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“○○テック”の進化を支える電子技術

個性を伸ばし機会格差を埋めて可能性を育む「エデュテック」

人の能力を最大限まで引き出すため、技能継承を円滑に進めるため、さらには格差社会を解消するため・・・。これまでの教育や人材育成の手法が抱えていたさまざまな課題を解決する、新たな手法の確立と導入が求められています。教育や人材育成は、未来を担う人材を育み、社会や産業を活力のあるサステナブル(持続可能)なものへと変えていくための原動力を生み出すために欠かせない大切な領域です。

こうした社会の要請に応えるため、最新テクノロジーを活用した新たな人材育成の手法を開発・実践する動きが活発化しています。ここでは、「エデュテック」と呼ばれる、教育の手法を一変する新たな技術開発のムーブメントについて解説します(図1)。

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図1 最新テクノロジーを活用して人材育成の手法に革新をもたらすエデュテック

テクノロジーを活用して、人間の能力を伸ばす

エデュテックとは、教育(Education)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語です。有史以前から職業上の師弟関係が存在していたと言われており、現在に至るまで、教育は指導する人と学習する人の関わりの中での知恵とスキルの伝承を基底に置いていました。実際、小学校や中学校での教育、職場での人材育成、スポーツや芸術の指導などは、みな教師やコーチが学ぶ者を指導する形で進められています。

エデュテックを活用する目的は、大きく2つあります(図2)。

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図2 エデュテックで目指す2つのこと

ひとつは、自分の能力を伸ばし、可能性を広げる学習機会を、より多くの人に提供することです。

知識やスキルを取得するには、相応の時間が掛かります。しかし老若男女を問わず忙しい現代人は、学びのためのまとまった時間を割くことが難しいのが現状です。テクノロジーを活用し、一人ひとりの隙間時間や休日などを柔軟に学習時間に振り向けることができれば、学習機会をもっと増やすことができます。

また、教育インフラが整った都市と整っていない地方では、学習する内容と方法の選択肢に格差が生まれます。さらに、SDGs(持続的開発目標)の目標の1つである貧困解消の最も効果的な手段が教育なのですが、その機会すら得られない人が世界中にたくさんいるのです。ICTを活用して教育を受けることができれば、教育を受ける機会に柔軟性が生まれ、機会格差を埋めることができる可能性が高まります。

もうひとつは、学ぶ者一人ひとりの個性や学習の進捗状況に合わせてカスタマイズした個別教育を実現して、教育の効果と効率を高めることです。多くの生徒に同じ方法で、同じ内容を教える教育では、ある生徒にとっては物足りない授業になり、ある生徒は遅れを取り戻すこともできずに落ちこぼれてしまう状況を生み出しかねません。

これまで画一的な教育が行われてきた理由は、生徒の数に比べて、教師の数が圧倒的に少数だったことにあります。テクノロジーによって、個人の進捗や能力、性格などに細かく目配りできるようになり、一人ひとりに合った教育ができれば、眠っている才能を開花させたり、自覚していなかった新たな可能性に気づいて知識やスキルを積み上げていくことが可能になるのではないでしょうか。

学校、職場、芸術やスポーツの分野まで、広がるエデュテックの応用

ここからは、学校や職場、さらにはさまざまな業界で、エデュテックによってどのような新しい教育や人材育成が行われているのか、具体的な例を挙げて紹介します(図3)。

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図3 広がるエデュテックの応用

1番目の例は、初等・中等教育への適用例です。日本では、小中学生に1人1台の端末を配布して、将来の時代の要請に応える人材の育成を後押しする「GIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想」*1の実践が2019年3月から始まりました。一人ひとりの個性を生かす、個別最適化された創造性を育む教育の実践を目指した取り組みです。セルラーやWi-Fi®などを介してネットにつながるタブレット端末を配布し、児童・生徒一人ひとりと教師の間で学習プロセスを密に共有して授業を進めていくために利用します。

これまでは、教壇に立つ先生が一方的に話して、たまに数人の生徒に問題に対する答えを聞くといった授業スタイルが一般的でした。タブレット端末を活用することで、一人ひとりの生徒がメモを取る様子や、問題の答えを導き出すプロセスを、教師や生徒全員で共有できるようになりました。これによって、どの生徒が正解を出したかだけでなく、答えに至るまでの道筋を共有したり、生徒同士で教え合ったりして、教室全体の学習の習熟度を高めることができるようになりました。また、カメラ機能を使って理科の観察の結果をまとめたり、動画の撮影・編集をして自分の考えを能動的に表現してプレゼンテーションする能力を養ったりすることも可能になっています。

2番目の例は、製造業の企業において、熟練作業者が担っていた工場内での作業を、新米作業者が早期に取得できるようにした例です。同じ生産ラインでさまざまな製品を作り分ける多品種少量生産を行う工場では、作業者の熟練度次第で、生産効率や出来上がる製品の品質に大きな差が生まれます。熟練作業者は、経験の中から無駄のない正確な作業の進め方やノウハウを取得しているのですが、明文化できないスキルであるため、後進の作業者にコツや勘所を伝えることが困難なのです。

そこで、熟練作業者の作業の様子やライン内での動きをカメラで撮影し、モーション・トラッキング技術を使ってデータ化。それをAIで分析することで、どのような行動が生産性や品質の向上につながっているのか、スキルアップの要所を可視化して作業者の人材教育に活かす企業が出てきています。可視化した情報を教材にして学習したり、学習する側の作業員の作業の様子をモニタリングしてリアルタイムでアドバイスしたりすることで、熟練作業者と同等のスキルを早期に身につけることができます。

3番目の例は、現時点では研究段階の技術なのですが、ものづくりや芸術、スポーツなどの達人の技能をテクノロジーの活用で体感できるようにして、効果的で早期のスキルアップを後押しする例です。絵画や書道での微妙な筆使いのタッチを取得する方法として、筆を持つ生徒の手を先生が握り、力の入れ具合や筆の運びを体感させる方法があります。同様にスポーツの世界でも、コーチの補助を受けながら、正しい身のこなしを体感させる練習はよく行われています。達人だけが感じている感覚を伝えることによって、上達を速めることができるのです。こうした学習法は効果的ではありますが、経験豊富な指導者と学習する人がマンツーマンで訓練する必要があるため、誰もが気軽に取ることができる方法ではありません。

仮想現実(VR)や触覚フィードバック、モーション・トラッキング、ロボティクスなど新たな技術を活用し、指導者の身のこなしや動きをデータ化し、学習する人に伝える技術の開発が進められています。たとえば、書道の達人の微妙な力加減をロボットアームで再現する技術などがすでに実現しています。この技術を応用すれば、達人の筆使いをデジタル情報として保存しておくことで、いつでも・どこでも再現して練習に利用できるようになります。

教育は最も確実で最も効果的な投資先だと言われています。また、人が幸せに暮らしていくため、社会が継続的に発展していくために欠かせない要素でもあります。AIやロボットの発達によって人の仕事が奪われるのではないかと心配する声もあります。しかし、テクノロジーは、使い方次第で人の可能性を広げ、人の成長を後押しします。エデュテックの活用が本格化することで、人はさらに進化していくことでしょう。

*1 GIGAスクール構想とは、小中高等学校などの教育現場で、パソコンやタブレット端末などICT端末を教育に有効活用できる環境の整備を目指した、日本の文部科学省が推進する取り組み。GIGAは、「Global and Innovation Gateway for All(全ての児童・生徒のための世界につながる革新的な扉)」を意味する。単に、ハード環境の整備だけではなく、デジタル教科書や苦手分野を集中学習するAIドリルといったソフトの整備、さらには地域指導者要請やICT支援員など外部人材を活用した指導体制の強化も含めた、教育現場の改革を進めている。

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