時間領域と周波数領域―デジタル通信の基礎
通信速度の高速化では、多値デジタル変調による通信速度の向上について時間軸(時間領域)の視点から解説しました。実は、アナログ通信・デジタル通信といった電気通信の評価は、時間領域とともに周波数領域の視点からでも考える必要があります。本記事では、前述の記事内容から、もう少し踏み込み、周波数領域と通信速度の関係と、スマートフォンなどの通信機器において周波数の話がなぜ重要なのか、すなわち
・通信速度に理論的な上限があること
・広い周波数帯域幅の確保が通信速度の向上につながること
・その確保には、まだ使われていない周波数範囲の利用が現実の対策であること
などについて触れていきます。
1. 通信速度の上限―シャノン限界とは
通信システムの基本モデルの構成を図1に示します(無線の仕組み(1)の図2より)。
意外と思われるかもしれませんが、この1ストリームのモデルにおける通信速度の上限、すなわち伝送路で伝えられる最大のデータ量は、変調方式に関係なく理論的に決まっています。この上限はシャノン限界と呼ばれ、またシャノン限界の通信速度は通信容量と呼ばれ、以下の式であらわされます*1。
C = B * log₂ (1 + S/N)
C:通信容量[bit/s]
B:周波数帯域幅(Hz)
S:信号の電力(Watt)
N:白色ノイズの電力(Watt)
*1 シャノン=ハートレーの定理と呼ばれます。通信容量のCは、現代のコンピュータ技術の基礎を構築した一人であるクロード・E・シャノン(Claude Elwood Shannon)の名前に由来していると言われています。
この式は、周波数帯域がBで電力がSの信号を伝える伝送路に、電力がNの白色ノイズ―周波数が低い方から非常に高い方まで広がっているノイズ―が存在するときの通信容量をあらわしています(<コラム>通信容量/最大通信速度/スループットにて計算例をとり上げています)。
この式から、通信容量Cを高めるためには
- 信号Sの電力を高める、または雑音Nの電力を抑える、すなわち、その比であるSN比を大きくすること
- SN比が一定であれば、周波数帯域幅Bを広くすること
が必要ということが分かります。
通信容量を高めることは、実用上の通信速度を高めるための前提条件と考えることができます。したがって、現実的に通信速度を上げるには、SN比を大きくすることは技術的に難しいため、周波数帯域幅を広く確保するということが基本となります*2。そのため、未使用・未開拓の周波数帯で広い帯域幅を確保することで、高速通信(例:6G通信)を実現する取り組みが進んでいます(6G通信の時代を切り拓く周波数帯域「FR3」参照)。
*2 無線通信では、以前より通信速度を高めた規格ができており、たとえば、Wi-Fiの規格などで2.4GHzから5GHz、最近では6GHzの高い周波数(の搬送波)を利用した機器が登場しています。そのため、高い周波数を利用することが直接的に通信速度を高めていると考えがちですが、(通信速度をより向上させるために)広い周波数帯を確保する必要があるため、まだ使われていない高い周波数の領域を活用しているのが実際のところです。
2. 通信速度・信号の両面性―時間領域と周波数領域
2.1 シンボル長と周波数帯域幅の関係―基本
通信速度の高速化では、図2を示して通信の高速化について説明しました。この図もう少し丁寧に見ると、シンボル長Ts(秒)をより小さくすれば通信速度の向上がはかれることが分かります。一方、1項で周波数帯域幅B(Hz)をより広くすると通信速度の向上がはかれると述べました。実は、シンボル長と周波数帯域幅には、次のように逆数の関係があります。
(1/Ts)×2=B
これは、時間軸上の信号―移動しているデータと周波数軸の帯域幅(スペクトルと呼ぶことにします)は背中合わせの関係であり、信号および信号の速度である通信速度は、時間領域と周波数領域の両側面から理解する必要があることを意味しています*3。
*3 たとえば、移動体通信やWi-Fiなどの通信の高速化を目的とした新規格を検討する際に必ず周波数帯域幅の議論がありますが、これがその理由です。
2.2 シンボル長と周波数帯域幅の関係―詳細
2.1項の内容を掘り下げると、無線通信を含め通信分野では、時間領域(信号)と周波数領域(スペクトル)の両方で記述・評価することが前提になっています。
これら時間領域と周波数領域は数式で相互に変換でき、
- 時間軸上の信号の波形を周波数軸上のスペクトルへ変換することをフーリエ変換
- 周波数軸上のスペクトルを時間軸上の波形へ変換することを逆フーリエ変換
と呼びます。以下、時間領域の特性と周波数領域の特性の関係を示す基本的な例を図3に示します。
[高度な補足]
ここではフーリエ変換という数学上の操作について詳しく説明しませんが、図3の周波数特性は、通信分野の約束事もあって以下の複雑な手順を経て得ています。
- 単位シンボル長を非周期関数としてフーリエ変換している(スペクトルの形状が連続した線で描けます)
- フーリエ変換で得られた関数―sin (πfTs) / πfTs―を10*log {sin (πfTs) / πfTs} ^2と、2乗し、常用対数をとり、10倍します
そして、この形状線の中心は0のため、中心をfcにしています。
(通信分野では数値を比較することがよくあり、その比は数万倍、なかには数億倍というケースがあります。そこで、大きな数値を小さく、小さな数値を大きくして扱いやすくするため、通信分野では常用対数を用いることが慣例になっています。[dBm]は、測定電力がP[W]のとき1mWを基準電力にしたときの単位で、たとえば10Wは、10*log (10000 [mW] / 1 [mW]) = 40 [dBm]となります。)
図3の時間領域と周波数領域の関係から、以下の通信機器の実用化・設計において重要な視点が得られます。
- 時間領域での設計上の工夫は、必ず周波数領域における特性の変化として現れる*4
- 1の通信速度、使用する周波数帯域幅、ノイズや干渉に対する耐性などを総合的に考慮し、両領域の特性のバランスをとりながら設計する必要がある
*4 たとえば、シンボル長を小さくすれば通信速度が向上しますが、その分だけ周波数帯域は広がります。
3. 多値化と周波数帯域幅
多値化すると通信速度が向上することは2項で説明しましたが、ここでは通信速度を一定として多値化したときのメリット、すなわち周波数の有効利用について説明します。
いま1シンボルあたり1ビットで(BPSK変調で)伝送させて2Mbpsの通信速度を実現するのに必要な周波数帯域幅、また1シンボルあたり2ビットで(QPSK変調で)伝送させて同通信速度を実現するのに必要な帯域幅はいくらかを考えてみます。計算結果を表1に示します。
変調方式 | 1シンボル | 通信速度 | シンボル長(Ts) | 周波数帯域幅 |
|---|---|---|---|---|
BPSK | 1bit | 2Mbps | 1μs(で1bit伝送) | 2MHz |
QPSK | 2bit | ↑ | 2μs(で1bit伝送) | 1MHz |
*5 変調速度の単位は、baud(ボー)のほか、sps:symbol per secondも使われます。
表1より、通信速度が同じであれば、QPSKで必要な周波数帯域幅はBPSKの半分になります(=変調速度が半分になります)。このときのQPSKとBPSKのスペクトルのイメージを図4に示します。
この例から分かるように、一般に多値化するほど狭帯域になる傾向が強まります。そのため、周波数の有効利用からみると都合がよく、この性質を利用した技術として、周波数分割による多重化(FDM)と多重化技術を利用した多元接続(FDMA)、また4G通信・5G通信やWi-Fiで採用されている変調方式OFDM(直交周波数分割多重変調)が挙げられます。
なお、1シンボルをより多値化すればよさそうに思われますが、実用上、簡単ではありません。1シンボルに入れこむbit数が増えるにつれ、通信エラーが増大してSN比が低下し、無線通信ではエラーなく通信できる距離が短くなるという壁にあたるためです(<コラム>通信容量/最大通信速度/スループット参照)。
無線通信で実用化されている1シンボルあたりの最大bit数は12bit(4096値)であり、短距離通信であるWi-Fi 7で採用されています*6。長距離通信では、6G通信への採用が期待されていますが研究段階にあります。
*6 シンボルではなく、(多値化とは関係のない)パルスを用いた短距離通信として実用化されているのがUWB通信です(UWB(超広帯域)無線通信とは)。
<コラム>通信容量/最大通信速度/スループット
通信速度の限界である通信容量Cを、例を挙げて計算してみます。
C = B * log₂ (1 + S/N)
C:通信容量(bit/s)、B:周波数帯域幅(Hz)、S:信号の平均電力(Watt)、N:ノイズの平均電力(Watt)
Wi-Fiの仕様を例に、それぞれの値をB=20MHz、S=−60dBm(10^−6mW)、N=−90dBm(10^−9mW)とします*7。
C = 20*10^6*log₂ (1 + (10^−6) / (10^−9)) = 20*10^6* (log (1001) / log 2) ≒ 20*10^6*9.97 ≒ 200Mbps
となります。
Wi-Fi 6の帯域幅20MHzにおけるデータの流れがひとつ(1ストリーム)のときの最大通信速度は96.1Mbpsと通信容量の半分、体感的な通信速度を意味するスループットは60~70 Mbpsと言われているので、通信容量の3分の1程度です。繰り返しますが、1ストリームで通信容量を超える通信速度の実現は不可能です。
*7 SとNの差で30dB(比で1000倍)あれば、良好な通信が期待できます。なお、この場合は1mWを基準としていることが明らかなので、一般にdBmではなくdBと表示します。