センサとAIの融合で築く、人と機械の新たな関わり

VR/ARや5Gを活用してリモートワークの範囲を拡大

新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、私たちの生活や仕事を取り巻く環境が一変しました。自由な移動や他の人との接触を避けることを余儀なくされ、世界中の人々の活動の場が、リアルな世界からバーチャルな世界へと一気に移行しました。友人との会話や学校の授業、会社の会議などをリモート環境で行うのが当たり前になった人は多いのではないでしょうか。

定着するリモートワーク、だがリモート化できない業務も多い

こうしたバーチャルな世界の活用は、コロナ禍の終息後にもおそらく継続することでしょう。特に、ビジネスでは定着する可能性が高そうです。その理由はいくつかあります。

まず、顔を合わせないとできないと思っていた打ち合わせなども、リモート環境を使えば、むしろ以前より効率化することに世界中の人々が気付きました。出張が減り、経費と時間が削減して、より多くの打ち合わせをこなせるようになった人も多いことでしょう。また、ICT活用を食わず嫌で避けていた人たちが否応なしに活用を強いられ、リモート環境を活用できるスキルを身に着けたのも大きな変化です。リモート環境での仕事に、ICTのリテラシーやスキル面での障害がなくなりました。さらに、日本政府が推し進める多様な労働環境の実現を目指す「働き方改革」にリモートワークは最適手法であり、その定着に社会と働く人の支持が集まっています。

こうした一連の状況を鑑みて、既にリモートワークを中心とした働き方を前提とした、人事制度の改正やオフィスの縮小などに取り組む動きが出てきています。

その一方で、事務処理や文書や資料の作成などはリモートワークで支障なくできるのですが、実際に現場に出向いたり、現物を見ないと進まない業務もたくさんあります。こうした業務ではリモートワークは実現できません。特に、製造業の現場でこうした例が目立ちます。

3次元CADモデルをフル活用し、VRやARで設計・保守業務を効率化

製造業での設備保全や商品設計の現場では、仮想現実(Virtual Reality:VR)や拡張現実(Augmented Reality:AR)、IoTなどを活用して、これまでのリモート環境では伝えきれなかった情報を伝える新たなコミュニケーションを導入する動きが活発化してきました。

近年、あらゆる工業製品や装置、設備が3次元CADを使って設計されるようになりました。その技術の進化はすさまじく、今では機器を構成する部品の一つひとつを3次元モデルで設計し、それらをコンピュータ上で組み立てて、動作できるまでになりました。試作品を作ることなく、バーチャルな世界で製品のできや動作を詳細に確認することも可能です。

自動車や電子機器などの工業製品の開発、さらにはビルなど建築物を設計するプロセスでは、製品企画、営業、設計者、生産技術者など、さまざまな役割を持つ専門家が集まり開発中の製品をレビューする機会があります。これまでは、専門家たちが実際に集まり、試作品を前に置いて詳細にチェックしながら喧々諤々(けんけんがくがく)の議論をしていました。それが今では、離れた場所にいる専門家たちが3次元モデルのデータを共有し、ヘッドマウント・ディスプレイ中でそれを動かしたり分解したりしながら、リアルな世界で行うのと同等以上に詳細なレビューができるようになりました。

また、製造装置や工作機の開発では、装置の3次元データを、あらかじめモデル化しておいた設置する予定の生産ラインの中に置き、現場に設置する前にライン中での装置間連携や安全運用などを検証できるようにもなっています。

さらに、実際に装置を現場に設置した後も、3次元モデルを業務の効率化に活用できます。まず、現場で装置や設備をメンテナンスする際には、ARを活用して装置の映像に3次元モデルに付記した技術情報を重ねて参照しながら、複雑な作業もミスなく実行できます。

もっと進んで、現場のリアルな装置に取り付けたセンサで収集したデータを、保守部門や装置メーカーに置いたサーバ中の3次元モデルに入力し、現場の装置と同じ挙動・状態を再現したコピーを作ることもできます。「デジタルツイン」と呼ばれるこうした技術は、現場の装置の故障の予測や、生産条件を変えた際に装置のスループット、耐久性にどのような影響が及ぶのかをシミュレーションするために利用できます。

こうしたVR、AR、IoTなどを活用する際には、現場や仕事場、リモートワークの場合には各家庭の間をつなぐ高速・大容量で低遅延のネットワークが欠かせません。ここでは、第5世代移動通信システム(5G)の利用に期待が集まっています。

ロボットの動きを通じて、臨場感のあるコミュニケーションを実現

また、定着しつつあり、固有の利点も多い事務的業務のリモートワークですが、直接顔を合わせて行うのと同様の質の高いコミュニケーションが実現できているわけではありません。リモートワークの環境は、まだ成熟した状態にあるとは言えないのです。

例えば、リモートでの会議やブレインストーミング、商品レビューなどに、微妙な違和感を感じる人は多いのではないでしょうか。テレビ会議システムを使えば、参加者全員の顔が画面に映され、一見、発言に対しての全参加者の反応がつぶさに分かるように思えます。しかし、いまひとつ参加者の反応や場の空気が分かりづらく、自分の発言への手応えを感じられなかったり、自分の反応が話し手に伝わっているのか確信が持てないでいることが多くあります。人間は、単純に言葉や表情だけでコミュニケーションしているわけではないことに、改めて気付きます。

こうしたリモート環境を利用する際に感じる違和感は、世界共通のようです。コロナ禍以降、現在のリモート環境が抱える課題を解決するため、研究段階のICTを活用した高度なコミュニケーション技術の実用化に取り組む動きがにわかに活発化してきています。 いまひとつ臨場感を欠くリモート環境での会議や接客業務を、最新のICTやロボティクスを活用して、リアルな世界で行う状態に近づけようとする取り組みも進んでいます。

米国では、テレプレゼンス・ロボットと呼ばれる単純な構造のロボットを介したコミュニケーションの手段が、大企業のオフィスや病院、学校などで既に利用されています。テレプレゼンス・ロボットとは、移動可能な台車の上にコミュニケーションの相手の顔を映すタブレット端末を乗せた、見た目はかなり原始的なロボットです。コミュニケーションする相手は、このロボットを遠隔操作し、移動したり、向きを変えたりしながらタブレット端末でビデオチャットします。

こんな簡単な仕掛けで、リモート・コミュニケーションの質が高まるのかと半信半疑の人が多いかもしれません。しかし、実際に使ってみると、タブレット端末だけでビデオチャットする場合とは段違いに臨場感のあるコミュニケーション体験が得られます。

操る側にいる人は、ロボットを遠隔コントロールすることで、自分が行きたいと思った場所に自由に移動したり、向きを変えたりできます。タブレット端末だけでのコミュニケーションは相手側に視界を決める主導権がありますが、テレプレゼンス・ロボットでは操る側に移ります。これによって、複数の相手と話す時などには、話したい相手の方を向いて話せるようになります。展示会場を移動してブースに立ち寄って話を聞くとか、パーティー会場で気になる相手を見つけて話すといった能動的コミュニケーションができます。

一方、接する側にいる人には、ロボットの動きを通じて、相手の気配や存在感を感じることができるようになります。声や画像だけでなく、相手の仕草や動きを感じることで、誰に向けて話しているのか、自分の話を聞いてもらえているのか、判断しやすくなります。

自分の分身を遠隔地に瞬間移動

テレプレゼンスをさらに発展させた「テレイグジスタンス」と呼ばれる技術もあります。テレイグジスタンスは、遠隔地から自分の動きや五感を再現するアバター(ロボット)を操って、より質の高いコミュニケーションや作業を行う技術です。東京大学の舘暲名誉教授が提唱しました。

テレプレゼンスでは、コントローラなどを使って意識的にロボットの動きを操作しますが、テレイグジスタンスではセンサを使って操作者の動きを検知し、意識することなく遠隔地のロボットを操作できます。このため、ロボット側にカメラを搭載し、操作者がHMD(ヘッドマウント・ディスプレイ)で会話相手のいる場所の映像を見られるようにすれば、遠隔地でのコミュニケーションや作業により没入できます。さらに、本シリーズのトピック1でも紹介したハプティクス技術を活用して、ロボットが触った感触を操作者にフィードバックする機能を付加すれば、臨場感や没入感はさらに高まります。

テレプレゼンスは、職場だけでなく、バーチャル観光や医療現場などでの利用にも期待されています。アバターロボットがシェアサイクルのようにあらゆる場所に置かれれば、ネットを通じて乗り移り、あたかもそこに瞬間移動したかのように、遠隔地で働いたり、観光を楽しんだりできるようになるかもしれません。

リモートファーストの生活や仕事を見据え、リモート技術の進化が加速

これまでは、リモート環境を使った生活や仕事は、リアルな世界での移動や直接顔を合わせることができない時の次善の手段にすぎませんでした。コロナ禍においても、当初はそうでした。しかしこれからは、まず「リモートファースト」で仕事の進め方を考え、本当に必要な場合にだけ、リアルな会議などを行うようになる可能性があります。

こうした時代の到来を見据えて、ここまで紹介してきたようなリモート環境の技術的な進化はこれから確実に加速していきます。そして、リモート環境でなければ実現できないコミュニケーションの仕方や仕事の進め方が確立され、当たり前のように活用されていくことでしょう。ロボットを介して、距離を感じることなく密で深いコミュニケーションがとれたり、これまで以上に多くのことを体験できる未来が、はっきりと見えてゆきます。

関連記事