発電する繊維「PIECLEX」開発秘話(技術解説編)のメインイメージ

発電する繊維「PIECLEX」開発秘話(技術解説編)

科学技術の発展に伴い、繊維製品にも清潔性や快適性を求める声が高まっています。しかし、従来の抗菌防臭加工繊維は安全性と機能性は兼ね備えているものの、生産優先で加工薬剤の環境負荷や機能の経年劣化、廃棄時の環境汚染などの問題を抱えていました。これらの問題を解決すべく、村田製作所と帝人フロンティア社が手を組み立ち上げたピエクレックス社で開発したのが、“動くことで抗菌する”というまったく新しい発想の繊維である「PIECLEX(ピエクレックス)」です。

PIECLEXは、発想の新しさゆえ開発・製品化においては多くの課題がありました。一方で、従来の繊維とは異なる将来性や可能性を秘めています。
「技術解説編」である今回は、生産と開発を行うチームの責任者である塩見、製品開発・評価を担当する宅見を招き、PIECLEXの強みや開発にいたったきっかけ、製品化における開発秘話をご紹介します。

PIECLEXを開発することになったきっかけ

――PIECLEXは発電する繊維で作った特殊な製品です。電子部品メーカーであるムラタが繊維の開発をすることになった経緯や、宅見さんと塩見さんが開発に関わることになったきっかけをお聞かせください。

製品開発・評価担当の宅見
セールスと開発チームの責任者の塩見
技術者として製品開発・電気的特性の評価を担当する宅見と、繊維のプロとして生産と開発チームの責任者 塩見

村田製作所では、かねてよりポリ乳酸の圧電効果に着目、圧電性を有したフィルムセンサ「Picoleaf(ピコリーフ)」の製品化に成功しており、続いて糸状のセンサの開発に着手していました。当時はウェアラブルブームということもあり、多くの電気的な特性のデータを手に多くの企業にアプローチをかけましたが、なかなか商談にいたりませんでした。そんな中、当時の開発者がある靴下メーカーの方から「一番の困りごとはバイキン」と言われ、「センサの電極をすべて取り払って糸だけで生地にしたら、その電気でバイキンが死滅するのではないか?」と考えたことがPIECLEXの開発を始めたきっかけです。
ちなみに、PIECLEXから発生する電圧は数Vから数10V程度で、人間が感知しないレベルです。約3000Vといわれる静電気と比べるときわめて小さなエネルギーですが、微生物の増殖を抑制するには十分な電気であり、これによって抗菌作用を発揮することができます。

PIECLEX
数V~数10V
静電気
1000V まったく感じない
2000V かすかに感じる
3000V チクッとする
PIECLEXで発生する電圧と静電気の電圧の比較

※ 日本食品分析センターにて、細胞毒性、感作性について安全性確認済み。

PIECLEXの強み

――抗菌や防臭を謳う製品は数多くあります。これらの製品に対するPIECLEXの強みについて、お聞かせください。

PIECLEXには大きく二つの強みがあります。まず一つ目は、半永久的に持続する抗菌効果です。ある特定の物質は、負荷される応力に応じて電圧が発生します。これを「圧電効果」といいます。PIECLEXは、繊維が伸び縮みする際に発生する圧電効果による電気の力で抗菌・防臭を実現する繊維です。洗濯や経年による劣化が懸念される薬剤を使った抗菌に対し、圧電効果は何度洗濯を繰り返しても衰えることがないため、抗菌・防臭効果は半永久的に持続します。

抗菌のメカニズムの図解
抗菌のメカニズム

もうひとつの強みは、自然環境にやさしいということです。まず製造工程において、従来の抗菌製品に多く使われている薬剤は使用していませんので、環境に悪影響を与えません。さらに、圧電効果を発生する物質としてはセラミックスが知られていますが、PIECLEXには植物由来の生分解性プラスチック「ポリ乳酸」が使用されています。よって、PIECLEXは土に埋めるとバクテリアや微生物などによって分解(生分解)されます。この生分解性については、現在、コンポスト内での試験で4か月半ほどの間に70%から80%の分解を確認しています。また、PIECLEXは短期間で自然界に循環されるため大量のCO₂発生の原因である焼却処分が必要ありません。

ポリ乳酸繊維の自然循環図とPLA素材の説明図
リサイクル性に優れ、環境にやさしいPIECLEX

このように、PIECLEXは優れた抗菌・防臭を有しながらも環境に優しくリサイクル性に優れ、特にCO₂を発生させることがない高機能な繊維素材です。

PIECLEXを開発するうえで困ったことは?

――電子部品メーカーと繊維業界の価値観の違いや、「動いて発電する繊維」という斬新な機能の評価方法など、電子部品の開発とは異なる点で発生した問題点について、お聞かせください。

素材について話し合う宅見と塩見のイメージ

さまざまな問題がありましたが、最も困った問題は繊維で作り上げた「生地」という製品の評価についてです。ムラタが専門とする電子部品と異なり、使う人や季節によっても変化する手触りや風合いが評価の対象となるため、数値データによる検証だけでは不十分でした。このため、多くのサンプルを作って人が得る感覚と数値データをこまめに評価するという検証作業が必要でした。また、動くことで発生する電気の量を、いかにして測定するかということも問題でした。従来の抗菌性評価は、主に繊維が止まっている状態を対象としており、「動くことで抗菌する繊維」の評価方法ではありません。となると自社評価が必要になりますが、検査装置がありません。そこで、検査装置から自社で開発しなければなりませんでした。

独自に開発した圧電による抗菌性を評価するためにサンプルを連続伸縮させる評価装置のイメージ画像
評価装置を独自に検査する開発評価装置のイメージ画像
生地に菌を接種して圧電による抗菌性を評価するためにサンプルを連続伸縮させる評価装置を独自に開発。

そこで大きな力となったのが、これまでムラタが取り組んできた材料から製品を作り出すためのノウハウです。さまざまな材料を取り扱ってきた社内部門の協力を得て、あるひとつの治具から検査装置を開発し、試験方法を確立しました。これにより、電気的特性や抗菌機能はムラタで、生地の色や感触の評価は帝人フロンティアで実施するという体制ができあがり、PIECLEXを生み出すことができました。

カスタマイズした静電気力顕微鏡(EFM)のイメージ画像
繊維や生地の表面に発生する電気量を測定するためにカスタマイズした静電気力顕微鏡(EFM)

まとめ

今回は、PIECLEXという繊維を技術的側面から解説しました。そして、積み重ねてきた技術とノウハウ、社内での協力体制によって製品化が実現したことがわかりました。次回は製品としてのPIECLEXの可能性や将来性、環境問題へのムラタの姿勢など、もう一歩踏み込んでPIECLEXの魅力を紹介します。

関連リンク

関連製品

関連記事