高速鉄道の省エネ技術とカーボンニュートラルのメインイメージ

高速鉄道の省エネ技術とカーボンニュートラル

鉄道は、他の旅客輸送機関に比べてエネルギー効率が高く、輸送量当たりのCO2排出量は乗用車の約1/7といわれています。特に長距離間の輸送においてその差は大きく、高速鉄道網は輸送インフラの省エネに大きく貢献しています。

従来、先進国の輸送インフラの一端を担ってきた高速鉄道網ですが、近年では新興国においても敷設にむけた動きがみられるようになりました。一方で、すでに高速鉄道網を実用化し、その技術を有している国では敷設を検討している国に対して、官民挙げての売り込みに取り組んでいます。その際、重要となる性能には、高速性・静粛性・安全性に加えてCO2削減によるカーボンニュートラル実現を視野に入れた環境性が求められています。

なお、以降「電気車両(電車)」を「鉄道車両」と表記します。

鉄道車両の環境性とエレクトロニクス技術

他の輸送手段に比べて環境性に優れる鉄道ですが、それでも多くの電力や燃料を消費していることは事実です。特に世界的な高速鉄道網の普及はCO2排出量の増加につながり、カーボンニュートラル達成への足かせとなるため、さらなる省エネ化が求められています。

鉄道の環境性の向上ポイントは駆動系の省電力化です。この実現には、(1)駆動系そのものの省電力化、(2)駆動系の小型・軽量化、(3)車両の軽量化が大きく貢献します。このうち(1)と(2)に関して、駆動系に使用する電力損失の少ないコンバータ・インバータの開発は、鉄道輸送に要するエネルギー負担を軽減してCO2排出量を削減するためには欠かすことができない取り組みであるといえます。そして、それらの開発には、高性能の半導体素子、低損失のコンデンサ(キャパシタ)とインダクタを採用することが重要になります。

駆動系の電力制御技術

鉄道車両の装備の中で、最も多くの電力を必要とするのは駆動モータです。鉄道車両の省エネ化には、この駆動モータの消費電力を抑え、効率化することが重要です。そこで、駆動モータを効率的に制御するために、インバータといわれる装置が装備されています。

インバータ制御とは

現在、多くの鉄道車両の電源は交流電流で供給され、直流電流に変換して使用されます。この交流電流を直流電流に変換する装置を「コンバータ」といいます。そして、交流モータや空調・照明装置など交流電源を必要とする機器は、「インバータ」といわれる装置で直流電流を交流電流に変換して使用します。

インバータは直流電流を交流電流に変換するばかりではなく、周波数や電圧を自在に制御することができます。これを「インバータ制御」といい、エアコンや電子レンジ、蛍光灯などの家電製品などでも幅広く活用されています。そして、大電力を必要とする鉄道車両においてインバータ制御の精度と効率は、エネルギー消費量を左右する大きな技術要素となっています。

インバータ制御の進化

鉄道車両のインバータ制御は1980年代から実用化されています。当初は「PWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)インバータ」といわれる、直流電圧をスイッチングにより矩形波(パルス)に変え、一定周期ごとにパルス幅を変化させることで、出力電圧を変化させる方法が採用されていました。主回路素子には一部にサイリスタ*1が用いられていましたが、その後、GTO(Gate Turn-Off)サイリスタ*2が主流になりました。

1990年代半ばになると、GTOサイリスタに比べ、低損失・高い周波数でのスイッチングが可能なIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor:絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)*3が使用されるようになり、効率と電圧制御の精度が高まるようになりました。また、駆動回路や保護回路とIGBTを一体化したIPM(Intelligent Power Module)は、性能や機能・信頼性の向上を実現しており、インバータを発展させる技術として実用化されています。

*1:スイッチ動作をする半導体素子の一種(図1)。ゲート-カソード間に電圧を印加し電流を流すことで、アノード-カソード間が非導通の状態(オフ状態)から導通の状態(オン状態)になる特性をもつ。これをターンオン(点弧)という。なお、スイッチ動作をさせるため、オン状態からオフ状態-ターンオフ(消弧)にするには、そのための素子や回路が別で必要になる。

サイリスタの記号と模式図
図1 サイリスタの記号と模式図

*2:上記*1のサイリスタではできなかったターンオフが可能なサイリスタで、そのために別でゲート回路が必要になる。ただしターンオフになる時間が遅いこと、またゲートに流す電流が出力電流の10%以上になることもあり、電力損失が大きいという短所がある。 

*3:入力部にMOSFET構造、出力部にバイポーラトランジスタ構造を採用した大電力対応の半導体素子(図2)。GTOサイリスタに比べて出力電流に対するゲート電流の比は小さく低損失である。またスイッチング周波数は人の可聴外にあるため、GTOサイリスタを採用していた場合に比べ騒音は小さい。

IGBTの等価回路の図
図2 IGBTの等価回路

鉄道車両における駆動モータのインバータ制御

鉄道車両の交流モータ(駆動用交流電動機)は、パワーエレクトロニクス技術の、特にインバータの進化により実用が可能になりました。インバータを用いることで、直流モータに比べ重量/出力の比に優れ、従来の抵抗制御で採用していた抵抗器による損失がなくなることから、全体の損失を大幅に低減できました。交流モータとしては、同期モータと誘導モータが使用されており、このうちVVVF(Variable Voltage Variable Frequency:可変電圧可変周波数)インバータ*4制御方式を用いた交流誘導モータが堅牢かつ扱いやすさに優れているため広く使われています。また、高耐圧が進み、電源の大容量化に貢献するIGBTやIPMの導入と3レベルインバータ方式*5を採用することで、交流誘導モータは電子機器の誤作動につながる磁気ノイズや高調波の低減、経済性の向上が図られています。

*4:PWMインバータと同様の原理で直流電流を交流電流に変換するともに、周波数と電圧を変化させて交流電動機の回転を制御する。VVVFインバータ制御では、高速で高精度なスイッチングにより電圧を変化させることができ、周期的に出力方向を反転させることで擬似的に交流電流の正弦波を作り出すことが可能(図3)。 

*5:正弦波に近い波形が出力できるインバータ。2レベルインバータ方式(図3)に対し、スイッチング損失を大幅に低減することができる。また、出力波形を正弦波化するためのローパスフィルタの小型化が可能。

各インバータ方式におけるPWMの波形グラフ
図3 各インバータ方式におけるPWMの波形

インバータ制御回路の電子部品に求められる性能とは

現在、インバータに使用される半導体素子の素材は、より大きな耐圧とスイッチングの高速化を実現するために、シリコン(Si)からシリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)に移行しつつあります。しかし、スイッチングが高速化すると発熱量も大きくなり、インバータを構成する各回路に使用する電子部品にも高い耐熱性が求められます。

インバータは半導体素子だけでなく、整流回路やサイリスタを動作させるための転流回路、リンギングの原因となる寄生インダクタンスやサージ電圧によるノイズを抑制するスナバ回路などで構成されており、これらの回路にはコンデンサや抵抗・インダクタなどが使用されています。

電子部品の耐熱性が低いと冷却装置が必要となり、部品の耐熱性が低いほど冷却装置が大型化・複雑化する傾向にあります。そして、冷却装置の設置や大型化は車両重量の増加につながり、余計な電力消費の原因になります。

したがって、インバータを耐熱性に優れた電子部品で構成することは、車両の軽量化と電力消費の抑制には欠かせません。さらに、振動による基板のたわみへの対応、インパルス電圧に対する耐性など、厳しい使用環境下でも正常に動作できる信頼性が求められます。

高速鉄道の省エネ技術とカーボンニュートラル

世界的に高速鉄道の敷設が進む中、アメリカのカリフォルニア州ではロサンゼルスとサンフランシスコ間を結ぶ高速鉄道プロジェクト(2033年開業予定)が約773億ドル*6、イギリスの大都市間を結ぶHS2(High Speed Two)プロジェクトにも巨額の予算が計上され、物議を醸しだしております。

これらのプロジェクトに国家を挙げて巨額の費用が投じられるのは、鉄道輸送の環境性が他の輸送手段に比べて高いためであり、困難であるといわれるカーボンニュートラルの目標達成に対する切り札として注目されている裏付けでもあります。
さらにこの潮流は発展途上国において導入される鉄道網においても同様であり、その中でエレクトロニクス技術がもたらす省エネ化による排出CO2削減効果に、ますます注目が集まることは間違いありません。

*6:出典:「日本と米国の高速鉄道投資の比較」(財務省)

高速鉄道の省エネ技術とカーボンニュートラルのイメージ画像

関連記事