車中放置はゆるさない 子供の安全を守るWi-Fi電波のセンシング技術

子供の置き去りを、クルマの機能で防止

電子技術をフル活用して、クルマの安全性を向上させる動きが活発化しています。今では、交通事故が起きそうな状況で自動的にブレーキを掛ける「衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)」が、当たり前のように新車に搭載されています。2021年11月には、日本でその搭載が義務化される予定です。そして、こうした電子技術で安全を確保する動きは、クルマの中にまで広がってきました。

炎天下の車中に子供を置き去りにし、熱中症で亡くなってしまった・・・。そんな痛ましいニュースを毎年のように耳にします。たとえ、子供が眠っていたとしても、そのまま放置して出かけることなどもってのほか。子供の車内置き去りは、「保護責任者遺棄罪(刑法218条)」に相当する犯罪です。しかし、「少しの間だけならば大丈夫なのでは。寝た子を起こすのもかわいそうだし」といった身勝手な判断から、取り返しのつかない事態に発展する例は後を絶ちません。

こうした車中への子供の置き去りは、日本だけでなく、世界中で問題視されています。特に、欧米における問題意識は極めて高く、コンビニの駐車場にクルマを停めて子供を置いて買い物に行けば、警察に通報されることがあるほどです。そして、単に親の責任を問うだけでなく、子供を車中に放置できないようにする機能をクルマに搭載する動きが広がってきました。

欧州市場に投入する新車の安全テスト・プログラムである「European New Car Assessment Program (Euro NCAP)」では、子供の置き去りを検知する機能「Child Presence Detection(CPD)」に関する試験を、2023年から導入する予定です。消費者団体によって実施されるこの安全テストの結果は公表されます。その権威は極めて高く、評点次第でクルマの販売が大きく左右されるほどの影響力を持っています。そして、同様の動きは、米国、ASEAN、日本など世界中に広がる方向へと向かいつつあります。

Wi-Fi電波を活用したセンシング技術で 子供の存在を検知

クルマへのCPD機能の搭載が当たり前になる時代の到来を見据えて、世界中の自動車メーカが、一斉にCPD機能の開発を進めています。より高い評価を受けるためには、いかなる状況の下であっても子供の置き去りを確実に検知し、的確に対処できる機能の実現が求められます。

村田製作所(以下、ムラタ)は、車室内で電子機器とクルマをつなぐ手段として活用されていたWi-Fi(無線LAN)の電波を活用して、子供の存在を確実に検知できる技術をOrigin Wireless社と共同で開発し、提供しています。CPDの実現手段には、カメラから得た画像を認識する方法、ミリ波レーダを活用する方法など、いくつかの方法があります。これらの中で、Wi-Fiを活用したセンシングは、他の方法にはないユニークな特長を数多く備えており、より安全なクルマを広く普及させるために欠かせない技術として期待が集まっています(図1)。

図1 ムラタが提供するWi-Fiの電波を用いたCPD技術のシステム構成と特長

既設の車載Wi-Fiシステムを活用し 最小限のコスト・作業でCPD機能を搭載

Wi-Fiは、オフィスや家の中で、無線を介してパソコンやプリンタなどをつなぐための欠かせない技術です。ムラタのCPDの実現技術は、通信技術だったWi-Fiを子供の見守りに活用するものです。カメラやミリ波レーダなど、人やモノの存在を検知するセンサを利用した技術とは異なる有用な数々の特長を備えています。そこで、ムラタでCPD向けのWi-Fiを使ったセンシング技術の商品企画に携わっているマネージャ 門田に、ムラタが提供する技術の詳細とその特長について聞きました。

2023年から欧州で、 CPDがクルマの安全評価項目に

――Euro NCAPでは、いつから、どのようなCPD関連の試験を実施することになるのでしょうか。

2023年から、CPDがEuro NCAPのスコアリング対象となります。現在、どのような試験を実施し、いかなる機能の搭載を加点対象とするのか、試験仕様と加点基準などをワーキンググループ内で議論している状況です。2021年内にリリースされると思われます*。同様の動きは、ASEANのNCAPでも進められており、北米や日本も同調する可能性が高いとみています。場合によっては、法律でCPD機能の搭載が義務付けられる可能性さえあります。

子供は、いつも後部座席のチャイルドシートにおとなしく座っているわけではありません。あらゆる条件下の車室内のどこにいても、存在を確実に検知できるセンシング技術が求められます。

*  "Child Presence Detection Test and Assessment Protocol"としてリリースされました(2021年7月)。

――確実な子供の存在検知は、技術的に難しいですか。

検知漏れがないようにするためには、相応の高度な技術が必要です。例えば、子供が毛布を被って寝ていたら、ぱっと見では子供がいることが分かりません。また、活発に動く子供ならば、車内のどこにいるか予測不能ですし、場合によっては床に寝そべっていることさえあるでしょう(図2)。さらに、夜間で車室内が真っ暗な状況も想定しておく必要があります。

図2 車中の子供は、いつも同じ場所、同じ姿勢でいるとは限らない

――自動車メーカがCPDの実現技術を選択する際のポイントは。

試験仕様が正式に定まるのはこれからですが、既に、多くの自動車メーカが採用すべき技術を選定すべく、評価しているようです。特に、欧州の自動車メーカでの評価作業が先行しています。

まず、コストはとても重要な要素です。NCAPではさまざまな評価を実施し、最終的に各項目の評点を合計してグレードを決めます。高級車ならば、あらゆる安全機能をてんこ盛りにできるかもしれませんが、それは一部の車種だけ。高グレードの評価を得るため、どのような安全機能にコストを掛けるか、自動車メーカ各社の戦略が出てきます。このため、CPDにおいても、できる限り最小限のコストに抑えながら要求仕様を満たせる技術が求められます。ただし大前提として、先ほどお話した、いかなる状況でも確実に子供の存在を検知できる性能は欠かせません。

車室内の隅々まで行き届くWi-Fiの電波を活用

――ムラタでは、Wi-Fiの電波を活用して子供の存在を確実に検知する技術を提供しています。その検知する原理を教えてください。

車室内を飛んでいるWi-Fi電波のマルチパス波の変動を検知して、子供の動きを検知しています(図3)。車室内に電波を送信する機器と受信する機器を、それぞれ離れた場所に設置しておきます。送信側から受信側に電波が飛ぶ際、車室を取り囲むボディや車室内のシートなどさまざまなモノで電波が反射し、電波が飛ぶパス(経路)がたくさんできます。そうしたマルチパスの合成波は、室内に動くモノがなければ、ずっと安定した信号になります。ただし、車室内に人がいて動けば、合成波の振幅は変動します。この変動量を解析して、人の存在を検知します。

図3 Wi-Fiの電波を用いたCPDの原理

――どのぐらいの精度で動きを検知できるのですか。

頭が数cm動くレベルでも検知でき、呼吸している様子さえ分かります。Euro NCAPの最終的な試験仕様がリリースされるのはこれからですが、ムラタが提供するWi-Fiを使った方法ならば、要求事項を確実に満たせるのではないかと考えています。また、電波は、車内のあらゆる場所にまで行き届くため、死角のない検知が可能です。さらに、子供が毛布などを被っていても、電波は透過しますから見逃しません。

――検知にはどの周波数帯を活用しているのですか。

センシング精度が高い5GHz帯の利用を推奨しています。強調しておきたいのは、送信と受信に利用する機器には、電子機器とのデータ通信に利用しているハードウェアをそのまま利用できることです。つまり、同じ機器で通信用とCPD用、2つの機能を実現でき、同時に活用することも可能です。

世界的には、既にカーナビの過半数にWi-Fiが搭載されています。また、欧米で搭載が義務付けられている車両緊急通報システム向けのテレマティック・コントロールユニットにもWi-Fiが搭載されつつあり、Wi-Fiの電波を送受信する機器が2台搭載されているクルマも年々増えてきています。こうしたクルマならば、対応ソフトウェアを導入するだけで、CPD機能を付加できます。高精度でのセンシングを実現するためには、アンテナの位置や向きなどをクルマの大きさや形などに応じて多少の調整を加える必要がありますが、手を入れる部分はその程度です。Wi-Fiの送受信機を設置する場所も自由に選ぶことが可能であり、ユーザ企業にとっては使い勝手の良い技術だと思います。

Wi-Fi 5以降に対応したモジュールに適用可能

――ムラタでは、Wi-Fiを用いたCPD技術を、どのようなかたちで自動車業界に提供しているのですか。

CPDに適用可能な、車載向けの高信頼性Wi-Fiモジュールを提供します。だたし、CPD向けに特別な商品を用意するのではなく、カーナビなどに組み込むWi-FiモジュールをそのままCPD向けにも展開します。既に量産しているIEEE802.11ac(Wi-Fi 5)以降の規格に対応した商品ならば、CPD向けとして利用可能です。当然、IEEE802.11ax(Wi-Fi 6)対応のモジュールも同様です。CPD機能を実現するソフトウェアは、この技術の開発元であるOrigin Wireless社が提供します。

――既に自動車メーカなどに技術を紹介していると思うのですが、反応はいかがでしょうか。

技術面で、とても高い評価をいただいており、普及に向けて手応えを感じています。CPDを実現する手段としてWi-Fiの電波を活用する方法を提案しているのはムラタだけのようですから、技術自体に興味を持ってもらえているようです。Wi-Fiと言えば、通信の手段だという印象を持つ方がほとんどであり、センシングに利用できるという点に驚きます。

CASEの時代に入り、connectivityの普及はますます広がり、色んな用途に活用されていく、とみています。本技術によってそこにCPD機能を加え、さらなる付加価値が盛り込めます。こうしたメリットも含めて、じっくりと訴求していきます。

次世代の高付加価値移動サービスにも展開できる

クルマに乗る子供の安全を確かなものにするために搭載されるCPD機能ですが、その機能はさまざまなシーン、目的で利用することが可能です。

例えば、世界中で開発が進んでいる完全自動運転車を、移動するオフィスやホテル、レストランとして利用しようとするアイデアが出てきています。こうした次世代の付加価値の高い移動サービスを提供する際には、安全性や快適性を高めるため、車室空間にいる利用者の状況を正確に把握し、管理する仕掛けが欠かせません。しかし、利用者のプライバシー保護の観点から、室内カメラを設置して監視するというわけにも行きません。こうした時に、Wi-Fiの電波を使ったセンシングのような間接的な状況把握手段は極めて有用です。

ムラタの提案するWi-Fiセンシング技術は、こうした時代の要請に応える技術として広く活用される可能性があります。

車内の幼児置き去りをWi-Fi電波で検知するソリューション デモンストレーション編

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