センサとAIの融合で築く、人と機械の新たな関わり

ハプティクスで実現する「人機一体」

視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚、いわゆる五感は、すべての生き物が生きていく上でなくてはならない能力です。五感の鋭敏さは、判断能力や運動能力の高さに直結しており、それぞれの生き物は住む環境や生態に適した五感を身に着けています。特に、知的生物である人間は、五感をフル稼働させてさまざまな作業や仕事をこなしています。PCで作業する際には視覚を通じて文書や画像の内容を理解し、取引先と商談する際には聴覚で相手の話を聞き視覚で表情を探りながら交渉を進め、料理人に至っては五感すべてを駆使して感動を覚えるような料理を作っています。

プロフェッショナルが会得する「人機一体」の境地

身の回りの環境や状況を把握する五感の有無は、人と機械を分ける違いだと言えます。もちろん機械の中には、特定の現象を察知するセンサを備え、決まった仕事を正確に行うために利用するものもあります。しかし、こうした機械で扱うことができるモノは、状態や形、動きが一定範囲内に規格化されたものだけです。このため、高度なセンサを使って動きを自律制御する産業ロボットも、何をしでかすか分からない予測不能な人間と共存して仕事をすることが困難でした。人間と機械の間には、操る者と操られる道具という歴然とした主従関係があったのです。

ところが、熟練したスキルを身に着けたプロフェッショナルの中には、機械をあたかも自分の手足であるかのように巧みに使いこなす人がいます。例えば、旋盤やフライス盤を使って高精度な金属加工を行う技術者の中には、自分の手に伝わる微妙な振動や手応えを頼りに機械を操作し、ミクロン単位の精度の加工ができる人がいます。また、プロレーサーは、コーナーの曲がり具合や速度に応じて体感する重力加速度(G)の変化や路面の振動を感じながら的確な操作をして走行タイムを縮めるのだと言います。

乗馬の世界では、騎手と馬が以心伝心で一体化して正確な動作ができている状態のことを「人馬一体」と表現するそうです。前述したプロフェッショナルは、まさに「人機一体」となって、仕事をしているのだと言えます。

現代社会は、視覚と聴覚の情報に頼りがち

一般的な機械を操る人と、人機一体となって眼を見張るパフォーマンスを発揮するプロフェッショナルでは、一体何が違うのでしょうか。五感をフル活用して作業している点に大きな違いがあるように思えます。

現代社会では、生活や仕事の中にスマートフォンやPCなどデジタルツールが広く浸透しています。これによって、私たちは、五感のうち視覚と聴覚に大きく偏った情報を基に判断や行動する傾向があります。これはある意味当然かもしれません。デジタルツールは極めて便利で有用ではありますが、嗅覚・味覚・触覚に訴える情報表現ができないので、ユーザの五感全体に訴えることができないのです。現代人は、いつの間にかそれに慣れてしまいました。

「産業教育機器システム便覧(教育機器編集委員会編 日科技連出版社)」によれば、人間は知覚している情報のうち、83%を視覚から、11%を聴覚から得ていると言います。残りの3つの感覚は、嗅覚が3.5%、味覚が1%、触覚が1.5%にすぎないそうです。視覚と聴覚だけで人の認知情報の9割以上をカバーするのですから、これで十分と考える人も多いことでしょう。しかし、より高度な判断や抜き出たパフォーマンスを発揮するためには、一般人が使わない感覚も駆使する必要がありそうです。ここに人間と機械をつなぐヒューマン・マシン・インタフェース(HMI)をさらに進化させるためのヒントがあります。

デジタルツールで触覚を扱うハプティクス

センサやアクチュエータ、さらには人間工学などの技術の進歩によって、触覚の拡張概念である触力覚*1をデジタル技術で再現し、情報の表現手段として活用できるようになってきました。「ハプティクス技術」と呼ばれる技術です。

*1 触力覚とは、広義の触覚のことを指す。引っ張られる・押されるなどを感じる「力覚」、接触や堅さ・柔らかさを感じる「圧覚」、表面の触り心地を感じる「触覚」など、肌で感じる感覚の総称。

ハプティクス技術をHMIとして活用すれば、視覚や聴覚では伝えられない情報を人に感じさせることができます。触力覚は肌に触れてはじめて伝わる感覚です。このため人間は、触力覚を感じれば、実体のあるモノが実際に触れているのだと判断します。この人間の性質を利用すれば、視覚や聴覚では得られない、実体感や質感などリアリティのある情報を伝えることができるのです。ハプティクス技術は、ゲームやバーチャルリアリティ(仮想現実)などをよりリアルにするための手段として、その活用に期待が集まっています。

触力覚情報をデジタル化して人と機械を一体化

ハプティクス技術の応用は、ゲームやVRだけに留まりません。触力覚情報をデジタル化することで、これまでにない機能を持つ電子機器やロボットなどが生まれる可能性があるのです。一般に、情報をデジタル化することで、情報の処理や加工が容易になります。例えば、視覚情報である文字・図形・画像は、アナログデータのままでも記録や再生ができました。これをデジタル化することで、日本語の文字情報を英語に翻訳するといった極めて高度な処理を実行できるようになったのです。

では、触力覚情報をデジタル化することで、どのような応用が広がる可能性があるのでしょうか。少し、想像の翼を広げて応用を考えてみましょう。

人がロボットアームを操作してモノを掴んで運ぶ場面を想定します。ここにハプティクス技術を応用すれば、ロボットが触れたモノの感触を操縦者が感じて手加減しながら柔らかいモノや複雑な形のモノを器用に扱うことができる可能性があります。さらに、操作する人の動きを減衰させ、ロボットアームが触れた感触や手応えを増幅させて人の触力覚に伝えると何ができるでしょうか。患部の状況を手探りで感じながら緻密な手術を行う手術ロボットが出来上がります。逆に、人の動きを増幅させ、ロボットアームで持ち上げるモノの重量感を減衰させると、建設現場で使うクレーンなどを、あたかも自分の手足のように自在に操ることができるようになります。まさに、人機一体の状態が実現するのです。

実は、これらの応用は架空の想像ではなく、いずれも実際に研究開発が進んでいる技術です。ハプティクス技術は、人と機械の動きと感覚を一体化させ、人が機械を自分の手足のように操るために欠かせない技術になることでしょう。

ロボットが五感を手に入れる日が目前に

ここまで、人が機械を操る際にハプティクス技術を使えば、より柔軟で精密な操作が可能になるという話を紹介してきました。既にお気付きの方もいるかもしれませんが、人の代わりに電子的な制御回路や人工知能(AI)が機械を操作することもできます。すると、熟練技術者やプロレーサー、名医のような触力覚を基に高度な判断や作業を行う自律型ロボットが出来上がる可能性があるのです。

ここまで紹介してきたように、人間が備える五感のうち、従来から広く深く活用してきた視覚と聴覚に加え、触覚がデジタル技術で扱えるようになってきました。さらに研究レベルでは、息の臭いを検知する嗅覚センサを使って病気を診断する技術や、味覚センサで食品の味をデータベース化して思い通りの味を自在に設計する技術などの研究が進んでいます。五感を検知してデジタル化し、思い通りに表現して新たな応用を拓く技術の開発は始まったばかりです。ここには、人間と機械の関わりを再定義するような、大きな可能性が潜んでいます。

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