1000個のセンサで、いつでもどこでも生活者に目配り 住人の望みを先回りして叶える近未来のスマートホームのメイン画像

1000個のセンサで、いつでもどこでも生活者に目配り 住人の望みを先回りして叶える近未来のスマートホーム

システムが住人の安全と健康、豊かな生活を見守る「スマートホーム」の役割とは?

社会のデジタル化が進み、生活の中で生み出されるデータをさまざまな社会課題の解決や新たな価値創出に役立てる動きが進んでいます。オフィスや工場、道路や電力網などの社会インフラを利用する現場からIoT(Internet of Things)システムを活用して詳細なデータを収集し、クラウドに蓄積したビッグデータを人工知能(AI)のような高度な情報処理技術で活用する取り組みが、多くの業界・業種の企業や行政機関などで行われています。こうした潮流は、遠からず一般家庭にも及ぶことでしょう。高度な情報通信技術を活用して暮らしの効率化と豊かさを向上させる、近未来住宅のコンセプトが「スマートホーム」です。

ホームネットワーク研究の第一人者であり、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)のスマートホーム部会の部会長も務めている北陸先端科学技術大学院大学の丹 康雄副学長・教授に、これから目指すべきスマートホームのあるべき姿とその実現にむけて求められる情報通信技術について聞きました。

快適空間の維持から災害対応まで、多角化するスマートホームの機能

――社会のデジタル化を鑑みた、いま丹教授が考えているスマートホームの定義をお聞かせください。

スマートホームには住宅会社や住宅設備メーカー、家電メーカー、ホームセキュリティ会社など、さまざまな業界・業種の企業が関わっています。そうした参画者の多様性を反映して、スマートホームの定義にもさまざまなものがあります。ただし「家の中にある機器/設備が、住人の望み通りに尽くしてくれる自動化を推し進めた環境」を目指している点は共通していると言えます。機器/設備が、住人が望んでもいないようなことをでしゃばって行う自動化システムは、スマートとは呼べません。住環境や住人の状態や状況を正確に察知し、さらには屋外の状況といった住人が知り得ない情報も収集・加味して、住人の望みやこれから起こり得ることを先読みして気の利いた対応をできることがスマートだと考えています。

丹 康雄氏のイメージ画像1

一般に人間の行動様式では、これから起きることを予測して先回り対処することもありますが、起きてしまったことに事後対処することの方が多い傾向が見られます。スマートホームの価値は人間個人では実現できない暮らしの効率化や豊かさを実現する点にあります。例えば、この後暑くなることを察知したら今のうちにエアコンで冷やしておき、住人が暑さを感じて急激に冷やして無駄な電力消費を招くことがないようにする。こうした利用シーンが想定されます。スマートな機能を住宅に付与すれば、快適さを維持しながらピーク電力を抑えることができるようにもなります。

――住人が意識することなく、快適さを維持しながら省電力化できるようになる可能性があるのですね。

地震や台風などの災害が発生した際に、個々の生活者の状態や状況に合わせた適切な避難誘導をするといった利用法もあります。つくば市では音声発話機能を備えるIoT家電を利用して、非常事態が発生した際に個別の避難誘導指示を伝えるシステムの実証実験を行いました。スマートホームを実現できれば、個々の住人がいる場所を特定し「二階に逃げてください」とか「◯◯小学校に避難してください」といった、1人ひとりの最適行動を伝えることができます。こうした指示は行政機関などで管理できますから、円滑に避難できるように街全体で避難行動を全体最適化することも可能です。

実証実験のイメージ画像
図1 実証実験のイメージ

住人にさりげなく寄り添い支える技術の確立が大切

――常に住人を中心に置き、寄り添って、さりげなく暮らしを支援するのがスマートホームの役割なのですね。「おもてなし」の気配りと通じるところがあるように感じます。

その通りです。私がお話ししたスマートホームの定義は、現在の家電製品や住宅設備には盛り込まれていない価値観、視点に基づく定義なのです。

スマートホームと言えば、スマートスピーカーを利用して住人が意思表示したことを自動的に実行する住宅システムのことだと考える人は多いのではないでしょうか。しかし、私たちが考える目指すべきスマートホームと現在のスマートスピーカーを中心とした住宅システムでは、サービス提供の考え方が根本的に異なります。スマートスピーカーは、それを使いこなせる人が自分が望んでいることを能動的に伝え、効率よく対応してもらう仕組みです。サービスを受ける側の意思表示を起点にして適切に対処する従来サービスのあり方に則したシステムなのです。もちろん、こうしたシステムも確実に存在価値があり使いこなせれば便利なものです。その存在意義を否定するものではありません。

一方これからのスマートホームでのサービスでは、生まれたばかりの赤ちゃんや新しい機械を操作できない高齢者など、意思表示が困難な人を取り残さないことを目指します。サービスを提供する側が受ける側の動きに常に目配りし、寄り添い、望みを察知して先回りしてさりげなく支えるわけです。スマートホームを実現するためには、こうした新たな価値観に合ったものを作る必要があると思いますし、こうした価値観に基づくサービスを望む人は日本のみならず世界中に多くいると考えています。

――しかし、現在の家電製品などとは異なるコンセプトのスマートホームを開発することは、関連企業にとって少なからずリスクを伴うのではないでしょうか。

確かに実現すべきスマートホームの姿と実現にむけたアプローチの違いは、システム構築に必要な技術の開発や規格作り、関連製品/サービスの開発指針などの違いとして如実に現れてくることでしょう。しかし、個人のプライベートな空間である住宅の中で用いるシステムであるスマートホームに関しては、大きな問題にはならないと考えています。住人の価値観・暮らしぶり・属性自体が多様で、特定の思想の下で構築されたスマートホームでは満足することも、導入目的を達することもできない人が多くいるからです。

例えば、高齢者が住む家に家事や暮らしを支援するためにスマートスピーカーを中心にした自動化システムを導入したとします。確かに使いこなせれば暮らしを支援できますが、新しい機械の操作ができない高齢者ならば意味をなしません。少子高齢化という社会問題を解決するための有効な策にはなり得ないのです。こうした状況は、これから世界中で起き得る状況だと思います。大切なことは多種多様な利用目的、住人属性に合わせて、適したスマートホームのシステムを選択できる多様性を用意しておくことだと思います。

IoTやAIの進歩によって実現可能になった理想のスマートホーム

――おもてなしの気配りに則したスマートホームの姿は、いざ実現しようとすると、きわめて高度な技術が必要になる気がします。他人の潜在的要求を察することは人間でも難しい知的作業の極みだと感じます。

丹 康雄氏のイメージ画像2

私は長年にわたってスマートホームの研究に携わってきたのですがIoTや人工知能(AI)、クラウドなど、情報通信技術が高度に進化した今だからこそ、実現できるようになったと見ています。

日本では1970年代から家事や暮らしの中での作業を自動化するホームオートメーションの実現にむけた取り組みが始まりました。そして、1990年代の家電製品のデジタル化が進んだ時期には、メーカー主導のボトムアップ的なホームオートメーションが実現。2000年前後に一通りIEEE1394というネットワーク規格を基に、想定していた全アプリケーションが動くホームネットワークが完成しました。しかし、完成したもののビジネスとして成功したわけではありませんでした。提供できる価値が、結局リモコンと同じで人間の指示通りに動くというものだったからです。ネットワーク化されていることに価値を認めて、リモコンよりも遥かに高いコストを支払う消費者がほとんどいなかったわけです。

そして日本の家電メーカーは、システム自体を賢くして、先読みをし、気を利かせて人を支える能力を身に付けないと高度な技術を導入した価値を認めてもらえないことに気付きました。そうした折に、2005年には「Web2.0」という言葉が出てきました。クラウド上に膨大なデータを蓄積してそこから価値ある情報を「集合知」として抽出し、将来起きることを予測して価値創出に役立てるというコンセプトです。このコンセプトを導入すれば誰もが価値を認めるスマートホームを構築できると考えました。その時点では、高度なAIや利便性の高いクラウドシステムはまだ登場していませんでしたが、その後の技術の進歩によって実現したいことを可能にする素地が固まってきました。

――今だからこそ、目指すスマートホームが実現できるようになったのですね。お聞かせいただいたスマートホームの姿を具現化するためには、住宅や周辺環境から膨大なデータを収集する仕組みを整える必要がありそうです。

家の中の住人が、今、どのように感じているのか。スマートホーム化した住宅にも同じように感じてもらえるような仕組みが必要です。そこでは、住宅の内外に多様なセンサを数多く設置することがきわめて重要になります。先回りして対応すべきことなどを見出すための高度な情報処理は、基本的にはクラウド上で行うため、必ずしも各住宅に高性能なコンピュータを置く必要はありません。ただし、センサに関しては住人の側に設置する必要があります。住人に合わせて正しい判断に基づく対応をするための大前提となるのが、適切な量と質のデータを収集することだからです。

――現在思い描いている理想に近いスマートホームを実現するためには、どのようなセンサを、どの位の数、住宅に設置する必要があるのでしょうか。

私たちは実証実験棟を設置して、そこでスマートホームに関連した新しい技術や装置の機能・効果・信頼性などを検証しています。そこには温湿度センサだけで180個設置しています。しかし、理想的には平均的な住宅1軒当たり約1000個の多様なセンサを設置する必要があると感じています。

実証実験棟のイメージ画像
北陸先端科学技術大学院大学が立地する、いしかわサイエンスパーク内に建設された実証実験棟
実証実験棟に設置されたセンサ類のイメージ画像
実証実験棟に設置されたセンサ類

例えば、寝ている赤ちゃんの様子を見ながらお母さんが適切なタイミングで換気したり、タオルケットを掛けたりするのと同じようなケアを情報通信システムで行うためには、人間の五感で収集している情報と同等のものを収集する必要があります。具体的には温湿度や明るさ、ドアや窓の開閉、電源コンセントでの電流・電圧の変化、人の存在を検知するセンサに加え、住人の状態や動きを映像で察知するためのカメラも必要です。また現在の実証実験棟には設置されていませんが、室内の風の向きも重要な情報になります。例えば、体感温度には部屋の中の風の流れなども大きく影響します。住人が快適に感じられる状態に維持するためには、単に温度だけに注目してエアコンを制御するのではなく、多角的な情報を勘案して制御する必要があります。

まとめ:住人と住宅の新たな関係を目指して

住環境は住人の生活習慣や暮らしぶりに応じて変わっていきます。住宅の中の様子を見れば、住人の人となりを伺うことができるものです。逆に、住宅の間取りや設備が変わることで住人の生活も変わります。少子高齢化や働き方改革といった社会環境の変化によって、こうした住人と住宅の関係が変わりつつあります。新しい社会環境に住人が適応できるように、住宅が支援すべきことがこれまで以上に増えてくることでしょう。こうした求めに応えるのがスマートホームであると言えそうです。

後編では、理想的なスマートホームを実現するためにはいかなる技術が必要になるのか、また、その際に技術を開発・提供するサプライヤはどのような点に留意する必要があるのか、丹教授に伺います。

丹 康雄(たん やすお)氏

北陸先端科学技術大学院大学 副学長、教授、情報化統括責任者(CIO)、デジタル化支援センター長、遠隔教育研究イノベーションセンター長、情報環境・DX統括本部長、リスキル・リカレント教育センター長、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)スマートホーム部会 会長

撮影協力:国立研究開発法人 情報通信研究機構

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