ブランドプロテクション前編イメージ

テクノロジーが“ブランド”を作り、育て、守る時代。 ――すべての企業にとって必須になる「ブランド戦略」の基本とは?(前編)

「ブランド戦略」と聞くと、多くの企業は「自分たちの会社は高級品を扱っていないので、関係がないのでは」と感じるかもしれません。でも、そこには大きな誤解があります。生活者との関係を築く過程で、自社や自社製品に思い入れを持ってもらい、その信頼自体を「付加価値」にするのがブランド戦略。より高い利益を生み出すため、あらゆる業種にとって重要な経営課題になっているのです。

戦略的にブランディングに取り組む必要性や、築いたブランドの価値を守る「ブランドプロテクション」の方策、テクノロジーを活用したそれらの基本的な進め方について、アパレル業界に精通する経営コンサルタントの福田 稔氏に聞きました。

ブランドには3種類の領域がある

--あらゆる企業にとって、自社や製品、サービスについての「ブランド戦略」は、いまや経営における重要なテーマの一つとなったと言われています。現在の日本企業におけるブランド戦略について、福田さんの考えをお聞かせください。

企業にとって、ブランドとは無形の「資産」であり、それによって、企業が利益を高めていくことができるという認識は、常識になりつつあるのではないでしょうか。しかし、それでも日本企業の経営における「ブランド戦略」の優先度は、まだまだ低い印象があります。

 

福田 稔(ふくだ・みのる)

慶應義塾大学商学部卒、欧州IESEビジネススクール経営学修士(MBA)、米国ノースウェスタン大学ケロッグビジネススクールMBA exchange program修了。電通国際情報サービスにてシステムデザインやソフトウェア企画業務に従事した後、欧州系のコンサルティング会社、ローランド・ベルガーに参画。アパレル、ラグジュアリー、化粧品、小売り、食品・飲料、インターネットサービスなどのライフスタイル領域を中心に、成長戦略、デジタル戦略、グローバル戦略、ビジョン策定など、さまざまなコンサルティングを手がけ、多くの成功実績を持つ。東京オフィスの消費財・流通プラクティスのリーダーを務める。

--ブランド戦略の重要性が認識されながらも、いまだ優先度が低くなっている理由とは?

製造業に関して言えば、日本は長らく、QCD(Quality 、Cost、Delivery)をベースにした「ものづくり」によって、グローバル市場で競争力を発揮できていました。その期間が長かったことで、かえって「品質が良いものを適正コストで多く売ること」が、戦略的なブランディングよりも重要だと捉えられている傾向はあると思います。

ブランドについてしっかりと考え、それを経営戦略の一部として実践していくことで、現状よりも利益率を改善できる企業は、国内にまだまだ多くあるのではないでしょうか。

--ファッションや宝飾品といった、いわゆる「高級な嗜好品」という意味でのブランドだけではなく、これからの時代、どんな商品を扱う企業にとってもブランド戦略は有効かと思われます。

まさにそうです。一般的に「ブランド戦略」と言う場合、商品やサービスの価格帯によって「ラグジュアリーブランド」「プレミアムブランド」「マスブランド」といった区分けがなされますが、それぞれの領域で、採るべき戦略はまったく変わります。

  

最も高級なのは「ラグジュアリーブランド」ですが、このエリアで商品の付加価値となるのは「独自性」です。デザイナーや開発者のクリエイティビティがその源泉となっていて、生活者がそれに共感し、価値を認めれば商品を高く販売できます。クリエイティビティに対して投資し、その価値を高めていくことがラグジュアリーブランドにおける戦略になります。

一方で「プレミアムブランド」と「マスブランド」における戦略は、「生活者が求めているものを提供する」というマーケットイン(※1)の考え方が基本です。マーケティングの基本要素となるSTP(Segmentation、Targeting、Positioning)を考えたブランディングを行うことが重要になります。

※1 マーケットイン

生活者など“買い手”の立場に立ち、彼らが必要としているものを市場(マーケット)へ投入しようとする、製造や研究開発における方針。反対語は、“作り手”の立場に立ち、技術や製造設備の都合から開発した製品を市場へ投入する「プロダクトアウト」。

--プレミアムブランドは、ラグジュアリーとマスの中間的な性格を持つという理解で良いでしょうか?

ええ。プレミアムブランドとは、価格帯で言えばラグジュアリーよりも手が届きやすいのと同時に、マスよりは高価なエリアで、「高級感」や「商品への思い入れ」が付加価値となるゾーンです。その点で、STPの中でも「P」にあたるポジショニングが最も重要になります。

--それでは、プレミアムブランド戦略に成功した企業には、どのような事例がありますか。

有名なのは、日本の自動車メーカーの米国における高級車ブランドの例でしょう。このメーカーは1980年代に米国で大衆車として大成功を収めていました。一方、その頃、米国で高級車と言えば、重厚で威厳のあるデザインであることが重要で、クルマとしての品質や車内の快適性は、あまり重要視されていませんでした。

そこで市場調査を行い、そこに参入の余地があると考えました。欧州の高級車が持つような品質に、自分たちが得意とする経済性や信頼性を掛け合わせて「プレミアムブランド」としたのです。従来のような「品質は良いが大衆向け」というイメージをあえて使わず、高級車ブランドとして育てていこうとしたのです。

広告も巧みでした。車体の上にシャンパンタワーを載せ、それを倒さずに高速で走るという有名なCMがあるのですが、こうした「制振性」や「静粛性」を印象づける戦略は、ターゲットとしていた若年富裕層の好みにもマッチしました。日本企業がマーケットインによるプレミアムブランド作りを北米で成功させた希有な事例だと思います。

デジタル化によって高まる、ブランド毀損の危険性

--企業にとって、こうしたブランド戦略が重要となる中、特に製造業では非正規の流通経路によるブランド価値の毀損(きそん)リスクも無視できないものになっています。こうした“グレーマーケット”(※2)の状況について教えてください。

※2  グレーマーケット

合法的な流通チャネルを通じているものの、元の製造メーカーとは関係がない存在によって流通網の外で販売される商品の取引。模倣品や偽造品などの違法商品を取引する「ブラックマーケット」と区別するための用語とされている。

インターネットの普及と社会全体のデジタル化は、グレーマーケットのあり方を大きく変えました。インターネットの普及以前、非正規の流通ルートは非常に限られていましたが、ネットを通じたeコマースの発展に合わせて、一見しただけでは正規の流通ルートなのか、グレーな流通ルートなのかが分かりづらい商品が、生活者の手にすぐ届くかたちで流通するようになりました。

 

eコマースには地理的な制約もないことから、グレーマーケット全体はグローバルで拡大を続けています。グローバルと比較した場合に、かつてはこうしたグレーマーケットへの日本の生活者の許容度は低いほうでした。しかし、ネットの普及で相対的に許容度が上がり、グレーな商品を受け入れやすくなっているようです。特に若い世代を中心に、そうした傾向が見られます。

--ブランド戦略を考えるにあたり、テクノロジーの進歩によるマーケットの変化や、生活者の意識を捉えていくことも重要になっているのですね。

そうですね。変化が急速な時代だからこそ、あらためて基本となるSTPに立ち返って、自分たちが訴求したいブランドの訴求価値を上げていくためにどうすればいいかを考える必要が出てきていると思います。

製品そのものだけでなく、テクノロジーによって多様化していく流通の姿や、コミュニケーションチャネルの変化も見据えながら、自分たちが守りたいブランドの世界観を、生活者にしっかりと伝えるための戦略を立てることが、これまで以上に重要です。

--テクノロジーによって市場のあり方や生活者の意識が変化した現代、一般の企業が考えるべきブランド戦略とは、いったいどのようなものでしょうか?

デジタル化が、ブランドと生活者の関係性に与えた最大の変化は、「直接つながることが容易になった」という点です。かつて、生活者がブランドと接触する機会は非常に限られていました。店頭で商品を見かけたり、購入した商品を使ったりするときくらいしか、ブランドを意識する機会はなかったのです。

現在は、企業がネット上にブランド商品の直販サイトを立ち上げることもできますし、eコマースサイトや企業Webサイト、ブログ、SNS、メール、アプリなど、多種多様なデジタル媒体を通じて、頻繁かつ即時的に、生活者との接点が生まれます。これによって、ブランドとの距離感が縮まり、エンゲージメントを高めやすい環境ができています。

無論、メリットばかりではありません。ブランドと生活者の接触は、企業側のコントロールが及ばない間接的な媒体、つまりコマースサイトでのコメント、個人のブログサイトやSNS上の発言などを通じても行われるようになっています。

デジタル化は、ブランドと生活者の関係を強める強力なツールとなる一方、繊細にマネジメントを行わないと、一気にブランド価値を損なうリスクもはらんでいます。チャネルマネジメントや、グレーマーケットのコントロールも、その文脈の延長上で慎重に行っていくことが重要になっています。

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