村田製作所の環境ソリューション
乾燥設備1台あたり年間2000万円の省エネ効果見込み――。村田製作所(以下、ムラタ)が開発した小型VOC除去システムは、環境負荷軽減と工場の効率化を両立させる革新技術の成果です。生産設備ごとに分散配置できる「one-by-one」の採用により、クリーンルームの調湿や温度調整のためのエネルギーの大幅な節約が可能になります。さらに既存の大型VOC除去システムからのリプレースや新規に工場を建設する際の、レイアウトの自由度も上がります。一方で、one-by-oneを実現するためにはVOC除去システムの心臓部である「ローター」の小型化と高効率化が不可欠です。そこでは蓄積してきた技術を積み上げて、課題を克服してきたムラタの取り組みがありました。CEATEC 2025でも展示したこの小型VOC除去システムの開発ストーリーを紹介します。
ムラタは、各地の生産拠点で利用する乾燥設備(乾燥炉)の排気処理を効率化する新しい技術開発を進めています。これは自社の製造業としての活動による環境負荷軽減を実現した後に、外販による社会貢献を目指した取り組みだと、技術・事業開発本部の粟谷は説明します。
「乾燥設備は多くの製造業で用いられます。さまざまな部品や部材に付いている塗液やフィルム、金属箔などの溶媒や水分などを、加熱して除去するのが乾燥設備です。除去する際には熱が必要でありエネルギーを消費します。さらに、除去した物質が揮発性有機化合物(以下、VOC)を含む場合、VOCを回収・無害化するための設備の稼働にもエネルギーを必要とします。ムラタが開発した技術は、このVOCを濃縮して除去するプロセスに従来とは異なる発想を適用して省エネを実現するものです」(粟谷)
ムラタは以前から、モノづくりにおける環境負荷の軽減に取り組んでいます。技術・事業開発本部の志柿は「脱炭素社会の実現に向けて、2040年時点で自社による温室効果ガス(以下、GHG)排出量を実質ゼロ、2050年時点でサプライチェーン含めたGHG排出量を実質ゼロにする目標を設定しながら、年間500件前後の省エネ施策を計画・実施しています。このほかにも、事業活動で使用する電力を100%再エネにする『RE100』は、2050年から2035年に前倒しでの達成を決定するなど、国際的な環境のイニシアティブの観点でも対応を進めています」と語ります。
こうした取り組みは全社で進んでいましたが、製造の現場での省エネは改善の余地がありました。セラミックコンデンサ事業本部の眞田は、「生産設備や製造ライン、プロセスではコストダウンや合理化は進んでいました。一方で、設備を稼働させるためのエネルギーや、ファシリティ、インフラの省エネはまだまだできることがあると感じていました。例えば、これまで個別に考えていた生産プロセスと排気処理ファシリティをセットとして考えたときに、さらに省エネを実現できるポテンシャルがあると気づきました」と振り返ります。
目をつけたのが乾燥設備の排気処理プロセスでした。「元々、工場の中には乾燥設備などの排ガスを処理する設備があり、省エネの必要性は指摘されていました。従来は工場全体の排気を一カ所に集めてセントラル型の無害化設備で処理していました。処理設備は建造物になるぐらいの大きなもので、大きなエネルギーを消費していました」(眞田)。一般に、セントラル型の設備で集中処理すると、エネルギーや処理の効率が高いと考えられます。しかし、セントラル型とは逆の発想である小型分散設置型(one-by-one)をコンセプトとすることで、これまでにない効果を得たのです。複数の生産設備のVOC処理をまとめたセントラル型は、個々の生産設備側の稼働状況にかかわらずフル稼働が求められます。そのためオーバースペックになりがちで必要以上のエネルギーを消費していました。例として、複数の温度や湿度、複数の濃度がある場合、従来のセントラル型では最大温度、最大湿度、最大濃度に対応する条件で運転しなければなりません。一方、one-by-oneを設置できれば、個々の生産設備の稼働状況に合わせて、VOC除去システムを適切に制御できます。
ここでVOC除去システムの動作原理を簡単に確認しておきましょう。装置の中核になるのはVOCを吸着・脱離するローターで、これが装置内でゆっくりと回転します。ローター内部には多孔質材料であるVOC吸着剤が塗工されており、乾燥設備で発生したVOCを含む排気がローターを通過することで、排気内のVOCはローターに吸着します。その後、ローターは回転することで高温に加熱され、VOCを脱離して濃縮・排気します。VOCが除去されたローターは冷却して再び乾燥設備内の温度に戻して、吸着の工程を再開するのです。この原理はセントラル型の装置でも同じで、大型のローターが回転して吸着・加熱脱離・冷却の工程を繰り返しています。one-by-oneでVOC除去システムを設置するためには、このローターの小型化が不可欠です。
粟谷は、小型化したVOC除去システムを採用するメリットは多岐にわたると説明します。「セントラル型のVOC除去システムは消費電力が非常に大きいため、装置の小型化が実現すれば消費電力を抑えられます。将来的に設備更新が必要になったとき、小型のVOC除去システムを生産設備ごとに設置するならば、既存の工程レイアウトも最小限にできます。新しい工場を建設するときも、セントラル型のVOC除去システムまでの配管ダクトを簡略化できるためレイアウトの自由度も高まります」(粟谷)
VOC除去システムを小型化して、設備の近くに設置することで、セントラル型では得られなかったメリットもでてきます。セントラル型ではVOCを濃縮、無害化した後の排気は大気に放出していました。一方で小型化したVOC除去システムは生産設備の近くに配置できるため、排気をクリーンルーム内に戻せます。加熱した排気を再利用できることから、生産設備内で加熱による温度調節や空気の湿度調節を行うエネルギーを大幅に削減でき、省エネがさらに加速されます。
もう1つ、one-by-oneの設置により、完全なVOC除去が求められなくなるというメリットもあります。「VOCが含まれた排気は、最終的にセントラル型で完全に無害化した上で大気放出する必要があります。そのためにも多くのエネルギーが使われます。ところが、one-by-oneで排気をそのまま生産設備の乾燥設備に戻せれば、完全に無害化するのではなく、VOCの乾燥に適した濃度までの除去で済みます。これは、装置による省エネ化だけでなく小型化にもつながります」(眞田)
ムラタが開発した小型VOC除去システムでは、1m以内の小型のローターが求められました。単に小型化すれば良いというものではなく、小型でも高い効率でVOCを吸着、脱離できるローターを開発しなければなりませんでした。
「ローターは蜂の巣状に微細な穴が開いた構造(ハニカム構造)で、その穴に吸着剤の薄膜を形成してVOCを吸着します。排気をローターの穴に通過させる過程で、VOCを効率的に吸着できるようにするため、形成する膜の構造を工夫しました。これはムラタの中心製品である積層コンデンサで用いる薄膜技術を応用したものです」(眞田)。小型化を実現するために、ムラタに蓄積された技術が生かされた形です。
さらに粟谷は、「塗膜の厚みや塗膜内部の粒子分散性にばらつきがあると、ハニカム構造の中を効率的に空気が流れないため、ガスの吸着効率が下がります。スラリーの微細化と分散化の技術を開発し、均一に塗布できるようにコントロールしています」と説明します。小型VOC除去システムを具体化するには、複数のブレークスルーがあったのです。
小型VOC除去システムの開発は、コンデンサの事業部内で取り組みが始まりました。事業部の設備開発トップに小型VOC除去システムの開発の計画を共有したところ、“技術として筋が良い”と評価され、開発を後押しされたと言います。「このとき言われた“筋が良い”とは、『原理原則に矛盾なく説明できる』という意味です。その上で、経済的、事業的なメリットを提示できたので、開発をスムーズに進められました」(眞田)。実際、ムラタでは、約1mのローターを用いた超小型VOC除去システムを開発しました。排気に含まれるVOC濃度によりますが、VOC処理で90%以上の除去が可能です。多様なVOCに対応する吸着素材を採用したローターを用いることで、適用範囲を幅広くし、多くの産業領域でカスタマイズせずに採用できる工夫もしています。
開発した小型のVOC除去システムを製造プロセスに採り入れることで、大きな効果が期待できます。眞田は「社内の検証では、排気処理ファシリティと生産設備が連携することで、1つの乾燥設備につき年間2000万円という大きな省エネ効果を達成見込みです」と説明します。乾燥設備の温度は室温から100°C程度まで加熱する必要があり、従来は外部の熱源が使われていました。小型VOC除去システムで温まった排気をリサイクルすることで、熱源のエネルギー消費が減少する効果が大きく現れます。また、設備の設置に必要な費用も大型のセントラル型に比べて低減が可能です。「一般的に環境商材は、初期投資に対して費用回収まで8~10年かかると言われますが、今回開発した小型VOC除去システムは3~7年で回収できる見込みです。空気と熱をリサイクルしていることで、経済価値が高い商材ができたと考えています」(志柿)
環境面でも複数の効果が期待できます。GHGプロトコルでは、GHG排出削減について、事業者による直接排出の「スコープ1」、サプライチェーンにある他社による間接排出の「スコープ2」、それ以外の「スコープ3」の基準で算定しています。ムラタが開発した小型VOC除去システムは、このうち、スコープ1とスコープ2の双方に効果があると見ています。「燃焼効率を高めた小型VOC除去システムでは、燃焼から発生するCO2を削減することでスコープ1に寄与します。加熱や調湿などに使っていた電力を削減できれば、電力起因のスコープ2にも貢献します。1つで両方に対応できる珍しい装置です」(粟谷)
こうして開発した小型VOC除去システムは、2025年以降に自社の生産拠点で複数の工程に数百台以上の導入を検討しています。省エネ効果、GHG排出削減効果が期待でき、同時にコスト削減も見込めることから、導入へのステップを順調に進めています。社内での利用を進めて、実運用で得たノウハウや品質、生産への対応などを踏まえ、2026年には社外でPoC(概念実証)を計画しています。その後、2027年には製品としての本格的な外販を実施したい考えです。
今回取材したメンバーは一様に「乾燥設備を利用する幅広い業界に展開していくことが可能な製品です」と強調します。例えば、電池や電子部品、自動車、半導体など、成長産業での展開も見込まれます。「省エネと環境対策を両立できる装置として、国内はもとより、海外への展開も進めたい」と、異口同音に外販への意気込みを力強く語りました。
自社の課題解決を目指し、培ってきた技術を積み上げて生まれてきた新しいVOC除去システム。省エネと環境対応を両立するムラタによる、新しいモノづくりの姿の具体的な一例として、産業界全体の変革を後押ししていきます。
小型VOC除去システムは、「CEATEC 2025」ムラタブースにて一般公開されました。ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。今後も展示会への出展を計画しております。