ノイズ対策ガイド

ノイズ対策の基礎 【第6回】 コモンモードチョークコイル

前回のチップ三端子コンデンサに続いて、今回はコモンモードチョークコイルの紹介です。

<コモンモードチョークコイルはノイズと信号を伝導モードによって区別する>

前回までのチップフェライトビーズやチップ三端子コンデンサは、ノイズ周波数が信号周波数よりも比較的高いという周波数の違いを利用して、ローパスフィルタとして働くことによってノイズだけを選択的に除去するものでした。コモンモードチョークコイルもノイズフィルタですが、コモンモードチョークコイルの場合は周波数の違いではなくて伝導モードの違いによってノイズと信号を区別します。このためには、まず、コモンモードとディファレンシャルモードという二つの伝導モードについて知っていただく必要があります。

<コモンモードとディファレンシャルモード>

通常、基板上の電気回路においては、ある部分から流れ出た電流は負荷を通って別の回路へ届き、基板上の別のルートを通って帰ってきます。(帰り道が基板のグランドプレーンであるケースも多々あります)これがディファレンシャルモード(ノーマルモードと呼ばれることもあります)という流れ方です。

図1 ディファレンシャルモードの伝導ルート

一方、明確な配線としては存在しませんが、別の伝導ルートも存在します。基板上の各配線と基準大地間に微小な浮遊容量が発生するために、基準大地面から基板上の配線を共通に流れて反対側から基準大地面に戻っていく伝導ルートです。これをコモンモードと呼びます。

図2 コモンモードの伝導ルート

基準大地面との間の浮遊容量は微小なものですが、信号周波数が高くなると微小な浮遊容量でもインピーダンスが低くなるのでこのコモンモードの電流が流れやすくなります。通常は、電子回路においては能動的にコモンモード電流を流すことはあまりありませんが、電源回路やドライバICのグランドがゆれたりすると、これらがドライブする回路全体も揺れることになるため、コモンモードのノイズとなります。この回路に外部に接続されたケーブルがあると、ケーブル自体にもコモンモード電流が流れ大地に対して揺れる電位を持つので、これがノイズ電波になって放射されることになります。

<コモンモードチョークコイルはコモンモード電流にだけ働くノイズフィルタ>

コモンモードチョークコイルは、上記のコモンモードとディファレンシャルモードという伝導モードでノイズと信号を区別するノイズフィルタです。一言で言うと、コモンモードにだけ働くフィルタです。
コモンモードチョークコイルの原理図を図3に示します。

図3 コモンモードチョークコイルの動作原理

コモンモードチョークコイルは一つのコア(高周波用の場合はフェライトのコア)に2本の導線を巻いた構造となっています。このため、4端子になります。両者の巻き方向は互いに反対方向になっています。このような構造のコイルにコモンモードの電流が流れると、それぞれのコイルにおける電磁誘導現象によって磁束が発生しますが、発生した磁束の向きは同じ方向になるためお互いの磁束が強めあってインダクタとしての働きが高まります。一方、このコイルにディファレンシャルモードの電流が流れると、発生した磁束の方向は逆方向になるため磁束が打ち消しあってしまいます。これによってディファレンシャルモードの電流に対しては、インダクタとしての働きがなくなります。このように、コモンモードチョークコイルにおいては、ディファレンシャルモードに対してはインダクタとして働かず、コモンモードに対してだけインダクタとして働くフィルタとなります。

<コモンモードチョークコイルのメリット>

コモンモードチョークコイルのメリットは2つあります。

①信号とノイズの周波数が重なっていても、伝導モードが違えばノイズだけを除去することが可能
②ディファレンシャルモードの大電流が流れていても、コアが飽和しないので性能が低下しない

周波数によらずノイズと信号を分離できるのは、コモンモードチョークコイルの一番の特徴です。最近、電子機器の信号伝送の方法として、高速差動伝送が採用されるケースが増えています。高速差動伝送の代表的なものは、USB, SATA, HDMIなどです。高速差動伝送ラインにおいては、非常に周波数の高い信号が伝送されるため、フェライトビーズのように周波数によってノイズと信号を区別するフィルタでは適切に分離できず、信号への影響を重視するとあまりノイズを落とすことができず、ノイズ除去を重視すると信号の一部も減衰してしまって信号品位に影響がでます。

コモンモードチョークコイルは伝送モードによって信号とノイズを分離するため、高速な信号が流れていてもこれがディファレンシャルモードであれば影響を与えません。高速差動伝送ラインでは、信号は原則ディファレンシャルモードだけであり、ここで問題となるノイズはコモンモードノイズが主となるため、コモンモードチョークコイルを使用することによって高速信号に影響を与えずにコモンモードノイズを効果的に除去することができます。

図4 高速差動伝送ラインにおけるノイズ除去の比較

電源に入力される商用電源ラインや、ACアダプタの2次側などにはケーブルが接続されるのでこのケーブルがアンテナとなってノイズが放射されて問題になることがあります。

ここにフェライトビーズやノーマルモードチョークコイルなど、ディファレンシャルモード用のインダクタタイプフィルタを使用すると、ここに流れる大電流によってコアが磁気飽和を起こし、インダクタとしての性能が大幅に低下します。こういう場合、コモンモードチョークコイルが役に立ちます。コモンモードチョークコイルにおいてはディファレンシャルモードの電流による磁束は打ち消しあって消えてしまうので、磁気飽和は起こりません。
このため、大電流が流れる電源ラインのノイズ対策にもコモンモードチョークコイルが活躍します。

<コモンモードチョークコイルの例>

図5がコモンモードチョークコイルの例です。

図5 コモンモードチョークコイルの例

AC電源ラインに使用されるものについては、高電圧がかかるために安全に十分配慮した構造となっています。一方、高速信号ラインに使用されるものについては小型化が要求されるためにチップ化されています。また、フェライトコアに巻線を行った巻線タイプと、フィルムコイルを応用したフィルムタイプなどが商品化されています。巻線タイプは高性能、フィルムタイプは小型といった特長があります。

図6が巻線タイプチップコモンモードチョークコイルの構造例です。2本のラインを一緒に巻いていくことにより、行きの線と帰りの線が隣り合うため、お互いの線の磁気結合がより高まるため、コモンモードとディファレンシャルモードの選択性が高まります。

図6 巻線タイプチップコモンモードチョークコイルの構造例(下面図)

<コモンモードチョークコイルの注意点>

これまでの解説で、コモンモードチョークコイルはディファレンシャルモードに影響を与えないとしてきましたが、これは理想的なコモンモードチョークコイルの場合です。

実際は、お互いのコイルで発生した磁束は一部漏れ磁束となって打ち消しあわずに残るので、若干のインダクタンスを持ちます。このディファレンシャルモードインダクタンスは十分低いのですが、信号周波数が非常に高い場合はこの影響を考慮する必要があります。図7が実際のチップコモンモードチョークコイルのインピーダンスカーブの例です。ディファレンシャルモードのインピーダンスが1GHz付近で高くなっているのがわかります。

最近は、よりディファレンシャルモードインピーダンスを低く抑えたチップコモンモードチョークコイルも商品化されているので、DisplayPortやUSB3.0など、非常に周波数の高い信号を扱う場合はこれに対応したチップコモンモードチョークコイルを選択することが重要です。

高速差動ライン用チップコモンモードチョークコイルの選択ガイドが用意されていますので、こちらも参照ください。

高速差動伝送ライン用コモンモードチョークコイルのセレクションガイド
https://www.murata.com/ja-jp/products/emc/emifil/selectionguide/highspeed

図7 コモンモードチョークコイルのインピーダンス特性例

担当:村田製作所 コンポーネント事業本部 販売推進企画部 三屋 康宏

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