データサイエンティスト×Murata
プロダクトマネージャーが語る、生成AIプロダクト「Murata Coworker」内製開発の舞台裏と将来展望―人工知能学会全国大会2025
村田製作所(以下、ムラタ)では、生成AIプロダクト「Murata Coworker」を内製開発・リリースし、累計約27,000人のムラタ従業員が日常業務で使用、年間で数十億円規模の経済効果を出すことに成功しています。人工知能学会全国大会2025(以下、JSAI 2025)のインダストリアルセッションで本成果を報告し、大きな反響が得られました(演題名:[1G4-IND-2-05] 村田製作所のAI・データ利活用取り組み事例のご紹介)。
本記事では、プロダクトマネージャーである、データ戦略推進部の小金井がMurata Coworker開発・運用の舞台裏とその将来展望について解説します。
*1 提供するプロダクトの責任者。プロダクトのライフサイクル全体を管理し、お客様満足度や利益を最大化することを役割とする。
1. 全従業員の働き方を変革するMurata Coworker
Murata Coworkerはムラタが内製開発し、2024年10月にムラタ従業員向けにリリースした生成AIプロダクトです。「ムラタグループ全体の企業活動をサポートし価値創造を促進する」をミッション、「開拓価値の創出・既存価値の最大化・持続可能性の追求」をバリューとして掲げ、これらの実現に向けサービス改善に繋がる取り組みを継続しています。
その甲斐もあり、現在Murata Coworkerでは入出力のマルチモーダル対応*2・RAG*3などさまざまな拡張機能に加え、機能にあわせた独自UI(User Interface)を実装することでUX(User eXperience)*4向上を実現し、道半ばではあるものの累計約27,000人のムラタ従業員が日々の業務で活用する大規模プロダクトにまで成長しました*5。
*2 テキストだけでなく、Word・PDFなどのファイル、画像、音声入力も可能とする機能。マルチモーダルAIの概念については「生成AIにも関連するマルチモーダルAI」参照。
*3 Retrieval-Augmented Generation。検索機能とLLM(大規模言語モデル)を組み合わせ、検索結果に基づく文章を出力する手法。
*4 ユーザーがサービス利用を通して得られる体験全体のこと。
*5 2025年7月31日時点。
順調に成長しているように見えるMurata Coworkerですが、プロダクトを内製開発したこともあり、その道のりは決して平坦ではありませんでした。今回は、Murata Coworker開発の戦略や施策といった舞台裏に加え、Murata Coworkerの目指す世界観について紹介したいと思います。
2. Murata Coworker開発の舞台裏と得られた成果
2.1 生成AIプロダクトの内製開発という戦略的意思決定
Murata Coworker開発における一番重要なポイントは、さまざまな可能性のメリット・デメリットを天秤にかけた結果、このサービスを内製開発により実現するという戦略的意思決定をしたことに他なりません。その背景には、生成AIの業務利活用が当たり前となる未来を見据え、企業としてこの流れに対応する力を早急に整える必要があるという現状認識があったためです。内製開発であれば、そのプロセスを通したノウハウの蓄積だけでなく、運用時における対応力の強化やコスト最適化に手を入れやすいメリットがあります。立ち上げ期の負荷が高いのはデメリットですが、ムラタの将来にとって多くのメリットが見込まれる合理的な意思決定であると考えています。
2.2 内製開発を支えた工夫とポイント
Murata Coworkerリリースの一年ほど前には、β版として「Murata Copilot」が公開されていました。しかし、利用者数が伸び悩むなど、十分な成果を上げたとは言えない状況でした(詳細は2.3の図5を参照)。この状況を受け、Murata Coworkerではさまざまな施策、工夫をしたのが大きなポイントになっています(図2)。ここでは、開発人材・体制とユーザーニーズ把握のふたつのポイントについて紹介していきます。
専門人材の確保と開発体制の整備
プロダクトの開発・運用では組織的に多種多様な専門人材を集約し、緊密に連携をできる体制の構築が不可欠です。ムラタでは生成AIの全社利活用を推進するため2024年3月、専門人材を部門横断的に集約した生成AI CoE(Center of Excellence)を設立(図3)、同年8月には生成AI CoE配下にMurata Coworker開発専門チームが設置されました。チーム内にはMurata Coworker開発・運用に必要不可欠な専門人材(例えばUI/UXデザイナー、AIエンジニア)が在籍しており、スムーズなプロダクト開発と安定的・持続的な運用体制を実現できました。
継続的なユーザーニーズの把握
プロダクトを普及させるという観点では、機能の有用性や革新性以上に、プロダクトのUX向上に繋がる機能拡張とUI設計が極めて重要になります。この実現には、ムラタ従業員のユーザーニーズやユースケースの適切な把握が必須となります。
こうした背景からMurata Coworkerの開発では、多面的な情報収集(アンケート調査、デプスインタビュー、アクセス解析)を実施し、これらの情報を活用してプロダクト・機能開発を行うUXアジャイル開発体制を構築しました(図4)。
2.3 Murata Coworkerによる成果
Murata Coworker導入後、サービス利用者数が目に見えて増加傾向となり、ユーザーロイヤルティ(User Loyalty)指標*6も改善することに成功しました(図5)。これらにより、Murata Coworkerがムラタ従業員の日常業務をサポートする存在として着実に成長していることを見て取ることができます。効果測定の結果、Murata Coworker導入の定量効果は利用者一人当たり3h/月以上の業務効率化(全社で約数十億円/年の経済効果に対応)、定性効果としてコミュニケーションの質向上やアイデア創出力の強化を達成できました。
これらの成果が比較的短期間で得られた要因として、2.2で述べたUXアジャイル開発の影響が大きく、把握したユーザーニーズをもとにインパクトが大きいと予想される機能実装や利用促進活動などの実施が効果的な価値提供に繋がったと考えています。
*6 ユーザーがサービスに対して抱く愛着や信頼の度合いを定量化した指標のこと。ここでは、NPSⓇ(Net Promoter ScoreⓇ)を使用している。
NPSⓇは、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、NICE Systems, Inc.の登録商標又はサービスマークです。
内製開発によりMurata Coworker開発専門チームメンバー個々人のレベルアップを実現できた点も大きな成果です。現在、Murata Coworkerで得たノウハウを別プロダクトの開発に活かすなど、内製開発の目的のひとつであるノウハウの蓄積がうまく機能する結果に繋がっています。
3. Murata Coworkerの将来展望
3.1 「企業知性のデジタルツイン化」による新しい価値の創造
Murata Coworkerの普及により、「ムラタグループ全体の企業活動をサポートし価値創造を促進する」というミッション遂行への第一歩を踏み出すことができました。この第一歩の先に描くのは、企業知性のデジタルツイン化というビジョンの実現です(図6)。
企業知性のデジタルツイン化とは、サイバー空間とフィジカル空間で行われる企業活動をAIが橋掛けし、企業独自の知見・情報を統合することで新しい価値の創造と提供が実現できる世界観です。この世界観で、Murata Coworkerの果たす役割は以下のふたつです。
- フィジカル空間から得られた情報と実業務を通して学習・成長し、各ムラタ従業員にパーソナル化すること。
- パーソナル化したMurata Coworkerがサイバー空間上で相互に連携し、企業全体をひとつの動的な知識ネットワークとして形つくること。
ここで示したコンセプトは、「CSとES*7による総合力」*8を生み出す上で欠かせないと考えています。
*7 CS:Customer Satisfaction。お客様が認めてくださる価値を創造し、提供し続けること。ES:Employee Satisfaction。仕事を通じて従業員一人ひとりがやりがいを感じ、成長し続けること。
*8 組織・人的資本、モノづくり資本などからなる6つの経営資本それぞれが最大限に強みを発揮し、高次元で相互に作用することで生み出される力のこと。
3.2 企業知性のデジタルツイン化の課題と展望―プロダクトマネージャーの視点から
Murata Coworkerのビジョンは明確化しているものの、その実現は容易ではありません。組織毎にサイロ化しているデータの利活用に向けたデータ統合と整形、データ中に含まれる機微情報の適切な取り扱いなど、多岐にわたる課題が山積しています。現在、Murata Coworkerの成果の多くが個人レベルでの業務効率化に閉じている大きな要因は、まさに上記に示す社内データ利活用に関わるさまざまなハードルに起因していると考えています。これら課題の解決には、技術的課題に正面から取り組むことのできる専門知識を持った人材と組織力の強化が必要です。もちろん容易なことではありませんが、内外のさまざまなメンバーの協力のもと、「企業知性のデジタルツイン化」実現に向け着実に前進していきたく思います。
なお、こうした挑戦的な取り組みを支える基盤として、Murata Coworker自体もさらなる機能拡張を予定しています。今後の進化によって、より多くの従業員の業務効率化や企業全体の知的資産の活用が加速することが期待されます。これからの展開にもぜひご注目ください。
そして最後に、JSAI 2025で「Murata Coworker」について反響をいただけたのはうれしい反面、ムラタのAI領域における取り組みの認知度が、まだまだ低いことを痛感しました。多くの方に取り組みを認知いただけるよう、情報発信を継続していきたいです。
※この記事の内容は、記事公開日時点の情報です。組織や取り組みの内容、名称などは変更となる場合があります。
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