タイミングデバイス(水晶振動子/セラミック発振子)
製品技術紹介
スマートフォンや家電製品など暮らしを支えるあらゆる電子機器には、電子回路が組込まれています。電子回路には、「タイミングデバイス」という部品が搭載されているのをご存知でしょうか。これは電子回路を正常に動作させるために「クロック」という一定間隔の信号をつくり出すもので、いわば電子機器の“心臓部”とも呼ぶべき存在です。
生成AIをはじめテクノロジーが急速に進化する現在、より高速かつ高精度な通信が求められています。村田製作所(以下、ムラタ)は高周波かつ、「ジッタ」と呼ばれるクロック信号の間隔のずれを極限まで抑えたタイミングデバイスを開発し、その技術確立に成功しました。現在の最先端製品と比べて6倍の性能を誇るムラタのタイミングデバイスは社会にどう貢献するのか。事業の担当者である野村氏に聞きました。
――はじめに、タイミングデバイスとはどのようなものか教えてください。
野村:分かりやすく言えば“時計のもと”です。時計は、「チクタク」という規則正しいリズムを刻んでいますよね。タイミングデバイスにおける「チクタク」はクロックという信号で、タイミングデバイスは発振回路と組み合わせて、電子回路の基準となるこのクロック信号を生み出し、電子回路を正常に動かす役割を担っています。演奏する際にメトロノームが刻むリズムを基準にするように、ほぼすべての電子機器は、タイミングデバイスがつくり出す一定のリズムをもとに動作します。
スマートフォンやPC、家電製品、自動車など身の回りにある多くの電子機器には必ずと言っていいほど、ICチップが搭載されています。ICが“脳”、クロックが“血液”、タイミングデバイスが“心臓”だとイメージしていただければ分かりやすいかと思います。心臓が一定のリズムで血液を送り出し、その血液があるから脳が機能するように、タイミングデバイス(心臓)がクロック(血液)を供給することでICチップ(脳)が正しく機能し、電子機器は動作します。
――ムラタのタイミングデバイス開発の歴史についても聞かせてください。
野村:当初は市場ニーズの観点から、創業当時から材料技術に強みを持っていたセラミックスを使っていました。セラミックスはコンパクトながら壊れにくく、十分な性能も持っています。ただ、PCなどが台頭してくると、より高い周波数や高い周波数安定度に対応できる水晶振動子が求められるようになりました。
そこで、2009年頃から東京電波株式会社(現・株式会社岩手村田製作所)とともに水晶を用いたタイミングデバイスの開発を本格的に始めたのです。東京電波は水晶振動子の開発・製造に卓越した技術を持っており、人工水晶を生産するノウハウを蓄積していました。同社と提携したからこそ水晶を用いたタイミングデバイスをスムーズに開発できたと思います。
――今回確立した新技術はどのような点がすぐれているのでしょうか。
野村:「超高周波・低ジッタ水晶振動子」とも呼ぶべきもので、名前のとおり通信の際に周波数を高めるとともに、「ジッタ」を非常に小さくしたことが特徴です。周波数を高めることで、同じ時間内で多くの処理が可能になるので、高性能な電子機器の実現に貢献します。
ジッタとは一定間隔でリズムを刻むはずのクロックに生じる“ずれ”のことを意味します。専門用語で「揺らぎ」、英語では「Jitter」(ジッタ)と言います。ジッタが大きいと、信号を正しいタイミングで読み取る余裕が小さくなり、通信品質の劣化やエラー、結果として遅延・ラグの要因となる場合があります。
駅の改札をイメージしてみてください。乗客がきれいに整列していれば、スムーズに通れますよね。急いでいる場合は乗客全員がダッシュして通ればいいわけですが、ちょっとしたずれが生じると混乱して通るのが遅くなる――ということが想像できます。
今回の技術はこのジッタがとても小さいため、より高い周波数でも、すなわち全員がより速いスピードでダッシュしても、スムーズに改札を通れるものと言えます。
――性能はどれぐらい向上したのでしょうか。
野村:現在流通している最先端のタイミングデバイスと比べて、ジッタ成分において6倍の性能を提供できます。分かりやすくお伝えするために、クロックと周波数の関係からお話しします。
たとえば、光通信を用いたデータセンターでは、データを高速に送受信するために、100GHz級、あるいはそれ以上の高速信号処理・クロック生成が求められる領域に入りつつあります。ただ、システム全体の基準となる、タイミングデバイスが生み出すクロック(リファレンスクロックと呼ぶ)自体は、それよりずっと周波数が低いです。そこで使われるのが、「PLL」という回路です。
PLLは、タイミングデバイスがつくった基準のリズムを何倍にも高め、実際の通信に必要な高速なリズムをつくります。ただし、もとのタイミングデバイスのクロックのずれ、つまりジッタが周波数を高める過程でそのずれも大きくなってしまいます。そのため、高速な通信クロックをつくるには、タイミングデバイス自体のジッタを小さくすることに加えて、PLLで引き上げる倍率をできるだけ小さくすることが重要です。
たとえば、100GHz級の通信クロックを得る場合、最先端のタイミングデバイスでは周波数が625MHzのため、PLLで約160倍に引き上げる必要があります。
一方、ムラタが今回確立した技術では、タイミングデバイス自体の周波数を1.25GHzまで高めています。そのため、100GHz級の通信クロックを得るためのPLL倍率を約80倍に抑えることができます。
ここで注目すべきはジッタの小ささがどのように影響するかという点です。最先端の625MHzタイミングデバイスでは、ジッタは15fs*1程度です。100GHz級の通信クロックを得ようとした場合、前述のとおり、約160倍に引き上げられるため、ジッタ成分は15×160で、2400fs相当になります。
対して、ムラタのタイミングデバイスの新技術では、ジッタは5fsと非常に小さいです。同じ考え方で計算すると、出力側のジッタ成分は5×80で400fs相当になります。
つまり、ムラタの新技術は、「もとの周波数を高くする」ことと、「もとのジッタを小さくする」ことの両方によって、出力側のジッタを一般的なタイミングデバイスの6分の1に抑えられます。言い換えると、今回の比較条件では、最先端のタイミングデバイスの6倍の性能を持っている、ということになります。
*1 fs(フェムト秒)=10−15秒、すなわち1000兆分の1秒
――タイミングデバイス自体の周波数を高めつつジッタを小さくしたとのことですが、どのように実現できたのでしょうか。
野村:水晶振動子の性能を引き出すには、まずは純度の高い人工水晶を用いることが欠かせません。共に開発を進めてきた東京電波が持つ人工水晶育成のノウハウを活かして、不純物がきわめて少ない人工水晶を育てています。
合わせて、水晶を加工する技術も肝要です。水晶は薄くスライスするほど高い周波数で振動できるようになります。ムラタは他の製品領域においてこの加工の技術を培ってきており、水晶のスライスにも同様の技術を応用できました。ムラタはさまざまな製品を手がけているので、このように他の領域で育ててきた技術を水晶加工のプロセスにも役立てることができています。多様な技術者が社内にいるムラタだからこそ、実現できたことだと思っています。
また、水晶振動子をパッケージする際にも独自の技術を用いています。パーティクルという微細なごみや異物がパッケージに入り込んだ状態で水晶振動子が発振すると、動作に支障が出てジッタが拡大する、あるいは発振自体しなくなりスマートフォンなら電源が入らない、といった事態に陥ることもあります。ムラタでは製造段階でパッケージ内部に存在するパーティクルを検知する技術により、クオリティが担保されたタイミングデバイスの提供を可能にしています。こうしたパッケージの“きれいさ”も、ムラタが持つ優位性だと言えます。
こうした材料技術と加工技術により生まれた水晶を実際の振動子として製造するにあたり、ムラタでは生産設備も自社で内製しています。垂直統合型の一貫した製造体制が、すぐれたタイミングデバイスの開発を支えていると感じています。
――このような技術を生み出すには、相当の苦労があったと察します。「超高周波・低ジッタ」水晶振動子の技術を確立させるモチベーションは何でしたか。
野村:こうした技術への期待の高さがうかがえたからです。2021~2022年頃は、いわゆる6Gに対する機運が高まっていて、“高速通信”への需要がどんどん拡大していた時期でした。海外のあるお客さまとの電話での打ち合わせにおいて、今回の技術による測定データを示したところ、「えっ! そんなすごい技術があるの!?」という返答をいただき、超高周波・低ジッタ水晶振動子の価値が見出された瞬間だと個人的に感じました。
ただ、技術確立自体はゴールではなくて、製品化して世の中を素晴らしくすることが目的なので、そういう意味では今でも苦労の真っ最中です。ようやくスタート地点に立てたという思いです。
開発過程では、一緒に仕事をする皆さんに「なぜこの技術が素晴らしいのか」ということを納得してもらい、共感を得ることの大切さをあらためて感じました。技術確立は性能向上のためだけではなく、いかに製品化するか、どのように品質を担保しつつ効率よく生産するかなどを多角的に考えて、試しながら進めていく必要があります。そんな中で、私だけでなく共に働く方々にも「私たちの仕事がお客さまの役に立つんだ、世の中を変えるんだ」と感じてもらうことは非常に重要なことだと思っています。
――今回の技術を製品化した際に、どのような用途での活用を見据えていますか。
野村:やはり最初は光通信を用いたデータセンターと、6G基地局通信において使っていただきたいと思っています。総務省が発行する「令和7年版情報通信白書」*2によると、世界のデータセンター市場規模は今後も上昇を続けます。2029年には、2019年比2.1倍の6241億ドルにまで拡大する見込みです。
データセンターでは、「光モジュール」と呼ばれる部品を使って、サーバーやネットワーク機器の間で大量のデータを高速にやり取りしています。最先端のデータセンターむけ光モジュールでは、1モジュールあたり1.6Tbps(テラビット/秒)級の製品化や導入にむけた動きが進んでいます。さらに、その2倍にあたる3.2Tbps級の光モジュールについても、2028年前後以降に実用化・商用化が進むとみています。そのタイミングに合わせて採用していただければうれしいですね。
さらに、私たちはその先の6.4Tbpsを誇る次々世代の光モジュールへの対応も視野に入れています。現在の技術水準であれば、射程圏内だと考えています。
これからAIの活用がさらに広がれば、データセンターで扱うデータ量や演算量も増えていきます。そのため、データセンター内の通信を高速・大容量化するとともに、サーバー内部でも、IC同士やボード間でデータをより高速かつ安定してやり取りできるようにする必要があります。このようなAI社会でカギを握るのは、間違いなくタイミングデバイスです。ムラタとしては、市場シェアをすべて取るくらいの価値を提供できなければならないという覚悟です。
――タイミングデバイス活用の展望はありますか。
野村:10年後になるか20年後になるかは不明ですが、スマートフォンもPCも、あらゆる通信デバイスが今回確立した技術をベースに成り立っている世の中を目指します。
これからますます、こうした通信デバイスによって、人と人とのつながりは拡大していくのではないでしょうか。だからこそ、タイミングデバイスがそうした結びつきをもっと広く強くしていくことに役立てられると思います。いち開発者として、時間や空間、言葉に縛られずに、誰もが世界中の多くの人々と出会い、輪を広げていく世界の実現に貢献したいです。
記事監修
株式会社村田製作所 機能デバイス事業部
村田製作所の機能デバイス事業部は、センサやサーミスタ、タイミングデバイスなど、多様な電子機器の高性能化や安定動作を支える製品を開発・提供しています。本記事の内容については、同部門が監修しています。