車載インダクタ部品のイメージ

タイムリーかつ的確な製品開発で車載ネットワークの進化を支えるムラタの車載用インダクタ製品(後編)

前編では、CASE時代のクルマには大規模・複雑・高速な車載ネットワークが搭載され、それを高い安全性と信頼性を確保しながら動作させるための技術が求められていることをお話しました。村田製作所(以下、ムラタ)は、インダクタ製品の提供を通じ、車載ネットワークの進化と安全性と信頼性の確保に貢献しています。後編では、ムラタが開発・提供している車載用インダクタ製品の中から、2つのカテゴリーの製品にフォーカスし、製品の強みと今後の進化の方向性について聞きました。電子制御システムの誤動作を防ぐノイズ対策部品のひとつであるコモンモードチョークコイル(CMCC)と、ケーブル数の削減を実現するPoCフィルタです。

ノイズ対策部品の小型化と高品質な大量生産では負けない

⸺車載ネットワークの中では、信頼性を高めるために、どのようなノイズ対策部品が使われているのでしょうか。

車載ネットワーク中でデータに混入するノイズには、「ノーマルモードノイズ*1」と「コモンモードノイズ」の2種類があります。このうちノーマルモードノイズの除去にはフェライトビーズ*2、コンデンサ、抵抗などが使われ、コモンモードノイズの除去にはCMCCが使われます。

コモンモードノイズは、ケーブルやコネクタなどにおいて、差動信号に位相ズレが起きた際に発生します。車載ネットワークでは差動信号を扱うことが多く、CMCCがよく用いられます。ムラタでは、CAN/CAN-FD向けや車載Ethernet向けなど、車載ネットワークの規格を満たす製品を提供しています。

(a)ノーマルモード
(b)コモンモード

*1 ノーマルモードノイズとは、信号源に対してノイズ源が直列に存在する場合に発生するノイズです。信号線を通じて、コンピュータなどにノイズが伝達されます。

*2 フェライトビーズとは、高周波のノイズを熱損失に変えて除去する電子部品です。磁性材料であるフェライトでできたビーズの中にリード線を通した形状になっています。リード線に電流が流れると、フェライトビーズ中に磁束が発生し、インダクタとして働きます。高周波数領域での損失が大きなフェライトを利用することで、高周波数のノイズを効果的に吸収できます。

⸺ムラタの車載用ノイズ対策部品は、どのような特長や優位性があるのでしょうか。

小型化では、どこにも負けない強みがあります。車載ネットワークの一種であるCAN*3向けのCMCCでは、これまで環状磁性体に銅線を巻きつけた大型のトロイダルタイプや4532(4.5x3.2mm)サイズの自動巻き品が主流でした。ムラタは、3225(3.2mm×2.5mm)サイズの自動巻き品を開発し、いち早く市場投入しました。

*3 CAN(Controller A rea Network)とは、ドイツのRobert Bosch社が1983年に開発した車載用ネットワークの規格のことです。業界標準技術として、大多数の自動車メーカーがエンジンやブレーキの制御、故障診断などに活用しています。ノイズに対する高い堅牢性や優れたエラー検出機構を備えているため、数ある車載用ネットワーク規格の中でも、特に高い信頼性が求められる部分で採用されています。

さらに、高品質を維持しながら製品を大量生産することでも優位性があると考えています。ムラタは、民生市場において、車載用よりも桁違いに大量のCMCCを、高品質を維持しながら安定生産してきた実績があります。今後、車載ネットワークが高度化し、その利用が拡大するにつれて、使われるCMCCの量は急増することでしょう。小型化を推し進めたCMCCを大量に供給することは、ムラタが担うべき時代の要請であると考えています。

独自工法を開発して、CMCCの重要特性を向上

⸺クルマの機能はますます高度化し、車載ネットワークも進化していくことでしょう。こうした技術トレンドの中で、ノイズ対策部品にはどのような技術的要求がありますか。

CAN向けやEthernet向けのCMCCでは、損失の低減が求められると共に、モード変換と呼ばれる特性がより重要視されるようになると考えています。モード変換特性とはノーマルモードがコモンモードに変換される量を指し、値が小さいほどコモンモードノイズが発生しにくいことを表します。

CMCCは2つのコイルを組み合わせて構成していますが、モード変換特性を良くするためには、これら一対のコイルの対称性を高める必要があります。ムラタでは、コイルの設計と巻線方法を改良して対称性を高めることに成功しました。

⸺今後、車載用CMCCでは、どのような方向に技術開発を推し進めていきますか。

CAN向けやEthernet向けのCMCCについては、新たな車載ネットーワーク規格に対応するために、素子構造と材料の両面から検討しています。ムラタの強みである小型化についてもネットワーク規格や市場動向を見ながら取り組んでまいります。

カメラにつながる信号線と電源線を一本化して車両重量の軽量化に貢献

⸺次に、車載ネットワークの構造をシンプルに変えるインダクタ製品であるPoCフィルタについてお聞きします。そもそも、PoCフィルタとは車載ネットワークの中でどのような役割を果たす電子部品なのでしょうか。

PoCフィルタは、車載ネットワークを構成するケーブルの数を削減するために欠かせない電子部品です。

先進運転支援システム(ADAS)搭載車や自動運転車には、走行環境を判断するための情報を収集するカメラが複数台搭載されています。それらのカメラには、データ信号を伝送するためのラインと、電源を供給するためのラインがつながれています。これらふたつのラインを統合し、1本の同軸ケーブルでデータ信号と電源の両方を送る技術がPoC、データ信号と電源を分離する際に使われるインダクタ製品がPoCフィルタです。低い周波数の信号を通しやすく、高い周波数の信号を通しにくいインダクタの特性を活用して、周波数の低い直流電源は通過させ、周波数の高いデータ信号を遮断する役割を担っています。

車載ネットワークの中では、映像信号のような大容量データの伝送に活用するSerDes*4にPoCが利用されています。信号ラインではコンデンサを入れてデータ信号だけを通し、電源ラインではインダクタを入れて高周波信号の侵入を防ぎます。SerDesにPoCを適用することで、ケーブルの本数を削減し重量の増加を抑えることができます。

従来方式
PoC方式

*4 SerDes(Seralizer/Deserializer)とは、シリアルバスとパラレルバスを相互に変換する回路のことを指します。高速ネットワークでは、内部がパラレルバスで動く電子機器同士を、シリアル接続する際などに利用されます。

⸺SerDes向けPoCフィルタに用いるインダクタでは、どのような点に留意した開発が求められるのでしょうか。

PoCフィルタでは、伝送するデータ信号の周波数でインピーダンスが高くなる特性を持つインダクタが必要になります。ただし、SerDesに要求される性能はMHzからGHzまでとかなり広範にわたります。このため、広帯域で高いインピーダンスを実現しなければなりません。ムラタのPoCフィルタでは、一般的なインダクタに比べて、同一サイズで、より広範囲で高いインピーダンスを確保できるように工夫されています。

より大電流、より広範な信号周波数への対応を追求

⸺ADASの高度化や自動運転車の実現に向けて、多様なセンサや電装品が搭載されることが予想されます。こうした技術トレンドに沿って、PoCフィルタではどのような対応をしていくのでしょうか。

カメラをつなぐSerDesの消費電流は数百mA程度ですが、クルマの中でのPoCの用途が多様化すれば、消費電流が増大していく可能性があります。また今後、通信速度がさらに速くなれば、信号の周波数範囲もさらに広がることでしょう。したがって、PoCフィルタ向けインダクタは、今後もより大電流で、より広帯域な性能が求められるとみています。

また、PoCフィルタには小型化も求められます。PoCフィルタを小型化するためには、インダクタや抵抗など素子の数を減らすか、または素子のサイズを小さくする必要があります。素子数を削減するには、1個の素子でカバーできる周波数範囲の拡大が必須になります。一方、素子のサイズの小型化には、同等特性を維持しながら小さくする技術を確立する必要があります。PoCフィルタ向けインダクタの開発では、高性能化と小型化の両立が課題であり、ムラタはこの点に注力した技術開発に挑みます。

⸺より広範囲な周波数への対応と小型化の両立は、かなりの難問であるように思えます。その実現には相応の時間がかかりそうです。その一方で、車載ネットワークは急激に進化しています。直近の技術ニーズには、どのようにして対応していくのですか。

PoCフィルタに対する性能の要求は厳しく、確かに、単一部品でその要求を満足するのは極めて困難です。そこで、インダクタや抵抗を複数組み合わせて、求められる特性を持つPoCフィルタを組み上げるのが普通です。このため、低周波数対応の大型製品から、高周波数対応の小型製品まで、広範囲の特性を持つインダクタ製品を揃えています。さらに、ムラタはPoCフィルタの設計サポートにも力を入れていく予定です。特性シミュレーションを通して、要求特性に応じた最適なインダクタの組み合わせを導き出すツールの用意を検討しています*

* 「バイアスTインダクタ設計支援ツール」として公開いたしました。

左からマネージャー 後藤/シニアプロダクトエンジニア 菊地

ノイズ対策などの進化は、AIなど先進技術の活用の必要条件

CASEに沿ったクルマの大変革では、自動運転車の頭脳となる人工知能(AI)や電気自動車の心臓部と言えるインバータやバッテリなど先進技術をクルマに実装するために、様々な周辺技術を併せて用意しておく必要があります。ムラタの車載用インダクタ製品で実現する、車載ネットワーク向けのノイズ対策やPoCなどは、まさに先進技術を活用する際に欠かせない周辺技術の代表例と言えます。

最先端の車載ネットワークをいち早くクルマに導入し、早期市場投入できるようにするためには、ノイズ対策部品などを先回りして用意しておく必要があります。ムラタのノイズ対策部品やPoCフィルタのさらなる進化は、CASE時代のクルマの進化に不可欠なものだと言えます。スマートフォン用電子部品の領域でムラタの電子部品の進化が端末全体の進化を後押しできる状態となったように、CASE時代のクルマの進化にも不可欠な存在として期待されています。

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