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センシング技術がスマート農業に貢献する可能性(品種育成による塩害対策編)――気候変動に備え塩害に強いイネを開発

地球温暖化による気候変動で気温上昇や海面上昇が起こり、世界各地で干ばつや大雨の被害が増加。世界中の農作物の生育に大きな影響を与えています。そうした事態に対処すべく、気候変動に対応できる農作物の品種が世界中で必要とされています。

そんな中、東北大学と農研機構は塩害に強いイネを開発。塩害とは土壌や水に含まれる高濃度の塩分が原因となり、生育不良を起こすことです。そのイネの塩害耐性の要因を分析するため、2022年6月から2023年3月まで東北大学と村田製作所と共同で、土壌センサを使った「地表根イネ系統の塩害耐性の要因を分析する実証実験」を進めていますが、センシング技術は農作物の品種改良にどのように貢献できているのでしょうか。塩害耐性を持つイネの概要や、センシング技術の活用について、研究に携わる東北大学技術専門職員の半澤栄子氏に話を聞きました。

遺伝育種によって塩害に強いイネを開発

――半澤さんが専門とされている遺伝育種学とは、どのような研究をする学問なのでしょうか。

植物が持つ有用な形質を制御する遺伝要因を解析し、目的の形質に関わる遺伝要因を導入するなどの技術によって、今までにない品種を創り出す研究分野です。有用な形質とは、例えば姿かたちを決定したり、さまざまな環境に適応できたりする性質などです。品種改良というと最近ではゲノム編集などが注目されていますが、私たちは系統間のかけ合わせと遺伝解析を組み合わせた遺伝学的な手法によって、新しい系統を作出しています。

――2020年には、遺伝育種の技術によって塩害に強いイネを開発したと発表されましたが、従来のイネとどこが違うのでしょうか。

2020年に発表した塩害に強いイネは、東北大学と農研機構との共同研究によって、地表面、または地表面近くで根を横に広げて地表根(写真1)を形成するイネの遺伝子を世界で初めて発見しました。実際に、その遺伝子をイネの栽培種に導入した系統を使って、私たちが管理する塩害実験のための圃場(農産物を育てる場所)で評価したところ、通常のイネは塩害によって収量(農作物の収穫量)が減少しましたが、根を横に広げていくイネは通常のイネほどは収量が減らなかったというデータが得られました。

――イネの根が横に広がると、なぜ塩害による影響を受けにくくなるのでしょうか。

一言で塩害と言っても、畑と水田では影響が若干異なります。畑での塩害では、土壌の中にある高濃度の塩そのものが植物細胞に対してダメージを与えてしまいます。一方、水田での塩害では、塩に由来する過剰なナトリウムイオンによって土壌の緊密性が増し、土と土の間に酸素が溜め込まれにくくなります。そのため、土壌が酸欠状態となり、農作物が根腐れなどの生育不良を起こすと考えられています。

イネの地表根形成に関与する遺伝解析および品種育成に使用した両親系統のイメージ画像
写真1 イネの地表根形成に関与する遺伝解析および品種育成に使用した両親系統(左:ササニシキ、右:Gemdjah Beton)

――塩害から農作物を守る手段としては、除塩という方法もありますが、品種改良されたイネを採用するメリットはどこにあるのでしょうか。

日本で大規模な塩害が起きるのは、東日本大震災後のような一時的なケースになると思うので、水田の上から真水を放水して地下に塩分を流し去る除塩作業を行う方が早いかもしれません。ただ、今後は地球温暖化による気候変動によって、世界各地の多くの国や地域で塩害が起きていることが報告されています。

世界的に見ると、雨が降らないことで地下水の塩分が地表に上がってくる乾燥地帯の塩害だけでなく、海面上昇によって農業用地に海水が流れ込んで起きる沿岸の塩害など、大規模で長期的な課題への準備も必要になってくるでしょう。そうした状況を想定した場合、除塩作業では追いつかないので、最初から塩害に強い品種を植えていく方が有効な手段になると考えています。

土壌中の塩分濃度の変化をリアルタイムに捉える実証実験を開始

――2022年6月から2023年3月まで東北大学と村田製作所が共同で行う「地表根イネ系統の塩害耐性の要因を分析する実証実験」では、何を調査するのでしょうか。

2020年に塩害に強いイネを開発した後、根の伸張方向や深さと土壌の塩分濃度の間に、どのような関連性があるのか知りたいと思うようになりました。そこで、今回の実証実験では、土壌の地表面と中間層、さらに一番深い層で、塩分濃度がどのように推移していくのかを調べます(写真2)。

土壌の塩分濃度の推移が経時的にどのように推移するのか、塩分がどのように根に影響を与えているのか新しい知見が得られれば、と考えています。

塩害実験圃場における塩濃度モニタリングの実証実験の様子のイメージ画像
写真2 塩害実験圃場における塩濃度モニタリングの実証実験の様子

――土壌の深さによる塩分濃度の推移の違いを知るためにも、土壌センサが必要になるのですね。

そもそも土壌センサの存在を知ったことで、土壌の深さによる塩分濃度の変化や違いが、自然環境による影響も含めてリアルタイムにモニタリングができるかもしれないという発想が生まれたんです。

土壌センサの存在を知ったのは、2019年頃に私が所属する東北大学大学院生命科学研究科附属の湛水生態系野外実験施設(宮城県大崎市鹿島台)において、長年管理している塩害実験圃場の田面水の塩分濃度をもっと効率良く測定できないか、東北大学(当時)の菅野均志先生に相談したことがきっかけでした。その際にセンサの装置をお貸し出しいただき、それを使用して塩分濃度を継続的にモニタリングした経緯があります。

塩害実験圃場の塩分濃度の管理は、圃場の職員が1日に1回、田面水を採取し、塩分濃度計で計測して、用水などを加水することで濃度を調整しています。降雨や気温の上昇など、天候の変化によって1日のうちで大きく塩濃度が変動することがありますが、リアルタイムにその変化の傾向を知ることはできませんでした。

――今回の実証実験による成果は、将来的にも大きな意味を持つことになりそうですね。

私たち人間がもっと自然環境への理解を深め、災害の発生を最小限に抑えつつも、自然の恵みを最大限にいただきながら共生していく時代を作っていくには、このセンサのような最新機器を活かしたデータ収集や解析技術が重要になると思います。

農業分野の問題を解決する先端技術とのマッチングが重要に

――今後、農業分野において、土壌センサをはじめとする環境センサはどのような役割を持つと感じていらっしゃいますでしょうか。

農業の現場は自然環境とともにあるので、農業を取り巻く環境を正しく評価して見える化するには、今後もこういった技術を積極的に取り入れていくことがますます重要になると思っています。また、さまざまなセンサを利用することは、農業の省力化や効率化につながるだけでなく、若い世代の農業従事者を増やしていくことにも、良い影響を及ぼすのではないかと思っています。ですので、さらなる持続可能な安定的な収量の確保にも、十分に貢献できるポテンシャルを持っていると思います。

ただ、現時点では、まだまだ人間が機械やデータを、好結果に結び付くまで十分に活用できていないとも感じています。ですので、収量や品質に関わる詳細なデータを取得できる技術が開発されたり、もっと容易に操作できる技術が増えてきたりするといいなと思いますね。また、設備の導入や維持管理など、コストや人材の確保ということも大きな課題だと思っています。

――センサを活用する上での課題はありますでしょうか。

センサを活用するには、長年培った農業の経験や知識、技術がベースにあることが前提だと考えています。そういった新技術の開発とともに、従来の方法とのリンク、すなわちデータの融合がうまくなされなければ、技術だけが1人歩きしてしまう可能性もあります。そこはいろいろと考慮しなければいけないでしょう。

――他の産業分野と比べて農業のIT化がなかなか進まない理由として、「農業に関わっている人はITに弱い」という一般的なイメージがあるように感じています。そういった状況の中、今後、農業分野で積極的にIT活用を進めていくには、どのような取り組みが必要になってくるのでしょうか。

農業従事者が気軽にIT技術に触れる機会が増えれば良いのではないかと思います。例えば、ある一定期間、装置を無償で試用できるような取り組みなども効果的だと思います。私自身、幸運にも先生方とのご縁から土壌センサと出会い、モニタリングで活用してIT技術のメリットを実感したことが、現在の実証実験につながりました。

今後、センサなどを使って得られたデータをどう解釈するのか、それらのデータを使ってどのように農作業の工程を改善していくのかといったデータ活用を強化するためには、まずは農業従事者の身近にIT技術に触れる機会が増え、IT技術を利用するメリットを体感してもらうことが重要だと思います。

――農業と他分野との異分野交流は、仕事をするフィールドが異なるため難しそうな印象があります。交流の場としてどのような環境が用意されればいいと思われますか。

各研究分野で定期的に開催されている研究集会や学会などを活用し、異分野の研究者が交流できる場が増えたり、他には、農業の現場のニーズとIT技術をマッチングできる環境整備や情報発信なども大切であると考えています。それぞれの技術が分野の垣根を越えて新しい産業へと発展していくことを期待しています。

半澤栄子(はんざわ・えいこ)

東北大学大学院生命科学研究科技術専門職員。創価大学工学部生物工学科(当時)卒業、信州大学大学院農学研究科修士課程修了。2002年より東北大学大学院生命科学研究科技術職員、現在は技術専門職員として従事している。研究教育活動に関わる技術サポートを行いながら、10年以上にわたりイネの根の形態に関わる遺伝育種研究を行っている。

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