通信速度の高速化―デジタル通信の基礎
デジタル変調―デジタル通信の基礎では、“0”または“1”の1bitのデータを変調波の2つの状態
・ASKでは振幅の大小
・FSKでは2つの周波数
・PSKでは2つの位相
に割り当てて送信するデジタル変調について説明してきました。これらはデジタル変調の原点ともいえ、2値デジタル変調とも呼ばれます。実は、世の中の通信機器で採用されているデジタル変調の多くは、2値デジタル変調よりも、通信速度の高速化(=データ伝送の効率化)を実現する多値デジタル変調です。ここでは多値デジタル変調について解説します。
(通信速度を高速化するには周波数帯域幅を広くするという手法もありますが、これは別記事でとりあげる予定です。)
1. QPSK変調―多値デジタル変調の基本
たとえば、デジタル変調―デジタル通信の基礎のPSKの考え方をもとに、位相変化が0°と180°の2状態―BPSK*1の変調波と45°/135°/225°/315°の4状態―QPSK*2へと多値化した変調波を比べると、QPSK変調波では一度に“00”、“01”、“10”、“11”と2bitのデータを送ることができます(図1)。BPSKとQPSKのシンボル長*3はお互い同じという前提では、多値化すると通信速度が高められることがわかります。
*1 BPSK:Binary Phase Shift Keyingの略
*2 QPSK:Quadrature Phase Shift Keyingの略
*3 2値デジタル変調のASK・PSK・FSKでは、1シンボルで1bitを表現しており、この場合のシンボル長のことをビット長と呼ぶことが多いようです。
2. QAM―代表的な多値デジタル変調
前項のQPSK変調波は、位相のみ変化していますが、これに振幅の高低という変化を加えて8状態の変調波にすると、一度に“000”、“001”、“010”、“011”、“100”、“101”、“110”、“111”という3bitのデータを送ることができます(図2)。図1のQPSK変調よりさらに高速化がはかられることになります。
[補足]
図3は、QPSK変調波を生成する変調器の構成例で、(1)から(3)の順で生成されます。多値デジタル変調では、信号の直列/並列変換 が必要になります。
(1)2値のベースバンド信号(移動している元データ)のビット列を、直列/並列変換することで1bit交互に分ける
(2)90°位相が異なる搬送波をそれぞれかけ合わせて変調波を生成する
(3)これらの2つの変調波を合成する
なお、QPSKは振幅が一定の変調方式ですが、4QAMと呼ばれることもあります。
3. QAMを採用している通信機器
図3の4QAMは、1シンボルで2bit(4値)を表現しています。さらに、3bit(8値)なら8QAM、4bit(16値)なら16QAMというように、より多値化できる変調方式です。多値QAMはすでに実用化されており、1024QAMはWi-Fi 6/6E(IEEE 802.11ax)で、4096QAMはWi-Fi 7(IEEE802.11be)で採用されています(図4)。
<コラム>変調速度とは
デジタル変調―デジタル通信の基礎において、データ速度として変調速度*4があることを示しました(表1)。ここでその変調速度について説明します。
| データ速度 | 単位 | |
|---|---|---|
| 通信速度 (伝送速度) | 信号速度 | bps(ほかにbit/s、b/s) |
| 転送速度 | B/s(ほかにbyte/s、Byte/s)、bps(ほかにbit/s、b/s) | |
| 変調速度 | baud(「ボー」と呼びます) | |
*4 シンボルレートと呼ばれることもあります。
変調速度は、図1と図2にて示したシンボルが1秒間に送信される数であり、したがって、“1/シンボル長”で求められます。変調速度は多値デジタル変調の場合に用いられるデータ速度といえます。
(繰り返しになりますが、多値デジタル変調では、図4に示したようにひとつのシンボルで複数のビットを表現します―QPSKでは2bit、64QAMでは6bitなど。)
ところで、単位がbaudの変調速度と、同じくbpsの信号速度には
信号速度=変調速度×変調で表現できる状態の数
という関係があります。たとえば、64QAM(変調で表現できる状態の数は6bit)の変調速度が1200baudのとき、信号速度は以下になります。
信号速度=1200baud×6bit=7200bps
なお、変調速度が速いとより多くのデータを送信できますが、外部環境からの電磁ノイズに対する影響も受けやすくなる(送信データのエラーが増加する)可能性があります。
<コラム>搬送波とは―アナログ変調(AM/FM)における使われ方
当記事でデジタル変調の解説をする中で、“搬送波”という言葉を使用してきました。ここで、この搬送波を中心に変調の仕組みをみていきましょう。
搬送波を定義づけるとすれば、以下のようになります。
『電気通信において無線・有線に関係なく、音声のアナログデータや文字・音声・画像のデジタルデータを遠方に伝える役割をする連続波(正弦波)またはパルス波などをいう』(ここでは、連続波を搬送波*5として取り扱います。)
あるデータを、たとえば数km遠くに届けようとした場合、データの移動であるベースバンド信号そのものの通信距離は短いため、そこまで届けることができません。そこで、送信機で遠くに届けるための操作―変調をおこないます。ここでいう変調では、データのもつ周波数成分より高い単一周波数で連続波である搬送波に、ベースバンド信号を乗せるという処理がなされます(正式には、ベースバンド信号によって搬送波を変調し、変調波を生成するという言い方になります)。この変調波が電波としてアンテナから送信され、遠隔伝送できるようになります(図5)。
*5 データを運ぶ担い手という意味で、搬送波はキャリアとも呼ばれます。
上記はデジタル変調における搬送波のイメージの説明になりますが、アナログ変調についても同様です。
アナログ変調の代表例はAMとFMです。ラジオのAM放送、FM放送という用語を聞いたことがあるかもしれません。
AMとは振幅変調のことで、Amplitude Modulationの略です。送りたい音声の信号波の振幅に応じて搬送波の振幅を変化させる変調方式です(図6a)。図6aから、AMの変調波は、信号波の振幅に従って搬送波の振幅が変動していることがわかります。
また、この時間軸の特性のほか、周波数軸でのAMの周波数成分(スペクトル)をみると(図6b)、搬送波の周波数をfc、信号波の単一周波数をfsとした場合、fc+fsとfc−fsのスペクトルが現れるという特徴があります。
これらの特徴により、環境ノイズ、特に電磁ノイズによる干渉の影響や電波の多重反射による振幅変動が起こりやすく、音声の周波数帯域が狭く多重化には有利ですが、通信品質が低下する懸念の大きい変調方式といえます。
続いてFMとは周波数変調のことで、Frequency Modulationの略です。AMと同じく、搬送波に音声信号を乗せるのですが、こちらは送りたい音声の信号波の振幅に応じて搬送波の位相を変化させる変調方式です(図7a)。図7aでは、信号波の電圧が高いところは位相の変化で高い周波数に、電圧が低いところは同じく低い周波数に変化します。FM変調波の波形は、AM変調のように振幅は一定で変化はありませんが、周波数の変化による粗密な状態がみられます。この粗密が信号の振幅を表現しているのです。
また、周波数軸でのFMのスペクトルをみると(図7b)、信号波を単一周波数fsとした場合、搬送波の周波数fcを中心にfc±nfs(nは整数)とスペクトルが広がるという特徴があります。
これらの特徴により、AMとは逆にノイズや電波の多重反射に耐性があり、多重化には向かないが、高い通信品質を維持できる変調方式といえます。
*6 包絡線:信号の波形やスぺクトルにおいて、その輪郭を示す線のこと。図6aでは、振幅変調波の包絡線の波長は、信号波の波長と同じになります。