生成AIが支える未来の社会
スポーツ実況と解説を刷新する生成AI技術
動画配信サービスで見ていた実写映像が、実は人工知能(AI)で作り出したバーチャルな映像だった――。そんな体験が珍しくなくなりました。
人々に気づかれることなく、暮らしやビジネスの中で、AIが広く深く利用される時代が到来しています。高度かつ汎用的な技術に進化した生成AIが実用レベルに達して、利用シーンがより身近な用途で活用されるようになりました。今では、生成AIをはじめとするAIの応用は、スポーツの領域にまで広がってきています。ここでは、実況中継への応用を中心に、AI活用の動向とそのインパクトについて解説します。
人手に頼っていた高度な業務にこそAI適用が効果的
これまでコンピュータを使った情報処理技術は、多くの作業や業務を効率化してきました。その結果、生活や社会活動のあり方を変えるほどのインパクトをもたらしてきました。
現在利用が広がっている生成AIをはじめとする高度なAI技術の応用先には、過去の情報処理技術とは異なる傾向が見られます。まず、人手によるキメ細かな対応が求められていた業務・作業を中心に利用が広がっていることです。以前は、どちらかと言えば単純作業の自動化に適用される例が多かった傾向にありました。ところがAIは、むしろ専門性の高い知見・技能・ノウハウが求められる高度な作業や業務において活用が広がっている例が多いように感じます。加えて、データを学習して適切な判断を下す能力を獲得することから、経験に裏打ちされた属人的能力が求められる作業や業務に多く適用される傾向があります。
スポーツ中継のアナウンサーや解説者は、数ある職業の中でも特に専門性の高い職種だと言えるでしょう。たとえば、テレビで野球の試合を解説しているのは、プロ選手経験者がほとんどです。こうした職種に就ける人材は限られています。このため、テレビをはじめとするマスメディアが中継する対象は、多くの視聴者がいる競技、試合、選手のプレーに絞らざるを得なくなります。そのような特殊業務の典型であるスポーツ中継に、生成AIなどの高度なAIを適用することによって、新たな価値が生み出される動きが顕在化してきています。
テレビ中継されない注目選手・注目ショットを実況・解説
2023年と2024年、海外のあるゴルフトーナメントでは生成AIを活用して、出場した全選手、全ホールでの一打一打を実況・解説してくれるビデオクリップを自動生成するサービスが提供されました。
ゴルフトーナメントの中継では、注目選手がプレーする組を追いかけ、他の組で素晴らしいショットが出たらそちらに切り替えるといったかたちで中継されます。しかし、放送されている選手とは別のお気に入り選手の組を追いかけたい、自分が苦手とするアプローチショットだけをかい摘んで見たい、トラブルショットだけを見たいといった視聴者も多いのではないでしょうか。これらの視聴需要ひとつひとつは少数派だとしても、ニッチな需要だけ集めると意外と視聴者の総数に占める割合が大きくなるのかもしれません。
このトーナメントで提供されたのは、過去の中継者のスキルを学習した生成AIを使って通常ならば中継しないような場面も対象にして自動解説など、まさにニッチな需要に応えるサービスだと言えます。しかし、実際に人が実況と解説をした場合、より多くの人手が必要になるため、これら少数派の声に応えることはできません。トーナメントでは多くの組のプレーが同時進行するため、対応する人材をそろえることは不可能に近いですし、仮にそろったとしても莫大なコストと手間がかかることでしょう。生成AIの活用は、こうしたケースで大きな効果を発揮します。
提供された中継・実況サービスでは、選手のショットデータを基にして、ゴルフ用語を交えながら解説のナレーションを自動生成できるように学習したAIを利用し、2万件余のビデオクリップを自動生成しました。その際に利用した生成AIでは、多様な文構造と語彙を持つナレーションを生成し、多くの情報量を含む文章からできる限り無駄を削ぎ落とした自然な言語で、魅力的なクリップを作成する能力を持っていました。
2024年開催時に提供したサービスでは、さらにホールごとの選手の試合予測機能を追加しました。17万回以上のショットを含む8年間のトーナメント・データとコース上のボールの位置データなどを使用してAIモデルに学習させて、トーナメント全体の各ホールにおける選手のスコアを予測可能にしました。
予測の際には、ホールごとのプレーが終了した各選手の最新パフォーマンスを反映させて、各ホールの予測を更新。データから選手ごとの最も注目すべきホールや、全選手の最小・最大スコアなどを予測しています。「9番ホールは、今日3番目に難しいホールになると予想」といった過去と現在のパフォーマンス・データに基づく、各ホールのプレー状況の予測や、「統計的に、この場所から打ったショットは82%の確率でバーディーになる」といった各ホールのプレー内容に関する統計的な洞察も解説できるようになりました。加えて、英語だけでなく、スペイン語でのナレーションの同時提供も実現しました。
障がい者と健常者が共にスポーツ観戦を楽しめるように支援
さらに、高度なAIを活用して、特定の個人を対象にしたパーソナルな実況・解説を提供する仕組みを作る動きも出てきています。すでに、サーキット上で繰り広げられるカーレースの様子を、観客席の視覚障がいのある方にリアルタイム実況する技術が開発されています。
エンジンの爆音が響くサーキットのレースでは、観戦しに行った来場者がその場でしか感じられない迫力を体験できます。しかし、視覚障がいのある方にとっては、目の前で何が起きているのか理解できず、全く楽しめない状況になってしまうのだそうです。たとえ友達や家族と一緒にサーキットに行っても、レース状況を逐一説明してもらう申し訳無さや、周囲の盛り上がりに入れない疎外感を抱いていたとも言います。それどころか、クルマの動きが速すぎて、不意打ちのように爆音が聞こえることに恐怖を感じてしまう状況でした。多くの人がひとつになって興奮を味わう空間であるにも関わらず、障がいのある方にとっては苦痛の場でしかなかったのです。これが、AIによるリアルタイム実況を利用することで、実際に実証実験に参加した視覚障がい者も一緒に楽しめるようになりました。
このAIシステムでは、「物体認識」「兆し発見」「発話フレーム」という役割が異なる3つのAIを組み合わせて構成し、それぞれを連携させてリアルタイム実況を実現しています。物体認識用AIでは、固定カメラで撮影した映像から走るレーシングカーを認識。写っているモノが、どのチームのクルマなのか、どの選手同士で競り合っているかといったレース状況を把握します。兆し発見用AIでは、2つ目は、リアルタイムで収集するラップタイムや順位などのデータを解析。いつ、誰が先行車両を追い抜きそうなのかといった、レース展開に変化が起こる“兆し”を探り出します。発話フレーム用AIでは、実況アナウンサーの過去のレース実況を学習して、自然で臨場感のある実況を生成します。
スポーツ以外にも広がるAI自動化技術の可能性
AIを活用したスポーツの自動実況・解説の技術には、さまざまな応用先が考えられます。思いつきやすい例では、子どもの運動会の実況などができるかもしれません。また、実況だけでなく、解説もできるわけですから、練習の様子を見て的確にコーチングするAIやAIキャディーなども実現することでしょう。
また、スポーツ以外にも、教育、サービス提供などの質を向上させるためにも利用できそうです。たとえば、調理する様子を映像で捉えて、効率的で上手に料理を作るための改善点をアドバイスする調理実習や、小売店での接客でお客様の顔色やちょっとしたしぐさを観察して求めている商品やサービスを先回りして提案するキメ細やかな“おもてなし”などがそうした応用に当たります。
これまで、こうしたホスピタリティの高いサービスは、経験豊富な人だけが提供できるものでした。このため、十分なサービスを受けられる人は多くありませんでした。近い将来、AIを活用することで、より多くの人に、より多様な場面で同様の質の高いサービスを提供できるようになるかもしれません。