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センサとAIの融合で築く、人と機械の新たな関わり

何の操作もすることなく、BMIで自分の手足のように機械を操る

さまざまな機械やロボットが発達したことによって、私たちは、人間の筋力や運動能力では対応できない作業を楽々とこなせるようになりました。また、センサやAIなど情報処理技術の進歩によって、人間の五感を超える知覚能力を活用できるようにもなりました。こうした機械によって実現する拡張した能力を、人間が自在に使いこなすためには、機械と人間の関わりをより密にする別の技術が必要になってきます。

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図1 脳の活動を検知して、機械を自在に操る

脳の活動を読み取り、究極のHMIを創出

人が機械を操る際、両者をつなぐ接点となるのが、ヒューマン・マシン・インタフェース(HMI)です。自動車ではハンドルやペダル、PCならばキーボードやマウス、スマートフォンならばタッチパネルをHMIとして、機械を操ることができます。最近では、音声認識技術が発達し、AIスピーカのように、自然言語をHMIとして機械を操れるようにもなりました。また、ゲームなどで実用化した仮想現実(Virtual Reality : VR)技術を活用すれば、コンピュータで作り出した仮想世界内の出来事を、臨場感や実体感を得ながら体験できます。人と機械の関係は、技術の進歩によって着実に距離が縮まってきているのです。

ただし、既存のHMIでは、頭の中で考えた動きや操作を機械に伝えるのには相応のスキルが必要です。レーサーやバスの運転手のように、クルマを自分の手足のように自在に操るのには長い時間を費やす訓練が必要です。また、ハンドルなどの道具を通じて機械を操作すると、どうしても操作にわずかな遅れが生じます。人と機械が融合したかのような操作感を実現するためには、両者の距離をもっと縮める技術が必要になります。

では、未来には人間と機械の間の距離はどこまで縮まっていくのでしょうか。HMIの究極形とも言える、自分の手足のように無意識で機械を動かすための技術開発が進められています。それが、BMI(Brain Machine Interface)と呼ばれる技術です(図1)。BMIは、すでに一部の応用では実用化できる段階にまで発達しています。ここでは、BMIの進化の動きと、そのインパクトについて紹介します。

センシングと情報処理の進化によって頭で考えていることを可視化

脳の活動を検知するためのセンシング技術や、脳の活動状況を解釈(デコーディング)する情報処理技術の開発が活発化してきています(図2)。そして、高度なBMIが実現できるようになりつつあります。

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図2 センシング技術と情報処理技術の進歩でBMIが実現

これまで、脳の活動を調べるためには、大掛かりな医療機器を使って、脳波の変化や頭の中での分布を計測する必要がありました。脳波とは、脳を構成する神経細胞の突起に生じた電位を、頭表上などから記録した微小な電気信号です。正確に脳波を計測するためには、12個以上の脳波記録用素子を用いて、数マイクロボルトの電位の変動を精密計測する必要がありました。

これが近年、頭に電極を埋め込むなど外科的措置を施すことなく、非侵襲で脳波を正確に読み取るセンシング技術が急速に進歩しました。脳波は、マイクロボルトという小さな電圧変動として観測されるため、筋肉で発生する電気的なノイズや周辺環境の電磁波の影響などを受けて正確に計測することが困難でした。これが、ノイズを除去する技術が発達したことによって、小型のセンサで、高精度の脳波計測が可能になってきています。

微小な電位の変動を読み取る方法以外にも、脳の活動にともなって発する磁場を計測する方法、近赤外光を頭に照射して光の散乱と反射の様子を検知して脳内の血流量の変化を推定する技術などにおいても、センサの小型化と高精度化が進んでいます。また、脳内で活発に活動している部分を、ピンポイントで高精度に特定し、より詳しい脳の活動状況を計測するfMRI(機能的磁気共鳴画像装置)*1と呼ばれる技術の利用も進んでいます。これらの技術を目的に応じて使い分けて、脳が活動する様子を多角的に知ることができるようになりました。

*1 fMRI(functional magnetic resonance imaging)とは、脳内を流れる血液中の脱酸素化ヘモグロビンによって発生する電磁波を計測して、脳における任意の場所の活動を検知する技術です。

また、脳波など脳の活動を映す生体情報を解釈(デコーディング)する技術も発達し、人が何を見て、聞いているのか、認知情報を可視化できるようになってきました。今では、正確な脳の活動情報を収集し、上手に解析すれば、睡眠中に見ている夢の内容や人が目で見ている映像を、脳の活動情報からモニター上でおぼろげながらも再現できるまでに発達しています。また、喜怒哀楽など精神状態を判定したり、学習したことの理解度を判定したりすることも可能です。

近年、人工知能(AI)の基幹技術としてさまざまな分野で活用されるようになったディープラーニング(深層学習)の理論に基づき脳機能を正確にモデル化することによって、脳細胞の活動と人間の脳の各部分がどのように関係しながら働いているのかということが明らかになり、解析精度が急激に高まってきています。

娯楽から福祉、教育までBMIの応用分野は広い

脳の活動を、比較的手軽に計測できるようになったことで、計測して得た情報をさまざまな用途に応用する試みが進められています。

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BMIを応用して人間の能力を拡張

たとえば、脳波センサを活用し、人がどの程度集中、リラックスした状態にあるのか判定できる機能を備えるヘッドホンが実用化されています。人の精神状態に応じてキャラクターの動きやストーリー展開が変わるゲームなどが実現できます。エンターテインメントのコンテンツでは、視聴者やプレイヤーを飽きさせてしまったら意味がありません。しかし、どんなに面白いコンテンツでも、その内容を退屈に感じる人はいるものです。一人ひとりの精神状態に応じて、あの手この手で感動を呼び起こすコンテンツを提供できれば、万人が満足するものになることでしょう。

また、障がいのある人の生活を機械で支援するためにBMIを活用する取り組みもあります。すでに、脳波から数百種類ものメッセージを判別する装置が実用化されており、発話や書字が困難な重度の運動障害を持つ人のコミュニケーション手段として、その活用に期待がかかっています。義手や義足をBMIの活用によって、本当の手足のように操れる時代の到来は、そう遠くないかもしれません。

また、人が受けた刺激に対する脳の反応を検知し、効果的な教育やトレーニングに応用して学習効果を高める取り組みも行われています。英会話の音声を、頭の中でどのように聞き分けているのかを解析し、それを学習者にフィードバックすることで、短時間で英語のリスニング能力を高めるシステムなどが開発されています。

BMIは、人と機械の距離を極限まで近づけ、両者を融合させるために欠かせない技術です。発達すれば、自分の手足を操るように、巨大な機械や微小な機械、遠方や危険な場所に置かれた機械、さらには高度な計算能力を持つコンピュータなどを自在に操れるようになる可能性があります。人間の可能性を拡張させる、未来を支える技術になることでしょう。

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