前提にして考えると、既存のセンサ製品ほどの高性能・高感度が不要な場合がある可能性もありそうです。これらのケースでは、従来のセンサ開発のトレンドに沿ったハードウエア技術に開発リソースを多く割くよりも、AI活用への適性向上といった別の領域に割り振った方が、システム全体では高性能化や低コスト化が進みそうです。

実際、AI関連の処理を高速実行するプロセッサの開発では、あえて従来の技術開発トレンドに逆行するような技術開発を進めることで成功しています。これまでのコンピュータへの搭載を想定したプロセッサチップの開発では、32ビット、64ビットと演算器で扱えるデータを多ビット化し、演算精度を向上させてきました。ところが、AI関連処理用のプロセッサでは、あえてトレンドに逆行させて少ビット化を推し進めて8ビットに仕様変更。個々の演算器の構成を単純化して、その分をチップに搭載する演算器の数を増やすことに振り向けて並列度を向上。より多くのデータを高速処理できるように改良し、システム性能を大幅に高めています。

価値あるAIシステムの実現を目指し、ハードとソフトを擦り合わせ

「センサとAIアルゴリズムの間でアーキテクチャを擦り合わせるアプローチは、世界的にみてもほとんど手つかずの領域だと思います」と上野山氏はソフトウエア企業とハードウエア企業による異分野連携を今進める重要性と意義を強調しています。

実は、センサとAIアルゴリズムの組み合わせ以外の領域では、ハードウエアとソフトウエアを擦り合わせ開発が徐々に活発化してきています。たとえば、近年発表された人型ロボットの中に、動きを制御するソフトウエア技術と、制御用の半導体チップや駆動用のアクチュエータや機構部品、バッテリなどハードウエア技術を擦り合わせ開発した例が出てきています。これによって、既存のハードウエア部品を組み合わせて作ったロボットでは実現できないような滑らかな動きと、繊細で多様な作業が実現可能になってきました。

PKSHAでも、すでに複数社のハードウエアメーカーとの間でオープンイノベーションを開始。AIシステムを構成するハードウエアとソフトウエアの仕様や構造を擦り合わせ開発することで、より価値の高いシステムやサービスを実現する方策の探究を始めているそうです。

たとえば、「工場の自動化にむけて利用されるロボットアームは、これからAIによる制御を軸に進化する方向へと向かいます。AIによって制御するアルゴリズムに最適化したアクチュエータの開発が進むなど、ハードウエア部分の作り方や構造に大きな変化が起きてくることでしょう。これまでのシステム開発では、“ハードウエアファースト”で進められることが多かったように思います。“ソフトウエアファースト”でハードウエアを再開発すると、システム開発にどのような変化と価値が生まれるのかを検討してみることは、意義のある思考実験になると思います」と上野山氏は語っています。

PKSHA Technology代表取締役 上野山 氏の写真

PKSHA Technology代表取締役 上野山 氏

新卒でボストンコンサルティンググループの東京 / ソウルオフィスで主にネット業界 / ソフトウエア業界の仕事に従事した後、米国にてグリー・インターナショナルのシリコンバレーオフィス立ち上げに参画、ウェブプロダクトの大規模ログ解析業務に従事。松尾研究室にて博士(機械学習)取得後、研究室助教に就任。並行して2012年、PKSHATechnology創業。内閣官房デジタル市場競争会議WG構成員、経済産業省AI原則の実践の在り方に関する検討会委員などに従事。2020年、世界経済フォーラム(ダボス会議)の「ヤング・グローバル・リーダーズYGL2020」の一人に選出。

一筋縄ではいかない異業種連携、それでも挑む価値がある

しかし、企業の枠を超えて、またシステム開発の手順を変えて、ハードウエアとソフトウエアを擦り合わせ開発することは、それほど簡単ではなさそうです。新しい枠組みを定義して臨む新ビジネスは、どうしても実績のある既存事業での開発の進め方とは異質な部分が出てくるからです。

「私たちはソフトウエア開発の作法に沿って素早くPDCA(Plan、Do、Check、Action)サイクルを回して研究や社会実装を進めたいと考えています。しかし、連携先によっては、PDCAを回す際の手続きや作法に定まった決まりがあり、思ったように歩調を合わせられないケースが出てきます。そこで、PDCAサイクルを独自に定義できるオープンイノベーションのための“出島”のような場を用意することも選択肢のひとつとして、円滑で効果的に連携できる体制を整えるように工夫しています」(上野山氏)。

異業種連携によるオープンイノベーションは、これまでの仕事の進め方を根底から変える業務改革でもあります。簡単ではありません。それでも、未来を見据えて、技術の進化とビジネスの成長を継続的に進めるために、必要不可欠な取り組みです。これまで結びつきがなかったソフトウエア企業とハードウエア企業の連携は、今後、ますます拡大・加速していくことでしょう。そして、オープンイノベーションの実践を通じてどのようなイノベーションと新たな価値が生まれるのか。目が離せません。

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