エッジAIカメラによる工程作業モニタリングシステム
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AI(Artificial Intelligence)*1は、たとえば、製造現場における製品の不良品検知、単語や文章を入力して自然な文章や画像を生成するサービスなど、その活用範囲の拡大は留まるところを知りません。
そのAIの核となるのはAI演算です。実は現在のAIシステムにおける演算のほとんどは、インターネットを経由してクラウドで実行されるコンピューティング*2、クラウドAIが一般的です。しかしクラウドでAI演算する場合、データをクラウドに送ることによる機密漏洩などのセキュリティ上の懸念や、ネットワークの通信量の増大によるコストの増加、さらに応答時間の遅延などの懸念があります。
そこで、端末(エッジデバイス)で取得したデータをクラウドに送ることなく、あらかじめ端末に組み込んだAIモデルで演算を実行する「エッジAI」に、IoTなどで注目が集まっています*2。
ここではエッジAIの特徴やメリットとデメリット、エッジAIの活用例といった基礎知識を紹介するとともに、ムラタのエッジAIに対するコンセプトとそのコンセプトの実現に向けた取り組みについて解説します。
*1 AIにはさまざまな定義がありますが、本記事では、AIをディープラーニング(深層学習:データの特徴を自ら抽出し推測する)という手法を用いたシステムを前提として説明します。ディープラーニングとは機械学習の1つで、データの特徴をあらかじめ教えて推測するというこれまでの機械学習の手法との大きな違いは、データからの特徴抽出を自ら行うという点になります。
*2 コンピューティングとは、単にデータ処理(演算処理または計算処理)を意味することもありますが、ここでは、データ処理とともに、データの収集・伝送・解析などの一連のプロセス、およびこれらプロセスに関連するサービス群(SaaS:Software as a Service など)と考えます。そしてクラウドにてデータ処理をAIがになう場合をクラウドAI、同様にエッジデバイスにてデータ処理をAIがになう場合をエッジAIと呼ぶことにします。
一般的にAIでは、既知のデータを経験則的に学習して作成したAIモデル*3を使って演算し、「推論」の結果を出力します。たとえば、工場の生産ラインで『製品に傷があること』をその製品の外観画像でAIに判別させたい場合、その生産ラインに設置した画像センサのデータから、傷の有無を判別するAIモデルに推論させ、その結果を出力するということになります。
ここで、AIモデルはどこで演算し、推論結果を出力するのかに着目してみましょう。その演算する場所で特に注目されているAIが、クラウドで演算する“クラウドAI”と、エッジ(ネットワークの末端側)で演算する“エッジAI”であり(図1)、互いに特徴は大きく異なります。
以下、先と同じく工場の生産ラインを例として、クラウドAIとエッジAIにおいて製品が常時流れている生産ラインに対してリアルタイムに推定(推論)するというケースをとりあげ、その仕組みや特徴を解説します。
*3 AIモデルは、学習(大量のデータから規則性やパターンなどの特徴を抽出すること)などのプロセスを経て作られます。したがって、学習に用いたデータによってAIモデルは異なるものになります。たとえば画像認識では、人や物の画像データをAIモデルに入力したとき、その画像データに対して、このAIモデルはどんな人や物を検出・推論するのかは、このAIモデルの作成時にどのような画像データを用いて学習させたかによって変わります。
はじめにクラウドでAIを実行するケースを解説します(図1右)。クラウドAIではクラウド上の大規模サーバで演算を実行するという仕組みで、大量のデータの処理や複雑な演算が可能である一方、以下のような懸念があります。
このような懸念がある場合に、動画データを生成する端末(エッジデバイス)である画像センサにAIを搭載したエッジAI(図1左)にて、解決がはかれます。
エッジAIでは、エッジデバイスごとに軽量なAIモデルをあらかじめ組み込んでおき、そこでAI演算が実行され推論結果が得られるという仕組みになっています。たとえば、傷がある製品があった場合、傷がある画像のデータではなく、『製品に傷がある』という推論結果のみがエッジデバイスから送信されることになります。
前項では、事例をもとにエッジAIのメリット - 運用コストの抑制、通信容量が小さいことによるネットワークの低負荷、エッジデバイスからのデータ(生データ)の機密性 - について触れました。ここではもう少し掘り下げて、これらメリット以外のメリット、およびデメリットをまとめました(表1)。エッジAIには多くのメリットがある中で、最近は低消費電力であることも注目されています(<コラム>高まるエッジAIへの期待)。
| No | ポイント | メリット/デメリット | |
|---|---|---|---|
| 1 | AI演算結果の応答性 | 端末側でAI演算は行われるため、応答に遅延がなく、 リアルタイムに演算結果が得られる。 | |
| 2 | AI演算の処理能力 | 専用チップの利用により特定タスク向けにAI演算の最適化がはかれる。 一方で、バッテリー容量などの制約により、高速プロセッサを搭載できないため、 高度なAIモデルを使った演算といった複雑な処理は困難である。 | |
| 3 | データ通信量 | 全ての演算処理はデバイス上で完結できることもあり、 演算結果のデータサイズは小さい。 そのためデータ通信容量も小さくてすむ。 | |
| 4 | データの秘匿性 | エッジデバイスからの初期データは外部に漏洩しないため、 初期データの秘匿性は高い。 | |
| 5 | オフライン接続 | インターネットへの接続を不要にできるため、 オフラインでも動作は可能としている。 | |
| 6 | コスト | 導入 | 導入時では、ハードウェアの購入費用を抑制できる。 一方、専門的なハードウェアの購入または既存機器の改良のため 費用がかかる場合がある。 |
| 管理・運用 | いったんシステムを設置・稼働すれば、追加費用を抑えて運用できる。 一方、専門知識をもつ人材の確保やメンテナンスなどの費用が必要である。 | ||
| 7 | 消費電力 | リアルタイムの演算(No.1)により不必要な計算やストレージの使用を しないこと、特定タスク向けのAI演算の最適化(No.2)により効率化が はかられること、データ通信容量が小さいこと(No.3)などの要因により、 消費電力を低く抑えることができる。 | |
繰り返しになりますが、エッジAIには演算結果の応答に優れるというリアルタイム性とデータ秘匿性が高く、また通信コストが経済的であるという強みがあります。この強みを活かした用途の代表例として
があります。以下、それぞれの活用例を紹介します。
AI演算機能を搭載したカメラをエッジAIカメラといい、画像のデータに対してAI推論ができるエッジデバイスです。身近なところでは、顔認証にて玄関ドアが開錠されるスマートロックへの活用が考えられています。また、顔認証以外に、ジェスチャー認識による人物検出や人の流れも検出が可能であることから、監視用途として活用できます。さらに、インフラの分野では、鉄道の線路や道路への落下物や侵入者の検出、FAの分野では異物混入検査や形状検査、重機・ロボットへの作業員の接近検出などが可能であるため、スマートファクトリー化に大きく貢献するデバイスといえます。
エッジAIは音声認識にも対応します。たとえば、ロボットに対しての動作指示や、照明の点灯・消灯、明るさ調節といった設定指示が、音声によって可能です。工場では両手が塞がっている、または手が汚れていてタブレットデバイスなどの操作ができないといったケースでも、音声による指示でタブレットデバイスを操作することができます。このほか、ウェアラブル端末やIoT機器などの小型デバイスも操作可能です。ユーザー体験を高めると同時にセキュリティ面でもメリットを提供するため、多くの企業がこの技術へ注目しています。
これまで述べてきたように、エッジAIは、クラウドAIが基本的に抱える問題の解決に貢献できる技術です。ここでは、エッジAIに対するムラタの取り組みや考え方、開発したエッジAIモジュールの性能、および将来性についてご紹介いたします。
ムラタは、スマートフォン向けなどの小型・薄型の高性能モジュールを開発・商品化し、その過程で培った多くの技術ノウハウを蓄積・活用しています。そして、これまで通信ICをはじめとしたさまざまな小型パッケージ技術に関する顧客要望に応え続けてきた経緯もあり、主要ICベンダーから、エッジAIチップもモジュール化してくれないか?という依頼をいただいたことがエッジAIモジュール開発のきっかけです。
当モジュールの開発において、もっとも意識したことは発熱による動作障害が起きないようにするための放熱対策です。モジュールは部品集積度が高く、一般的にモジュールの放熱対策は困難なのですが、
によって、放熱効率の高いエッジAIモジュールを実現しました。
さらに、放熱対策とともに、ノイズによる動作問題が生じないよう電磁ノイズを抑圧するためのシールド対策にも注力し、より高い信頼性を確保しました。
エッジAIは、ここ数年で一段と普及が進んでいるシングルボードコンピュータ/ワンボードマイコン(以下、SC/OM)にも搭載されています。このSC/OMとムラタのエッジAIモジュールを比較してみます。
SC/OMは、さまざまな外部モジュールと連携することができるという拡張性の高さが特長です。この特長を活かし、たとえばカメラモジュールと画像認識用のライブラリを利用することで、エッジAIカメラのシステムを構築することができます。一方で、汎用のAIチップを使用しているためAI推論の速度が低い、AI演算部には冷却ファンを用いた放熱対策が必要、また、AIチップや周辺IC用の電源の設置スペースが必要、といったことが問題になることがあります。
一方、ムラタのエッジAIモジュールのAI演算部には、AI演算に機能を特化しているGoogle社製の「Coral」をチップとして採用しており、一般的なSC/OMより高速の4TOPS*4の演算能力を2W以下という低消費電力で実現しています。また前項のとおり、冷却ファンを使わない当社独自の放熱対策をほどこしていることから、演算速度を下げることなく動作させることができます。
この性能により、カメラはもちろんスマートフォンやドライブレコーダなど、さまざまなエッジデバイスへの搭載が可能です。また、組み込みAIチップへの外付けもできるといった、システム設計の自由度が高いという特長も有しています。
*4 TOPS:Tera operations per secondの略で、1秒あたり1兆回の演算ができることを表す単位。
エッジデバイスの普及によりその利用数が増加することで、さまざまな用途に対応するエッジAIが必要とされるのは間違いありません。このトレンドに応じるためには、より小型で高速で動作し、かつ低消費電力であることはもちろん、動作の安定性や信頼性が高いエッジAIモジュールは欠かせません。
ムラタでは、AI推論に特化した機能をモジュール化し、小型で高速かつ省電力で動作するチップであるエッジAIモジュールを提供することにより、多くのエッジデバイスで必要とされるAI推論機能の活用の実現に貢献していきます。
スマートフォンやタブレット端末を含め、インターネット接続されたカメラや工場などにおけるロボティクス・FA機器に搭載されるセンサなどのエッジデバイスの数は、2030年には全世界で290億台と予想されています。そのため、全世界のエッジAI市場は、2022年の156億米ドルから1074億米ドルを超えて成長すると予想されています。
またエッジAIのプロセッサ市場も2032年までに約110億米ドルに達すると予想されており(2022年に約27.5億米ドルに達している)、この10年間で15.56%の年平均成長率で成長しています。
このようなエッジAI市場の拡大が予想される背景として、以下が考えられます。
ここ数年、エッジAIのメリットである、電力消費の抑制にも期待がよせられるようになってきました。
前述のように、現在の社会インフラのネットワーク形態はクラウドコンピューティングが一般的ですが、クラウドサーバの常時稼働やデータの長距離伝送による熱損失などによる電力消費が大きいことから、電力消費の非効率性が指摘されているからです。この事情はクラウドAIも同じです。
そのため、クラウドコンピューティングにおけるデータの集中処理でなく、分散処理によって電力効率化がはかれるエッジコンピューティングとエッジAIが推進されるようになってきています。エッジAIは、データのAI演算をクラウドサーバに頼らずエッジデバイス内で完結し、データの伝送にともなう熱損失も小さいことから、デジタル社会のインフラにおける大幅な省エネ化に貢献することができます。