センサとAIの融合活用で生まれる超五感のメイン画像

センサとAIの融合で築く、人と機械の新たな関わり

センサとAIの融合活用で生まれる超五感

外界の様子を知る知覚能力は、あらゆる生物にとって、生きていくために欠かせない能力です。人間は、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚という五感を通じて情報を集め、優れた知性で周辺状況を認識・理解して、高度な行動や判断を行うために利用しています。総合的に見れば、人間の知覚能力は、生物界の中でも優れた部類に入るのではないでしょうか。

ただし、個別の知覚能力に注目してみると、人間より優れた能力を持つ生物はたくさんいます。周囲にあるモノの動きを捉える視覚ではトンボの複眼に、聴覚や嗅覚では犬にかないません。そもそも、地磁気を捉えて飛ぶ方向を決める渡り鳥のように、人間が検知できない情報を捉える能力を持つ生物さえいます。もっと想像を膨らませれば、現存する生物では検知不能な情報を捉える知覚能力もあり得るのかもしれません。

仮に、人間の五感を超える知覚を、機械のアシストによって獲得することができたら、私たちの生活や社会はどのように変わるのでしょうか。ここでは、超五感を実現する技術の開発と活用の動向を紹介します。

進化するセンサとAIを活用して知覚能力を拡張

外界の情報を取得する機能を持つ電子デバイスが、センサです。イメージセンサやマイク、加速度センサ、温度センサなど、人間の五感を再現できる多種多様なセンサがすでにあります。暗闇の中にあるモノの存在を検知できる赤外線イメージセンサのように、人間の能力を超える性能を持つセンサも数多く存在します。さらには、地磁気センサやCO2センサのように、人間が検知できない情報を取得できるものもあります。

センサ技術の進歩によって、人間の能力をはるかに上回る情報収集能力を実現できるようになりました。ただし、得られる情報が増え、多様化すれば、ただちに人間の知覚能力を拡張できるわけではありません。収集した情報を適切に処理する能力も同時に高めなければ、知覚能力を高めることができないのです。

たとえば、スポーツイベントなどを開催する際、入場者の個人認証に顔認識技術が利用されるようになりました。あらかじめ画像データを登録しておけば、チケット不要の顔パスで入場できるようにもなっています。さらに近年では、カメラで取り込んだ群衆の画像を一括認識し、入場可能な人と、チケットを購入していない人を同時認識可能になり、行列なしでスムーズに入場誘導できるようになりました。しかも、入場者の年齢や性別も推定できるまでに技術が進化しています。

センサとAIの融合活用で生まれる超五感のイメージ画像1

こうした機械を用いた高度な知覚能力は、人間の能力を上回る超五感だと言えます。ただし、この例では、情報を収集するセンサ、言い換えればカメラの性能が進化して超五感が実現したわけではありません。取得した画像の認識処理に活用している人工知能(AI)が進化したことで、超五感が実現したのです。

音や振動で機械の故障を、呼気からがんを検知

人間の高度な知覚能力は、目や耳のような感覚器官の検知能力と脳の認知能力が組み合わされて実現しています(図1)。同様の構図で、センサとAIのそれぞれを進化させ、組み合わせて活用することで超五感が実現します。ここからは、すでに実用化もしくは開発中の超五感の実現例の中から、ごく一部を紹介したいと思います。

人間も機械も、知覚能力は検知(情報収集)と認知(情報処理)の組み合わせで構成のイメージ画像
図1 人間も機械も、知覚能力は検知(情報収集)と認知(情報処理)の組み合わせで構成

モノづくりの分野では、すでに多くの超五感が活用されています。工業製品を生産する工場の中には、装置が稼働する音に混じるわずかな異音を聞き分けて、故障の兆しを察知する能力を持ったベテラン作業員がいるところがあります。長年の経験の中で身に着けた属人的スキルであり、一般人にはない高度な知覚能力だと言えます。ただし現在では、装置に高精度の加速度センサを取り付け、振動のわずかな変化からAIを活用して故障の兆しを察知できるようになってきました。また、わずかな異音を聞き取って、異音を発している場所をカメラで取り込んだ画像の上にピンポイントで指し示す技術も実用化しています。聴覚情報を視覚情報に変換するという、人間が持たない知覚能力を実現した例です。

医療の分野でも超五感が活用されつつあります。人間が体内から排出するモノの中には、体調や健康状態を映すさまざまな情報が含まれています。呼吸する際に吐き出される呼気もその一つです。呼気の中に、がんの予兆を示す成分が含まれ、それがにおいの変化となって現れることが知られています。ただし、においの変化は極めてわずかであり、人間の嗅覚で検知することは困難です。しかし、嗅覚に優れる犬はそれを嗅ぎ分けることができるため、「がん探知犬」と呼ばれる特殊な訓練を積んだ犬をがんの検知に利用している例があります。これが、呼気に含まれる成分を検知するガスセンサとAIなど情報処理システムを組み合わせて機械化する研究開発が、多くの企業や研究機関で進められています。こうした機能を、通話時に呼気が吹きかかるスマートフォンに搭載すれば、日常的にがん検診を受診しているような状態にできる可能性があります。また、呼気に含まれるアセトンを分析して、生活習慣病の予防やダイエットなどに活用しようとする試みも進められています。

見えない光から価値ある情報を探り出すHSI

さらに、紫外線や赤外線など、人間では検知できない波長の光を検知するイメージセンサとAIなど高度な情報処理技術を組み合わせて、可視光では得られない情報を取得する技術の開発・利用が進んでいます。「ハイパースペクトルイメージング」と呼ばれる技術です。

可視光で得られた情報でも、情報処理のやり方次第で意外な高付加価値情報を取得できる場合があります。たとえば、トマトに含まれるリコピンという栄養素は、青や緑の光を吸収するため、リコピンが多く含まれるトマトは鮮やかな赤に見えます。つまり、色から栄養素を検知することができるのです。同様の原理の手法を、可視光以外の光にも適用すると、さらに多様な情報を非接触で得ることができます。

たとえば、人工衛星から可視光と赤外線で撮像した映像から、土地・大気・水質の汚染状況や地表に生えている樹木の種類の特定などが可能です。また、食品生産ラインでの異物や異常成分の混入の発見、うま味成分であるオレイン酸など特定のアミノ酸の含有量評価もできます。人間の目では検知できない顔色の変化から健康状態を調べることも可能です。

センサもAIも、まだまだ大きく進化する余地があります。これによって、人間は今後どのような超五感を獲得していくのか、無限の可能性がありそうです。

関連記事