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“○○テック”の進化を支える電子技術

土地と作物に秘められた潜在能力を引き出す「アグリテック」

農業は長い歴史を持つきわめて重要な産業です。しかしその一方で、成熟産業とみなされがちで、将来の大きな成長は望めないと考える人もいます。

ところがここにきて、人工知能(AI)やIoTをはじめとするICT、さらにはロボティクスやバイオ技術など、最新のテクノロジーを農業に応用し、農業という産業のあり方自体を一変させる革命的な動きが加速しています。ここでは、「アグリテック」と呼ばれる、農業に新たな価値をもたらす技術開発のムーブメントについて解説します(図1)。

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図1 最新テクノロジーを活用して、農業に新たな価値をもたらすアグリテック

経験とスキルの世界だった農業を、データで合理的に管理

アグリテックとは、農業を表すAgricultureと技術を表すTechnologyを組み合わせた造語です。属人的な経験とスキルに頼ったこれまでの農業のあり方を廃し、データ活用に基づく合理的な判断とロボティクスを活用した作業の自働化を推し進めていることから、アグリテックを活用した農業は、「スマート農業」と呼ばれます。

これまで農業では、品種改良や大型農機の導入といったテクノロジーの活用が、少しずつ進められてきました。しかし、その歩みは、電子産業やIT産業などに比べれば、比較にならないほどゆっくりでした。その最大の理由は、農業がきわめて複雑な要因が絡み合って収穫量や作物の品質が決まる、作業のマニュアル化が困難な産業だからです。

収穫量や品質は、田畑で育てる品種や作付け量に加え、土壌の成分や日照や降雨量、水温など天候要因、病害虫の影響、さらには手入れの量と質などによって大きく変動します。このため、「米作りの名人」と呼ばれる篤農家などは、水田の状態や稲の生育状況、天候の履歴や行方などを見きわめながら、適切な水温や水量を経験から導き出し、こまめに水を入れたり出したりして、生育環境を整えています。こうした、経験豊富な農家の経験とスキルがあってはじめて、収穫量と作物の品質を高いレベルに維持できていたのです。

これが、AIやビッグデータ解析の技術が進歩したことで、経験とスキルの世界だった農業を、データを基に合理的な管理ができるようになりました。また、土壌の成分や水田の水量などを検知するセンサやLPWA(低消費電力広域通信)や5Gなどの通信技術、クラウド技術の進歩によって、耕地の状態や作物の個体差などをつぶさに把握。さらには、ロボティクスの進歩によって人手を掛けずにキメ細かな手入れができるようになりました。

篤農家の経験とスキルをデジタル化し、人材不足を解消

アグリテックを応用することで、農業が抱えていたさまざまな課題の解決が期待されています。ここでは、特に深刻な課題である、農業従事者の不足に対する効果を紹介します。

農業従事者の高齢化によって、産業自体が消滅の危機に瀕している国はたくさんあります。たとえば日本では、農業の就業人口は総人口の1%強*1にすぎず、そのうちの約7割が65歳以上です。アグリテックの1つであるロボット農機を導入すれば、自律的に畑を耕したり、雑草取りや収穫を行い、劇的な作業の省人化が可能になります(図2)。夜間の農作業も可能になり、より少ない人員でこれまで以上に生産性を向上できる可能性もあります。

*1 農林水産省「農業センサス 2020」基幹的農業従事者の136万1000人の日本の総人口に対する割合。5年前の調査「農業センサス 2015」に比べて22.5%減少しています。

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図2 AIやIoTを活用して農業が抱えていた多様な課題を解決 出典:農林水産省「Society5.0時代のスマートで持続可能な農業」

また、篤農家のキメ細かな目配りをIoTで、豊富な経験をビッグデータ解析やAIで代替できれば、経験の少ない新規の農業従事者でも成果を上げることができるようになります。農業従事する若い世代が少なくなった原因として、きつい作業が多いこと、そして一人前の成果が得られるまでに長い時間を掛けて経験を積む必要があることが挙がります。アグリテックを活用すれば、農業を、データに基づく合理的判断が成果を決める、若い世代にとって魅力的な産業に変えることができます。

すでに、こうしたメリットを狙って、農業でのデータ活用を政府が後押しする国も出てきています。日本では、気象、土壌、さらには作物や耕地の状況など多様なデータを共有とやり取りを円滑化する情報プラットフォーム「農業データ連携基盤(WAGRI)」を構築(図3)。2019年4月から本格稼働させました。

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図3 WAGRIで共用する農業用のデータ 出典:農林水産省「Society5.0時代のスマートで持続可能な農業」

自律作業が可能な小型ロボット農機で、キメ細かな農業を実践

さらに、耕地不足を解消にアグリテックを活用する動きも出てきています。米国やオーストラリアのような広大な土地を持つ国ならば、効率的な大規模農業が可能です。しかし、耕地が狭かったり、形が不揃いだったりで、大型農機を導入した効率化が不可能な国も多くあります。ただし、自律運転可能な小型農機を導入すれば、狭く、きれいに区画整理されていない耕地でも小回りよく作業を進めることが可能になります。これによって、これまで使いみちがなかった小さな土地も耕地として活用できるようになります。

農機のロボット化が進むことで、農機のサイズは小型化していくことになりそうです。これまでは、作業の効率化を図るためには、大型農機を導入し、1人の操縦者でより広い耕地を扱えるようにする必要がありました。ところが大型農機は、重く、田畑を踏み固めてしまい作物の生育には悪影響を及ぼすため、本当は使いたくない機械だったのです。自律運転が可能なロボット農機ならば、1人で多くを同時管理できますから、農機を小型化して耕地へのダメージを最小化することが可能になります。

しかも、小型ロボット農機ならば、作物や耕地の状態をキメ細かく把握しながら、場所や作物の個体の状態に合わせて作業内容を変えることも可能です。すでに、ドローンを使って、耕地の中の害虫が発生した場所だけに農薬をピンポントで散布し、作物や耕地のダメージを最小限に抑える技術が実用化しています。また、ディープラーニングを応用して、状態が良く、収穫するタイミングを迎えた果実や作物だけを識別し、傷をつけずに収穫する農業ロボットも登場してきています(図4)。

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図4 ディープラーニングで果実の状態を見きわめて自動収穫

病気を予防するトマトや涙が出ないタマネギなどの開発が可能に

アグリテックを活用することで、新たな価値を持つ農業を展開する可能性も出てきています。

たとえば、バイオ技術の一種であるゲノム編集技術の進歩によって、おいしく、体によい成分を多く含む画期的な品種を効率よく作ることが可能になりました。ゲノム編集は、自然界で起きる突然変異による進化を加速させる、これまでの品種改良の延長線上にある安全な技術です。異質な生物の遺伝子を導入し、自然界では生まれ得ない生物を生み出す遺伝子組み換えとは全く別の技術です。ゲノム編集を活用することで、付加価値の高い作物を生み出せます。すでに、高血圧の予防やストレスを抑える効果を持つ成分として知られるGABA(γ-アミノ酪酸)を多く含むトマト、涙の出ないタマネギ、毒のないジャガイモなどが、ゲノム編集によって開発されています。

また、作物の生育に適した環境を人工的に作り出し、野菜などを天候に左右されることなく1年を通して安定生産する植物工場も、商用化されるようになりました。消費地またはその近郊で都市型農業を行い、新鮮な作物を、物流時のロスを最小限に抑えながら、地産地消する動きも活発化しつつあります。植物工場では、地産地消が実現するだけでなく、環境を高度に管理することで、栄養価に優れた高機能野菜の生産も可能です。また、害虫などの影響を受けずに、無農薬で栽培ができるという利点もあります。

アグリテックは、その重要性は誰もが知りながら将来性が感じられなかった農業を、一躍、成長産業に変える可能性を秘めています。アグリテックに関連した、ICTやロボットなどの関連産業も含め、今後の成長が大いに期待できます。

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