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“○○テック”の進化を支える電子技術

ニーズを洞察して感動を与える顧客体験を生み出す「リテールテック」

生活用品やアパレル、家電製品、自動車など・・・。一般消費者に向けて商品を販売する小売業では、どれだけ顧客情報を知っているかが、売り上げを大きく左右します。いまお客様が欲しがっているモノを正確に把握し、求められる商品を必要とされる最適な時期に、過不足のない最適な量で、できるだけ安価に仕入れないと収益を上げることはできません。小売業で成功するためには、お客様のニーズを洞察する能力を磨くことが絶対条件になります。

小売業には、顧客や商品、物流手段などさまざまな情報を扱う技術や業務手法を継続的に発達させてきた長い歴史があります。そして、常にその時々の最新の情報処理技術が採用されてきました。ここでは、「リテールテック」と呼ばれる、小売業において盛んに使われるようになった最新情報技術の開発・活用のムーブメントについて解説します。

デジタル技術で多様化する消費者ニーズに個別対応

リテールテックとは、小売業を表す「リテール(retail)」と技術を表す「テクノロジー(technology)」を組み合わせてできた言葉です。顧客情報の収集・分析や物流・在庫の管理、決済などに、人工知能(AI)やIoTなど最新のIT技術を導入して、効果と効率を向上させることを意味します。広義には、販売を補助するロボットや物流センターで配送する商品をピッキング(選び取り)するロボット、決済のキャッシュレス化なども、リテールテックに含まれることもあります。

21世紀に入って以降、小売業を取り巻く環境は劇的に変化しました。

まず、市場のグローバル化と検索エンジンやSNSなどネット環境の利用拡大によるフィルタバブル効果*1によって、消費者の価値観や興味、趣向が多様化しました。その結果、消費市場全体の売れ筋を読むだけでなく、お客様一人ひとりが求めるモノのニーズを洞察し、販売し分ける必要が出てきています。

*1 フィルタバブル効果とは、消費者が、インターネット上で自分が見たい情報しか見えなくなることを指します。価値観に合わない情報に触れずに好みに合った情報だけを収集蓄積し続けることで、個々の消費者は特定の分野だけに偏った先鋭的な趣向を育てる傾向が強まり、結果的に多様化が進むとされています。

また、小売店が顧客を洞察するための情報がデジタル化し、商売の場の中心がリアルな売り場からネットサイトへと移行したのも大きな変化です。古くは、POSシステム*2や量販店が発行するポイントカードなどから始まった顧客情報のデジタル化は、ネット通販が普及した現在、さらに進化。今では、登録情報やネット上での検索履歴やサイト内での行動履歴などを人工知能(AI)が分析し、一人ひとりの趣味・趣向や現在欲しがっている商品、さらには商品の購入に支払えそうな金額まで洞察可能になりました。そして、個々の消費者が欲しがりそうな商品を最適なタイミングで提案する小売り手法が当たり前になってきました。

*2 POS(Point of Sales)システムとは、売り場でレジで売り上げた際に、商品に付与したバーコードなどを読み取って、いつ、どこで、何が売れたのかを管理するシステムです。商品・在庫・顧客を効果的に管理するための情報を収集するために利用されています。

多様化した消費者ニーズに個別対応するうえで、デジタル技術の活用は欠かせません。市場トレンドの変化は、腕利きマーケッタならば、経験とセンスで市場情報から読みとることができます。しかし、膨大な数の消費者一人ひとりのニーズと求めている商品を、人が逐一判断することはできません。このため、マーケッタのスキルを代替し、個々の消費者に適宜対応できるAIなどITの利用が不可欠になるのです。

リアル店舗とネット店舗の融合で、狙った顧客を逃さない

近年の小売業では、ネット通販とリアルな店舗での商品販売を、最新テクノロジーを活用して融合させる動きが顕在化してきています。顧客情報をマルチチャネルで収集し、それぞれのお客様が望む方法で販売できる仕組みの構築を目指すこうした販売手法は、「OMO(Online Merges with Offline):オンラインとオフラインの融合」と呼ばれています(図1)。

IoTを活用してリアル店舗とネット店舗の顧客情報を統合のイメージ画像
図1 IoTを活用してリアル店舗とネット店舗の顧客情報を統合

21世紀に入って、ネット店舗での販売を高めるための施策が急激に発展してきました。ただし、リアル店舗とネット店舗は、それぞれに長所と短所があります。お客様を逃さず、満足度を高めるためには、双方の店舗の特徴をお客様のニーズに応じて使い分けていった方が合理的です。このため、近年では、ネット上で収集しているような詳細な顧客情報を、IoTを活用して、リアルな店舗でも収集可能にする試みを進める小売企業が増えてきています。

リアルな店舗の中での来店客や商品の動きを追い、顧客情報を収集する手段としてさまざまな用途での活用が進められている技術が、画像認識とRFID*3タグです(図2)。

RFIDなどで顧客情報を収集し、ARなどで質の高い顧客体験を提供のイメージ画像
図2 RFIDなどで顧客情報を収集し、ARなどで質の高い顧客体験を提供 (左)RFIDタグを付けた商品、(右)ARを活用して家具の購入を検討

*3 RFID(Radio Frequency Identification)とは、電波を用いて、データを非接触で読み書きする技術です。1つひとつの商品に、RFIDの仕組みと情報を蓄積した小さな半導体チップをタグとして付けておけば、適宜RFIDで情報を読み書きすることで商品のきめ細かな管理ができるようになります。

すでに、店内に大量のカメラや各種センサ、マイク、RFIDなどを設置して、どの来店客が、どの商品を手にしたか、AIがリアルタイム解析するIoTシステムを導入している小売店が登場しています。これまでのPOSシステムやポイントカードで収集できる顧客情報は、実際に商品を購入しないと収集できませんでした。これが、こうしたIoTシステムを活用すれば、来店客がどの商品を比較検討し、最終的に何を買ったのかまで分かるようになります。

こうして収集した情報を活用すれば、顧客のスマートフォン・アプリにお買い得情報を送信してお客様の背中をひと押ししたり、興味を示したが購入しなかった商品を後日リマインドしたり、店舗内に陳列する商品の種類や置く位置、動線などを最適化したりと、お客様を逃さないためのさまざまな施策を打つことができます。また、商品棚にセンサを設置したり、商品にRFIDタグを取り付けたりしておけば、商品の陳列状況をリアルタイム把握できるようになり、精度の高い在庫管理とジャストインタイムでの商品補充によって、商機を逃さない、効率的な販売が可能になります。

さらに、買い物かごをセルフ決済端末の所定の位置に置くだけで、商品に貼り付けたRFIDタグを読み取ることで購入する商品を判別し、円滑に会計を済ませることもできるようになりました。進化した店舗の中には、あらかじめアカウントを作成しておいた来店客ならば、レジで会計をしなくても、店舗から持ち出した段階で自動決済できるところさえあります。こうした仕組みがあれば、レジ待ちのストレスもなくなります。

ARやVRの活用で質の高い顧客体験を提供

拡張現実(AR)の技術を活用して、購入する商品選びをサポートしたり、商品の利用法やついでに購入する商品を的確に提案する仕組みを導入する小売店も出てきています。

たとえば、購入を検討している家具を自分の部屋に実際に置いた際の様子を、スマートフォンやタブレット端末のディスプレイ上で確認できるARアプリを提供している家具量販店が出てきています。展示場と実際の置き場所では、家具の印象は随分変わってきます。場合によっては、大きすぎて部屋に入らないといったこともあります。ARアプリを活用すれば、選択の誤りをなくして、満足度の高い買い物ができます。将来は、ハプティクス技術などを使った仮想現実(VR)を活用して、ソファの手触りなどもネット上で確認できるようになるかもしれません。

また、食品売り場に並ぶ商品の原料やその産地、アレルゲンなどを表示できるようにするARアプリを提供しているスーパーマーケットもあります。最近では、その食材を使った料理のレシピや料理を作るために必要な調味料などを提示し、まとめて購入できる仕組みを作っているところも出てきています。

小売業では、お客様の心の動きを敏感に察知し、求めるサービスを先回りして用意し、提供することで感動を与えるエンタテインメント性が求められます。消費者はみな、買い物を楽しみたいのです。これからも、より高度なリテールテックが次々と登場し、私たち消費者を新たな楽しみを提供してくれることでしょう。

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