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Beyond 5G/6Gとさらに進化したIoTデバイスで DX・GX基盤となるIIoTシステムを構築(前編)

持続可能な豊かな社会の実現を目指して、デジタルトランスフォーメーション(DX)とグリーントランスフォーメーション(GX)による、社会システムやビジネスの改革が進められています。それらの実践には、デジタル情報の活用基盤であるIIoT(インダストリアルIoT)システムの活用が欠かせません。要素技術から応用まで、IIoTシステム全体を俯瞰して幅広い技術を研究されている東京大学 中尾教授と、次世代の情報通信関連ビジネスの企画を担当する村田製作所 下前が、時代の要請に応えるIIoTシステムの姿と、そこで求められる技術の今とこれからについて議論しました。前編となる今回は、IIoTシステムでの高度なデータ伝送に欠かせない通信インフラにフォーカスして、研究者と事業者それぞれの視点から議論を交わした内容を紹介します。

私たちは今、成長だけをひたすら追い求める社会から、持続可能な豊かさを実現できる社会へと脱皮しようとしています。そして、世界中の政府や自治体、企業が、2つのメガトレンドに沿って、近未来の社会やビジネスの環境に適応していくための仕組みづくりと業務改革に取り組むようになりました。

メガトレンドのひとつは、デジタルトランスフォーメーション(DX)。業務の中で生まれるデジタル情報を活用することで、業務の劇的な効率化や新たな価値創造を可能にする事業体制の構築を目指す取り組みです。もうひとつは、グリーントランスフォーメーション(GX)。豊かさやビジネス競争力の維持・強化を推し進めながら、同時に脱炭素化など地球環境保全にも貢献できる事業体制の構築を目指すものです。

DXやGXを効果的かつ効率的に実践するためには、社会活動やビジネス活動の動きを、定量的データを通じてリアルタイムかつ正確に把握し、精緻な解析に基づく合理的な最適化を施して、無駄のない、要所を押さえた施策を実践する仕組みが必要になります。こうした要求に応える近未来の社会やビジネスを支える情報基盤が、IIoT(インダストリアルIoT)システムです。

スマートフォンでの5G利用範囲は着実に拡大

2020年3月、日本国内において第5世代移動通信システム(5G)の商用サービスが始まりました。すでに、5G対応のスマートフォンを利用している人も多いのではないでしょうか。

「スマートフォンで5Gを利用可能な領域は着実に拡大していると言えます」と中尾教授はみています。日本では、通信事業者の4社に5Gの周波数帯が割り当てられました。そのうちの1社は、2022年2月時点で、東京の山手線と大阪の環状線の駅間・全駅ホームをはじめとする、関東4路線47駅のホームに加え、札幌の大通や新宿など、全国80の商業地域の5Gエリア化を完了しました。また、別の1社は、2022年3月に5Gエリア拡大のスケジュールを早めると発表。2024年3月までに、全国1741の全市区町村へと5Gエリアを展開し、人口カバー率90%以上の実現を目指す予定だと言います。さらに別の1社は、2022年4月に、5Gの人口カバー率が90%を突破したと発表。残りの1社も、人口カバー率が96%に到達した4Gから、仮想化技術を活用して、最低限の設備で迅速に5Gへの移行が可能だとしています。

中尾彰宏教授のプロフィール画像

東京大学大学院工学系研究科 システム創成学専攻 教授・東京大学総長特任補佐 中尾彰宏先生

1993年に東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻修士課程修了。米IBM Texas Austin研究所やIBM東京基礎研究所などを経て、米プリンストン大学大学院情報科学科にて修士号およびPh.D.を取得。2005年より東京大学にて教鞭を執り、2021年4月より現職。

IIoTで5Gの真価が発揮されるのはこれから

携帯電話の一般ユーザーにはあまり知られていないことですが、5Gは、4G以前の携帯電話サービスとは異なる利用シーンを想定して実現すべき機能や性能が策定されました。

4G以前は、個人ユーザーが持ち運ぶ端末を対象にした無線通信を利用シーンの中心に据えて技術仕様の策定や基地局など通信インフラの整備が進められました。技術の進歩によって通信速度の向上と大容量化が進み、音声やテキスト情報を中心にやり取りしていた2Gが、インターネット上のウェブ閲覧や写真をやり取り可能な3Gへと進化し、さらにスマートフォン上で動画視聴や高度なネットサービスを利用可能な4Gへと発展してきました。ただし、これら一連の進化を通観してみれば、個人が使用する端末同士が情報をやり取りすることを中心に想定した通信インフラである点では変わりありませんでした。

これに対し5Gは、「街や工場、オフィス、家庭などの中で利用される、さまざまな機器・設備・施設同士で情報をやり取りすることを想定して開発された通信インフラです。言い換えれば、IIoTシステムの実現を目指した通信インフラだと言えます」(中尾教授)。

もちろん、スマートフォンの高性能化をもたらす機能も備えていますが、モノや環境の状態や変化をつぶさに把握する高度なIIoTシステムの構築に役立つ機能を、技術仕様の中に数多く盛り込んでいます。たとえば、ピークレートが20Gbpsという高速・大容量通信は、情報機器同士で密にデータをやり取りするために重要になります。また、1m秒以下という低遅延は、複数の機器を組み合わせてあたかもひとつのシステムとして機能させるために必要な性能です。さらに、1km2の領域内にある最大100万台の端末と同時多数接続できる機能は、分散配置された多数のIoTデバイスに同時アクセスするために欠かせないものです。

「現時点で構築を終えている5Gインフラは、そのサービスエリアマップを見れば、人口カバー率では90%を突破してはいます。しかし、面積カバー率ではまだスカスカの状態です。個人ユーザーではなく、モノを対象にした通信を行うIIoTシステムの利用シーンを増やすためには、面積カバー率の拡大が重要になってきます。また、これまでに構築された5Gインフラの多くは、4G向け周波数に対応した既存設備を転用して実現しており、5G本来の高速・大容量が実現できているわけではありません。つまり、5Gの真価が発揮できる状態になるのは、これからだと言えます。これからさらに5Gインフラの整備が進み、IIoTシステムの構築・運用が加速されることで、私たちの生活やビジネス、社会活動のあり方は、大きく変化していくことでしょう」と中尾教授は言います。

5G本来の高速・大容量通信が利用可能になることで、大容量のコンテンツを扱うメディアや仮想現実(VR)/拡張現実(AR)を活用したメタバースに関連したビジネスやサービスが一気に活性化する可能性があります。また、低遅延や同時多数接続が利用可能になれば、IIoTシステムで多くの機械同士をつなぎ、それぞれに搭載したセンサで得たデータを共有。ビッグデータを解析することで、先々に起きる現象やトラブルを予測したり、社会やビジネスの環境変化に自律的に対応可能な社会インフラや事業システムを構築できるようになりそうです。これによって、DXやGXの取り組みは急加速し、かつ適用領域も拡大していくことでしょう。

早くも始まったBeyond 5G/6G開発

5G向けインフラの整備がこれから加速する段階ではありますが、早くも、2030年の実用化を目指して、次世代のBeyond 5G/6Gの実現にむけた研究開発が世界各国で始まっています。近未来を見据えて、IIoTシステムを、さらに高度に進化させていくための準備がすでに始まっているのです。日本においても、総務省が「Beyond 5G推進戦略-6Gへのロードマップ-」を策定。「先行的取組フェーズ」と「取組の加速化フェーズ」の2フェーズに分けて取り組みを開始しています。これによって、DXとGXを支える情報基盤を、着実かつ適切な形で高度化していく計画です。

日本での取り組みのうち、「先行的取組フェーズ」では、開発期限を区切って集中的に取り組み、遅くとも5年以内に“Beyond 5G Ready”な環境づくりにむけて、成功のモデルケースを多数創出することを目指しています。先行的取り組みの成果は、2025年に開催される大阪・関西万博で、「Beyond 5G Readyショーケース」として世界に示し、その後の「取組の加速化フェーズ」でのグローバル展開の加速化につながる契機とする予定です。

2025年には、6Gの標準化活動がいよいよ始まります。Beyond 5G推進戦略に基づき、産学官が連携したオールジャパンの体制で、技術開発や標準化に強力かつ積極的に取り組んでいけるよう、「Beyond 5G推進コンソーシアム」が2020年12月に設立されました。そして、現在、ホワイトペーパーによるビジョンやそれをグローバルに検証する議論が進められています。さらに、開発した技術の知的財産取得と標準化を戦略的に進めるための機関「Beyond 5G新経営戦略センター」も設立されました。世界各国では、Beyond 5Gに関連した巨額投資が始まっています。日本では、総務省が、Beyond 5Gに1000億円超を投資すると表明しており、この分野での技術開発競争がこれから激化していくことでしょう。

価値ある応用を描いて、次世代通信インフラを構想

4G以前に比べて、5G以降の通信インフラは、IIoTシステムに適用して社会課題の解決やビジネス価値の創出を支える、より公共性の高いものになっていきそうです。さらに6Gでは、100Gbpsを超える超高速・大容量、1m秒以下で常時安定した超低遅延、1km2当たり1000万台の端末をつなぐ超多接続と、5Gをはるかに上回る性能向上を目指す見込みです。加えて、通信可能な領域を陸上だけでなく、空、海、宇宙へと広げ、幅広いユースケースでの品質保証を実現し、通信時の超低消費電力・低コスト化の実現も目標にしています。6Gが実用化する時代には、5Gよりも広範な場所で、より高度なDXとGXを実践できるようになることでしょう。

6Gの多様な技術要件を満たす技術は、5Gをはるかに上回る高度なものになりそうです。さらに、ひとつの決定版技術であらゆるニーズに応えることはできなくなってきます。5Gにおいて、すでにSub 6の周波数帯とミリ波の周波数帯では、それぞれ使い勝手と適用するユースケースが異なってきています。6Gでは、用途に応じて通信技術を使い分ける傾向が、一層顕著になりそうです。このため、「仕様策定の段階から、具体的なユースケースを思い描き、ニーズを起点とした技術開発を進めることが重要になってきます。鉛筆を削った後に描くものを考えるのではなく、描きたいものを想定しながら適した形に削るようなインフラづくりが求められています」と中尾教授は言います。

村田製作所(以下、ムラタ)は、これまで端末などに搭載するフロントエンド・モジュールの開発・提供を通じて、携帯電話の発展に貢献してきました。そして現在、来るべきBeyond 5G時代の到来を見据えて、アンテナやパワーアンプ、ローノイズアンプといった素子、回路に加え導体損失を改善する基板など、多様な要素技術の開発を進めています。

6Gでは、5Gの電波よりもさらに周波数が高いテラヘルツ波の活用が想定されています。その対応には、材料レベルから部品を最適設計していく必要がある可能性があります。優れた特性を持つ材料を開発するためには相応の時間が必要であり、しかも開発指針を定めにくい技術領域でもあります。このため、社内の知見を活用するだけでなく、外部機関とも積極的に意見交換や連携を進めていきます。

さらに、「Beyond 5G/6Gではインフラのあり方が大きく変化します。新たな周波数帯への対応といった単純な目標だけを掲げて技術開発するのではなく、私たちに、いかなる技術が要求されているのか。広い視野から見極めながら、技術開発を進めていきます」と下前は語ります。

村田製作所 技術開発部門 マネージャー 下前
村田製作所 技術開発部門 マネージャー 下前

世界の叡智を呼び込んで、双方向の技術開発を展開

6G向け技術の開発では国や地域の間で激しい競争が始まっています。ただし、中尾教授は、「いかに優れた技術を開発できたとしても、日本だけにしか通用しない、世界市場に展開できないのでは意味がありません。開発した技術を一方的に世界に発信するのではなく、世界の市場のニーズや新たな発想の技術を知る世界の叡智を呼び込んで共創する、グローバル戦略に基づく双方向での開発が重要になります」と強調しています。

こうした視点の重要性は、将来6G対応通信機器に搭載するモジュール製品などを開発するムラタにおいても同様です。「これまで通信モジュールの開発では、お客様が定義した要求を基にして技術開発してきました。しかし、これからはお客様をパートナーとして、ともに実証実験などを繰り返しながら必要な技術を定義・開発し、より役立つ製品を作り上げていく必要があります。まずは、お客様にムラタを頼りにしてもらえるような情報を発信し、集まっていただいた方々との連携を築いて、より良い技術・製品を用意できるようにしたいと考えています」(下前)

DXやGXの実践に欠かせないIIoTシステムの活用は、5Gインフラの整備が進むにしたがって加速していくことでしょう。そして、2030年以降に整備が始まるBeyond 5G/6G対応のインフラによって、さらなる進化が期待されます。こうした情報基盤のメリットをいかに活用するかが、価値あるビジネスを創出する際に重要な視点になりそうです。後編では、IIoTシステムのエッジ側にフォーカスして、研究者と事業者それぞれの視点からそこで求められる技術とその進化の方向性について議論します。

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