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生産性を上げる製造現場のIoT化。その実現に必要なこととは?(後編)――福井村田製作所が目指す現場の「最終形」と、「活人化」の哲学に迫る

前編では、福井村田製作所が行ったIoT化による予知保全の具体的なシステムや成果を伺いました。後編では、製造現場のIoT化をどう進めたのか、道筋を振り返っていきます。「必要性はわかっていても、なかなかIoT化が進まない」。そんな声も多い中、取り組みで大切にしたこととは、どのようなことだったのでしょうか。生産技術 久保寺に引き続きお話を聞きました。

福井村田製作所、一体のIoT化を進めるために「夢」を描く

――IoT化の重要性は各所で言われていますが、なかなか進められず悩む現場も多いと思います。今回の事例から、IoT化を推進するポイントはどこにあると感じますか。

いくつかあると思うのですが、もっとも大切なのは「最終形の夢を描けるか」ではないでしょうか。IoT化が目的ではなく、企業として描く夢、理想の実現に向けてIoT化を行う。それが重要だと感じています。

IoTが広まっているから導入するのではなく、いい装置やセンサが世の中にあるから使うわけでもないと思います。もっといえば、足下の課題を解決するという動機だけでも弱い。私たちの予知保全も「突然の故障が困る」「保全待ちが多い」といった足下の課題はありました。ただ、その解決のためだけではなくて、10年後この会社をどうしたいか、最終形の夢を描き、達成のためにIoT化が必要と考えるのが全社を巻き込むポイントだと思います。それを明確に説明できると、トップやマネージャー層も腹落ちして推進力が生まれるかもしれません。

――今回の事例で考えてきた最終形、夢とはどんなものですか。

まず、一人あたりの生産性を上げることです。人口減少が進む中、少ない人数で今まで通りか、それ以上の生産を実現しなければなりません。その手段としてIoT化があると思います。たとえば、これまでのオペレーション業務の一部をIoT で自動化できれば、オペレーターはその分他の仕事ができます。

さらにIoTによって、各設備の動きや状態のデータを取ることができれば、経験や知識が少なくても簡易的な点検・チェックはできるかもしれない。機械に触れなくても、データから故障の可能性を判断できますから。IoTで機械の状態を「見える化」するという話をしましたが、なるべく誰もがわかりやすいデータの表示方法や、「こう修理すればいい」というマニュアルをデジタルで表示すれば、より多くの人がその業務を行えます。

そうなると、先ほどのオペレーターが技能職の一部を肩代わりできるかもしれません。同じように、IoTによって技能職はもう少し別の仕事へ、そしてまた他の職種は……と、誰もが仕事の幅を少しずつ広げていけます。それが一人当たりの生産性を上げることではないでしょうか。

――そのような最終形を描き、設定するということですね。

はい。その上で、現状の方式がどれだけロスを生んでいるか、今のままではいけないことを論理的に説得するデータを細かくつくるのも大切です。今回の予知保全では、設備が停止している非稼動時間を調べ、そのうちの何%が事後保全かを算出。さらに事後保全による非稼動を減少させれば月間でどれだけ増産できるか、具体的に試算して説得しました。最終形のゴールをつくり、さらに現状を徹底的に考察する。そうして、IoT化の必要性を理解してもらいました。

――具体的に業務に落とし込む上での苦労はありましたか。

福井村田製作所 生産技術 久保寺

もちろんありました。現場の人からすれば、頭で理解しても一歩踏み出すのは簡単ではない。仕事のやり方が一変するわけですから。そこで考えたのが「専任化」です。

こういった改革は、業務の片手間でやるのは難しいと思います。たとえば予知保全なら、目の前で機器のトラブルが起きているのに、まだ故障していない設備を見る予知保全には手を回せなくなるでしょう。だからこそ、予知保全だけ専任で行う人をつくりました。

まず、予知保全のモデルケースとなるラインを工場内に設定。そこにスペシャリティを持った7人のメンバーを配置したのですが、彼らは予知保全のみを行う専任部隊としました。業務としては、各設備につけるセンサの選定からデータの収集、各データに対してアラートを発する閾値(しきいち)の設定、そしてアラートが出た際の保全業務です。

彼らが予知保全のみをやる立場だったからこそ、ここまでできたと思っています。また、その7人も工程ごとに熟知したメンバーばかりを揃えました。理由は、発言力や影響力のある人にやって欲しかったからです。モデルのラインで成果が出たとき、その結果や有効性をきちんと周りに伝播できる人がいい。「あの人が言うならやってみよう」という、影響力の大きなメンバーに来てもらいました。

――その7人は、この取り組みをどう感じていたのでしょうか。納得してプロジェクトを始めましたか。

そうですね。先ほど話したような最終形とIoT化の意義、現状の課題を、チームで何度も何度も議論を重ねました。信者をつくるような地道な作業で(笑)。7人が同じビジョンを持ったところで、実際の取り組みに移行しました。

一つのラインで実証実験を行い、その実績をもとにファンを増やす

 

――最初に予知保全を始めたラインは、工場内で一つのみですか。

はい。スモールスタートの形で、ある一つのラインで行いました。そこで予知保全を実践し、事後保全の減少や稼動率・生産性の向上という実績を出す。実証実験のようなイメージです。その実績を説得材料に、別のラインにも予知保全を広げていきました。「予知っていいね」を合言葉に、少しずつファンを増やしていったのです。

IoT化は、こういった会社のバックアップがなければ難しいと思います。その協力を得るには、やはり最終形の夢をきちんと描き、IoT化の必要性を上位層に伝えることではないでしょうか。

――逆に、IoTによる予知保全を進める中で気づいたことはありますか。

コスト面とのバランスです。予知保全で言えば、センサを設備の末端まで張り巡らすほど詳細にデータを取れます。ただ、一方でコスト面の負担は増えます。

私たちがIoT化を行ったときは、まずその設備で一番困っていることを挙げました。完成した製品の数が欠ける、設備の熱が上がるなど。困りごとを一つ選んで、なぜ起きるかを考えながら、設置するセンサを検討します。ここで、コストとの兼ね合いが出て来ます。

自動車を例に挙げると、走行中に乗り心地が悪化しやすいという困りごとがあったとします。その原因を追求するには、サスペンションや各タイヤにセンサを一つずつつけて、データを取るのが理想でしょう。

しかし、これではコストが膨らみます。であれば、ハンドルだけにセンサをつけて、ハンドルは真っ直ぐを向いているのに車はどちらかへ曲がる、ハンドルが異常な挙動をするなど、ハンドルのデータからアラートを鳴らす方法もあります。もちろん、これだけでは原因がタイヤなのかサスペンションなのか、他にあるのかわかりません。しかし、ハンドルの異常を検知した時点で、保全担当者のような技術者が調べる手段をとることが可能です。こちらの方がコストはかからず、故障の予知もできます。

――必ずしも、すべての原因をセンサで察知する必要はなく、コストとのバランスを考えてどこにセンサをつけるか決めるということですね。

はい。コストだけでなく、人材育成でもこのバランスは重要です。末端にセンサを張り巡らせるほど、設備の故障原因は特定しやすくなるものの、保全担当者の育成という意味では、もう少し考える要素を増やすことも必要かもしれません。一人当たりの生産性を上げるにはIoTで作業を簡略化すべきですが、個々の能力を上げることも生産性につながります。この部分は、会社の方針などに合わせて調整していくべきだと感じます。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

 

やはり一人当たりの生産性を上げるのが目標です。そのために、今は設備やライン、生産工程のIoT化がメインですが、もっと個人に焦点を当てたIoTも導入できると思っています。たとえば心身の状態をチェックできるウェアラブルデバイスによって、社員の健康管理をデータ化し、より良いパフォーマンスを出せるようにすることなども考えられます。

IoTを導入した効率化では人手を減らす「省人化」という言葉を聞くことも多いですが、加えて人を活用する「活人化」という視点も大切だと思っています。いかに一人ひとりが活きる企業となるか。その実現に向けて、IoT化を進めていきたいです。

福井村田製作所 生産技術 久保寺

1994年、福井村田製作所に入社。製造、保全、製造合理化の現場を経て、現在は設備保全業務におけるプロセス革新推進の中心的な役割を担う。事後対応の保全から、未然に察知して防止する保全業務への転換をするため、「予知保全」を導入。予知保全プロセスの明確化、予兆監視技術の確立、実運用の浸透策実行などを行なう。また、保全業務を支援するためのシステム開発にも従事。プロジェクト開始3年で、事後保全時間の半減を達成した。

村田製作所は、エレクトロニクス技術と製造現場での知見を詰め込んだ、製造業向けソリューションを提供しています。

※ 記事内でご紹介した福井村田製作所の取り組みは社内向けの取り組みであり、外部には販売しておりません。

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