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新型コロナ感染リスク低減のため空気の質を考える(前編)──CO2濃度測定による空気の「見える化」で適切な換気を

2020年から始まったコロナ禍は、依然として終息する気配をみせていません。このニューノーマル(withコロナ)時代に、何より求められるのが学校やオフィスなど人の集まる空間での感染リスク低減です。ポイントは3密の回避、なかでもエアロゾル感染(空気感染)を予防するためには密閉を避ける、つまり適切な換気が必要です。全2回シリーズの前編では換気の指標となるCO2濃度測定の必要性、空気を見える化する方法などについて、国立大学法人 電気通信大学大学院特任准教授の石垣陽先生と、村田製作所の空間可視化ソリューション開発担当者の今川、CO2センサ開発責任者の檀に聞きました。

新型コロナのエアロゾル感染への今後の対策とは

――国立感染症研究所が新型コロナウイルスの感染経路に関する見解を発表しましたがどのようにお考えでしょうか。

石垣先生 : 見解のポイントは、空中を漂う「ウイルスを含む粒子」を吸い込むことによる「エアロゾル感染」を、主な感染経路の筆頭に掲げたことです。諸外国では随分前からいわれていた話であり、日本でもすでに自治体などから声があがっていました。そんな中とはいえ、国の正式な機関がエアロゾル感染を認めたのは、やはりインパクトが大きいといえます。認めるにあたって国立感染症研究所では、いくつかのエビデンスを示しています。たとえば飛行機の中での感染が広い範囲に広まっていたり、レストランの中で見ず知らずの人たちの間でまんべんなく感染したりしています。つまり席が離れていて、直接接触していない人の間でも感染が起きている。これはエアロゾル感染としかいいようがないわけです。

今川 : エアロゾル感染が認められたとなると、感染対策も当然変わってくるでしょうね。

石垣先生 : おそらくは国の政策転換が行われるでしょう。たとえばコロナの次波に向けた対策などは、これまでと基本戦略を変えざるを得ない。求められるのは、適切なマスク使用と常時換気の徹底です。そうなると当然、補助金の付け方などにも影響が及びます。振り返ればデルタ株に変異した段階でエアロゾル感染は起こっていたと思われますが、オミクロン株になり一気に排出されるウイルスの量が増えたと考えられています。

電気通信大学大学院特任准教授 石垣 陽先生の写真
電気通信大学大学院特任准教授 石垣 陽先生

――クラスター発生の主要要因がエアロゾル感染となると、これまでいわれてきた3密回避の重点も変わってくるのではないでしょうか。

石垣先生 : 3密(密閉・密集・密接)のなかでも、エアロゾル感染で問題となるのは密閉です。我々は密閉と感染の関係について、高齢者施設、学校、製造現場などを調査してきました。いずれもエアロゾル感染が広まっていたと考えられる現場です。たとえば高齢者施設では早い段階からワクチンを打ち、換気にも気を配っていたけれども感染が広がった。その理由は気流です。

檀 : 気流ですか、それは確かに盲点かもしれませんね。

石垣先生 : 集団感染を起こした高齢者施設では、最初の陽性者の方が1人部屋に入居されていました。ところがその1人部屋を出てすぐのところに、他の入所者が集まるデイルームがあったのです。デイルームには強力な換気扇が設置されているので、換気には問題ないと考えられていました。ところがデイルームでの換気が強力すぎるために、1人部屋からの空気を引っ張ってきてしまったのです。つまり換気はしっかり行われていたにもかかわらず、気流の制御が甘かったために感染が広まった。この事例が示すように今後は、換気対策を行う際には気流への目配りも必要と考えます。

実は多い、そもそも換気のできていない場所

――気流については工場なども問題がありそうですがいかがでしょうか。

石垣先生 : ある工場での事例ですが、たまたま陽性者に送風機の風を当てていたために、ウイルスが区画内に撒き散らされた事例もあります。本来ならおそらく村田製作所さんの中にもある、クリーンルームのような構造、つまり清浄度の高い空気を床から吸って、常に循環させているような環境が理想と思われます。

今川 : 先生のご研究では、ビニールシートクラスターの事例が発表されていましたね。

石垣先生 : 天井近くから床までビニールシートで遮蔽したため、換気が行き届かなくなり感染が起こった事例ですね。飛沫感染を防ぐのならビニールシートによる遮蔽は有効ですが、エアロゾル感染を考えるなら遮蔽すべきではありません。この我々の報告によって、ガイドラインや対応を変えた自治体も出ているようです。そして気流を考えたうえでの換気については、別の視点も考える必要があります。それは省エネルギーであり、換気にもエネルギー消費とのトレードオフが出てくる。そこで必要となるのが、換気のモニタリングです。

事業インキュベーションセンター 今川の写真
事業インキュベーションセンター 今川

――換気そのものについては、ちゃんと建築基準法に則って設計された建物であれば、現状でもそれほど問題はないと考えてよいのでしょうか。

石垣先生 : 実態はまったく違っていて、換気のできていない物件が非常に多いのです。都内の事業所を100カ所ぐらい調査した結果では、約半分で換気が悪い状況でした。CO2濃度を測定してみると、基準値は1000ppm以下と定められているのに対して、3000ppmなどはざらにあるし、10000ppmを超えているケースさえありました。そもそも無換気だったり、フィルターが詰まっていたり、換気機能がついていても壊れていたりするためです。法律上はいわゆる「既存不適格」に該当するわけですが、いろいろな理由で顕在化していません。建物の換気を管理するのは建築指導課であり、保健所の管轄ではないのも一因でしょう。まさに縦割り行政の弊害ともいえますが、ウイルスは守りの弱いところをついてくるから何とかしなければなりません。そこで必要となるのが、CO2濃度を常時測定するシステムです。

換気の指標となるCO2濃度

――そもそもなぜCO2濃度が指標となるのでしょうか。

石垣先生 : CO2が人の呼気に含まれていて、同じくウイルスも呼気に含まれているからです。人は常にCO2をたくさん出しています。細胞内で酸素を燃焼させてエネルギーを得ているのだから当然ですよね。たとえば狭い部屋の中に人がたくさんいて、換気せずにおくとCO2濃度がどんどん高まっていきます。つまり室内のCO2濃度は、その中にいる人の呼気の総量の指標となるわけです。仮にウイルスに感染した人がいれば、その呼気に含まれるウイルス量は、室内のCO2濃度と比例するでしょう。だからCO2濃度がエアロゾル感染リスクの代理的な指標となるわけです。疫学的な研究はこれからですが、換気を良くして室内のCO2濃度を下げれば、感染リスクも下がると考えられます。空気感染する結核についても、室内のCO2濃度を1000ppm以下に保てば、陽性者の発生を97%抑えられたとの報告もあります。

檀 : 長時間窓を締め切ったクルマの中にいると、CO2濃度が高まってしまいますね。

石垣先生 : タクシーの運転手さんなどが車内で休憩し、その直後に事故を起こすケースがあるのは、CO2も一因だと考えています。エンジンを止めて窓も締め切っていると、車内のCO2濃度は8000ppmぐらいに高まっています。だから本人は気づいていないけれど、少し頭がぼやけている可能性があるのです。我々も5000ppmのシミュレータ車両内でプロドライバーの被験者に運転をさせながら簡単な問題を解いてもらう実験をしたところ、やはり5000ppmを超えると回答するまでの時間が有意に遅くなったり、間違えたりしました。実際CO2濃度は、学校での学習効率にも影響していて、仮に1000ppmを超えると、有意に認知能力が落ちるとの報告があります。CO2濃度はそれぐらい認知にも影響を与える。だから学校などでは感染予防はもとより、知的生産性を保つためにも、常に空気は新鮮に保つべきでしょう。

機能デバイス事業部 檀の写真
機能デバイス事業部 檀

学校や高齢者施設での適切な換気とは

――学校の教室で換気する場合、タイミングに悩みそうですが。

今川 : 適切な換気を行うためには、まず正確にCO2濃度を測定する必要があります。当社の空間可視化ソリューション「AIRSual」なら濃度変化を予測するアルゴリズムも備えているので、たとえば何分後に1500ppmに到達するかなど予測可能です。すると授業中でも先生は、適切なタイミングで換気できます。ある自治体で教育委員会の了承も得たうえで行った、小学校と中学校での実証実験の結果によれば、授業内容によってもCO2濃度の上がり方が違うとの報告もあります。

――生徒たちの活動内容により違いが発生するのですか。

石垣先生 : 活動内容による違いは、飲食店などでも同様の傾向がみられます。仕込み時間や閉店後の片付けの時間帯に、CO2濃度が高まるのです。なぜならお客様のいない時間帯は換気扇を止めるだけでなく、片付けのときなどには従業員同士で楽しく語り合ったりするからです。換気せずに、人がたくさん話したりするとCO2濃度は高まりますね。だからCO2濃度は常時把握しておくのが望ましいのです。

――となると高齢者の施設などでは、きめ細かな気配りが求められそうですが。

石垣先生 : 高齢者施設では窓からの転落など危険防止のために、基本的に窓が開かない構造となっています。だから窓を開けての自然換気をできません。しかも設計ガイドラインによって、全体的に回遊型の構造となっているケースが多い。この背景には入居者同士の出会いの機会を増やしたり、万が一、認知症の方が徘徊しても行き止まることがないようにするなどの配慮があるようです。そしてこうした構造では廊下の隅などにみんなが集まる場所がつくられがちです。するとそこには人が滞留するだけでなく空気も滞留してしまい、感染症対策としては、逆効果になってしまいます。だから積極的に換気する必要があり、そのためには常にCO2濃度に気を配っておく必要があるのです。

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石垣 陽(いしがき よう)

専門はリスク情報学。市民がリスクを正しく認知するための測定・可視化方法を研究している。博士(工学、電気通信大学)、修士(芸術、多摩美術大学)。セコムIS研究所にて10年間、セキュリティシステムの研究開発に従事。その後、世界初のスマホ接続型放射線センサ「ポケットガイガー」や、大気汚染を可視化する「ポケットPM2.5センサ」、3密を可視化する「ポケットCO2センサ」を実用化した他、医療・衛生機器の開発も多数行う。地方発明表彰 文部科学大臣賞受賞、日本国際賞平成記念研究助成授与、グッドデザイン賞、RedDotデザイン賞など受賞歴多数。メディアにも多数出演し、エアロゾル感染防止のためのリスク回避行動を呼びかけている。
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