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企業の実利的なメリットを与える働き方改革とは?(後編)――社員の健康課題にきめ細かく向き合うためのヘルステック活用法

前編では、リンクアンドコミュニケーションの佐々木由樹氏に、健康経営のメリットや課題、健康経営を取り入れる上で有効なヘルステックについて伺いました。後編では、具体的に企業が健康経営をどう推進すべきか、ヘルステックを活用した方法論に触れていきます。

部署や業務内容によって、従業員の健康課題はガラリと変わる。

ーー健康経営を始める上で、まずは対象となる企業や部署の“課題”を明確にすることが大切だと伺いました。

はい。これまでの健康経営は、いわば会社全体に一律で対策を呼びかけるものが多かったと思います。「1日の歩数を増やしましょう」「野菜を多めにとりましょう」と言われることも多いでしょう。しかし、従業員が健康になることを目的にしたとき、そもそも現状でどんな健康課題があるのか、従業員の健康状態がどんな状況かは、企業ごと、あるいは部署ごとでガラリと変わることが珍しくありません。例として、営業の部署は外食が多く栄養バランスが悪いものの、歩数は多い。一方、内勤の部署はバランスの取れた食生活でも歩数が少ないということもあります。課題が違えば、設定するKPIも変わります。だからこそ、まずは現状を把握して課題を見つけることが大切です。

健康経営の現状を見ると、対策を打つ企業は多いものの、事前の課題認知やアセスメント(評価)が弱いと感じます。その結果、KPIによる成果も見えにくくなります。

ーー現状の把握は、どう行えば良いのでしょうか。

前回お話ししたヘルステックの活用です。ヘルステックを健康になるための「方法」として使うケースは増えていますが、ヘルステックの特徴である心身の状態の“見える化”することは「課題」を探す部分にも使えます。

たとえば歩数や睡眠の状況は、腕時計のように着けるだけで測れるウェアラブルデバイスがあります。また、栄養バランスについては、日々の食事を簡易に入力するだけで計算するアプリがあります。

一例として、現在のヘルステックでは以下のように詳細なデータを分析できます。

 
栄養バランスに関する調査結果の例。日々の食事を簡易に入力することで、栄養素ごとのデータを取得できる。

歩数のグラフを見ても、発見があります。たとえばある組織(A)の場合、1日の歩数を見ると40代未満の男性は少なく、50代以上は平均が大幅に多くなりました。年齢が上がるほど歩数が少なくなると思いきや、逆に健康意識が高くなり積極的に歩くことを心がけているのかもしれません。むしろ40代未満の「健康無関心層」の課題が浮き彫りになります。

 

一方、別の組織では女性従業員の歩数が圧倒的に少ない結果となりました。

 

こうして、会社や部署、あるいは職種ごとにまずは今の状態を「見える化」します。そうして初めて、どんな対策が必要かわかるのです。

ーー栄養素のバランスまで分析できるので、よりリアルな課題が見つかりそうです。

メンタル面についても、身体の数値や睡眠の状態から推定する機器も増えています。現在、従業員50人以上の事業所ではストレスチェックが義務付けられていますが、これらはあくまでアンケート形式で、従業員の自己申告となります。すると「こう答えたらこう評価される」という学習効果が働き、本音が出にくくなる懸念もあります。特にネガティブな回答を避ける可能性が大きくなることもあるでしょう。しかし、数値に基づいた分析なら客観的に可視化できます。まずはこういったヘルステックを使い、現状の健康課題を読み解くべきです。

ーー課題を見つけた後は、その数値の改善を図るという流れでしょうか。

はい。ヘルステックは、途中経過が細かく分かります。従来のように、期間の最初と最後に数値を測るのと違い、毎日リアルタイムで観測できるものが多いですよね。加えて、産業医や管理者とデジタル上で結果を共有できるのも大きいメリットです。その数値を見ながら、課題の改善を図っていきます。

ちなみに、体重やBMI、栄養バランス、睡眠、歩数など、さまざまなデータの詳細が「見える化」されると、それぞれの数値や推移を組み合わせて分析できます。たとえば体重の増減があれば、その理由を他の数値から予測することができるでしょう。産業医や専門家は、よりパーソナライズした健康アドバイスを送りやすくなります。次の打つ手につながるのです。

ーー確かに、一方的な健康推進の働きかけではなく、個人の身体状況を細かく計測し、課題に適した対策を打てるのは大きいと思います。

健康経営の流れは「組織ごとに現状評価をする」→「それをもとに課題を明確にする」→「対策を打つ」→「KPIを測定する」→「結果から次の打ち手を考える」。このサイクルを回すことが必要なのではないでしょうか。

全社一斉ではなく、スモールスタートで「実績」をつくる。

ーー健康経営の進め方、方法論が理解できました。ちなみに今の話以外で、健康経営を企業が始めにくいケース、始める際の障壁となるものはありますか。

 

健康経営を始められない企業に多いのが、全社一斉に、すべての部署・従業員で行おうとする場合です。どうしても大規模なプロジェクトとなるので、コスト面や工数、反対意見が障壁になり動きにくくなります。あるいは、アプリを使ったヘルステックを取り入れる場合、スマホを持たない社員はどうするのか、といったような議論も出てきます。

ーーこういった問題についてはどのように対処すべきなのでしょうか。

全社で一斉に始めることにこだわらず、ある部署だけ、ある役職だけ始めるなど、スモールスタートも考えてみてください。先ほども話したように、ヘルステックで日々数値を観測すれば、改善の様子は比較的表れやすいと言えます。であれば、まずはテストとして小さな範囲で始めて、実際に数値が改善したら、その「実績」をもとに実行範囲を広げると良いでしょう。

健康経営が浸透している企業の多くは、スモールスタートから徐々に範囲を拡大しています。

ーーその場合、最初の対象となるグループはどう決めるのが良いのでしょうか。

ここは企業の風土や経営者の考えにもよるのですが、可能であればより結果の出やすそうな部署や役職、グループがいいと思います。例年行っている健康診断の数値を参考に、BMIが高い部署、肥満傾向の従業員が多いグループから始めてみるのも一つの手です。肥満による体重やBMIは改善しやすい傾向にあります。そういった人の多いグループを対象にスタートし、有効性を実証していくのが良いでしょう。

ーーもう一点、健康経営は本来の業務から離れた施策なだけに、いかに継続できるかもポイントになると思います。この点についてはどう考えていますか。

そうですね、時間の経過とともに取り組みへの意識も薄れがちです。その場合は、ヘルステックの「細かな経過を見られる」利点を使い、社内ランキングの作成や、改善度の高い従業員を表彰するなど、楽しめる要素を用意するのが良いでしょう。あるいは、ランキングも時間が経つにつれて飽きられてくる可能性があるので、数ヶ月に一回はイベントを行うなど、波を作ることが効果的です。細かな経過を観測でき、数値を共有できるヘルステックは、「継続性」を生み出す意味でも便利です。

同時に、日々の計測をなるべく容易に行えるよう工夫するのも必要です。従業員の負担がかからない健康経営の制度やルール作りを行うのが大切ではないでしょうか。

ーー最後に、健康経営の今後と、その中でヘルステックが担う役割について教えてください。

 

これまでは、企業が健康経営の「実施」に力を入れるフェーズでしたが、これからは具体的にどんな改善が行われたか、「結果」「アウトプット」を重視する段階に入ったと思います。経済産業省の「健康経営優良法人認定制度」も、今後はアウトプットに評価の軸足を置く方向で、2021年から改善した数値などの報告がマストになります。その中で、健康経営による成功事例は増えていくでしょう。

この流れにおいて、効果を「見える化」するヘルステックは重要です。公衆衛生学の観点から見ても、健康経営は集団の病気を予防するもので、全員がターゲットになります。1対1とは違い、大人数の健康を管理するからこそ、テクノロジーを使って、多くの人に満足いくサービスを提供する必要があります。健康経営をはじめ、人々の病気を予防する意味で、ヘルステックは大きなカギになるでしょう。

佐々木由樹(ささき・ゆき)

公衆衛生学修士(MPH)、管理栄養士。2003年、女子栄養大学 栄養学部卒業を卒業し、2005年に管理栄養士の育成・支援を行う株式会社創健ピーマップを設立。2014年には東京大学大学院 医学系研究科公共健康医学専攻を卒業。同年に株式会社リンクアンドコミュニケーションに入社し、事業開発マネージャーとなる。2019年には、同社が新設したCPHO(Chief Public Health Officer:最高公衆衛生責任者)に就任。公衆衛生学修士や管理栄養士としての専門性を活かし、ヘルステック開発や講演を行う。著書に『管理栄養士・栄養士のためのやさしく学べる!EBN入門 健康情報・栄養疫学の理解と実践に向けて』(講談社)がある。
https://www.linkncom.co.jp/

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