サプライチェーンマネジメント前編イメージ

サプライチェーンは管理ツールを超え、企業戦略の要になる。 ――先端技術が実現する次世代SCMで「戦略物流思考」を磨くには?(前編)

材料調達から、製造、物流、販売といった、商品が生活者の手に届くまでの一連の流れを可視化し、管理する手法であるサプライチェーンマネジメント(SCM)。1990年代に業務のシステム化の潮流の中で注目されたSCMが、社会全体のデジタル化の進展や、ネットを活用する生活者のニーズの変化などを背景に「企業が競争力を高めるための取り組み」として、再び脚光を浴びています。競合に勝ち、市場で生き残るための「強いSCM」を作り上げるために必要な要件は何でしょうか。また、SCMのメリットを最大化するために、どのような技術が活用できるのでしょう。さまざまな企業におけるSCMに向けた取り組みに明るく、特に「物流」分野のエキスパートである戦略物流専門家、角井亮一氏に話を聞きました。

競合他社に対する優位性を生む、強いサプライチェーン構築。

ーー「SCM」という考え方が知られるようになり、すでにかなりの年月が経っているため、多くの企業では今、何らかのかたちでSCMの取り組みが行われていると思います。角井さんから見て、現在の企業におけるSCMの導入状況、活用状況に関する印象をお聞かせください。

私が初めて「SCM」について触れたのは、米国でMBA課程にいたときです。最初の感想は「米国流に『かんばん方式(※1)』をアレンジしたものだな」というものでした。

ご存じの通り、日本発で世界に広まった豊田喜一郎氏(トヨタ自動車創業者)の“かんばん方式”は「製造部品の必要量を可視化して『必要なものを、必要なときに、必要なだけ』作れるようにすることで、適正な在庫を保つための生産管理手法」です。つまり、SCMは経営手法の一部と位置づけられます。

注1:かんばん方式

製造現場の組み立て工程にある各部品箱に「いつ、どこで、何が、どれだけ使われたか」を記したカード(かんばん)を付け、部品を1つ使うごとに、かんばんを外す。かんばんは定期的に回収され、それに応じて工場が部品をつくることでムダをなくすという生産方式。トヨタ自動車が特許を取得している。

 

角井亮一(かくい・りょういち)

1968年大阪生まれ。上智大学経済学部経済学科の単位取得を3年で修了し、渡米。米ゴールデンゲート大学でMBAを取得する。帰国後の1993年に船井総合研究所に入社し、小売業へのコンサルティングを行う。その後、光輝物流に入社し、物流コンサルティングや物流アウトソーシングを展開。2000年にイー・ロジットを設立し、代表取締役に就任。チーフコンサルタントを務めている。著書『ニトリ、アマゾン、ZARA……すごい物流戦略』(PHPビジネス新書)、『アマゾンと物流大戦争』(NHK出版新書)、『オムニチャネル戦略』(日経文庫)、『すごい物流戦略』(PHP新書)、『アマゾンと物流大戦争』(NHK出版)など多数。

https://www.e-logit.com/

日本では1990年代以降、業務のシステム化と合わせて、SCMのためのシステムやパッケージの導入が進みました。特に生産管理の領域で、これまではシーズン単位で行っていた生産計画を、月単位、週単位と早めていくことで、その精度を上げ、在庫コストを下げていこうとする取り組みが主でした。

一般的なSCMのパッケージには、需要予測、生産計画、調達計画、販売計画などを行う「計画系」の機能と、受注管理、物流管理、顧客管理などを行う「実行系」の機能が含まれていますが、前者の計画系に関しては、なかなか日本企業にフィットしませんでした。2000年代に入ってからは、日本でも多くのSCMプロジェクトが立ち上がりましたが、その後は頓挫してしまったケースもよく耳にしました。

ーー日本でSCMプロジェクトを定着させることが難しいのは、いったいどうしてですか。

本来なら、「企業戦略にひも付いた経営手法」であるはずのSCMを、製造や販売、物流といった現場の「管理ツール」としてしか捉えられていないというのが最大の原因ではないでしょうか。それに、企業の動きがトップダウンで徹底される欧米型の企業と比べ、日本では現場からのボトムアップが強い。こうした文化の違いも一因ではないかと思います。

経営戦略と結びつかない、単なる現場管理のためのツールとしてSCMを導入しようとするならば、本来はベストプラクティス(最善慣行、最良慣行)が含まれるSCMのパッケージであっても、「現場で行われてきた業務に合わせてカスタマイズすべき」という意見が力を持ちます。結果的に、大規模なカスタマイズに膨大なコストを費やし、成果を出すまでに至らなかったケースも多い印象です。

ーーそのような失敗の一方で、現在、国内外の市場で大きな競争力を持っている企業は、SCMが効果的に機能しているように見えます。市場や技術の変化によってSCMに対する企業の捉え方は変わってきているのではないでしょうか。

確かに、情報チャネルや販売チャネルとしてのインターネットが一般的なものになり、企業戦略としてサプライチェーンを捉える重要性は、以前よりも広く認知されるようになったと思います。

グローバル規模で競争が激化している現在、強いサプライチェーンを構築できている企業は、確実に競争力を高めています。サプライチェーンは、企業の外側からは、なかなか見ることができない、モノや情報の動きの連鎖です。そのため、一度強力なサプライチェーンを作ってしまうと、競合他社はなかなか追いつけなくなってしまいます。

 

また、近年では企業の「オムニチャネル」対応への関心が高まっています。オムニチャネルとは、「店舗やネットストアなどのあらゆるチャネルで得られる価格情報、在庫情報が統合され、どのチャネルで商品を購入しても、個人の履歴としてひとつにまとめられるような仕組み」を指します。こうした仕組みを実現するためには、サプライチェーン、特に「ロジスティクス」(物流)を意識した戦略づくりが不可欠になってきます。

物流を戦略と捉え、自社の企業戦略に合った仕組みを構築する。

ーー角井さんは著書の中で、特にロジスティクスの領域で、企業のマインドセットを「物流思考」から「戦略物流思考」へ転換することが必要だと述べられています。この戦略物流思考とは、どのようなものですか。

業績が伸びている強い企業と、そうでない企業とを比べた際、「物流を企業戦略と捉えられているかどうか」が、その違いを生む大きな要因になっていると私は考えています。

端的に言えば、旧来の物流思考は、サプライチェーンにおける物流の機能を「コスト」の観点でのみ捉え、ひたすらコストダウンを図っていこうとする考え方です。一方の戦略物流思考では、物流を戦略と捉え、自社の企業戦略に合った物流の仕組みを組み立てていこうと考えます。

ーー「企業戦略に合わせて物流を組み立てる」とは、どういったことを指すのでしょうか。

物流思考に基づいたロジスティクスは、「いかに安くモノを動かすか」という観点で考えますから、基本的には企業によって違いは出ません。一方、戦略物流思考では、それぞれの企業の経営戦略に基づいて、求められる要件が変わってきます。つまり、ロジスティクス自体が差別化の要因になり得ます。

例えば、ある大手コンビニエンスストアチェーンでは、新規出店の計画に対して、物流部門が拒否権を持っています。物流部門では、出店計画の上位にある経営戦略と、その地域での生産拠点、物流センターの状況などを照らし合わせ、戦略に合った物流体制を確保できると判断すれば、出店を認めるわけです。これは、物流が企業戦略の一部になっている分かりやすい例ではないでしょうか。

別の例ですが、あるラグジュアリーブランドのメーカーは、商品を購入者に届ける際、ブラックスーツとネクタイを着用し、高級なハイヤーで配送先を訪問する宅配員を採用しています。生活者への「宅配」も物流の一環ですが、このメーカーの物流戦略は、経営戦略の一部である「ブランド戦略」とも密接に結びついています。

こうした例からも分かるとおり、本来、企業の経営戦略によって、物流を含むサプライチェーンのあり方も変わっていくべきなのです。

ーー具体的な取り組み方法を教えていただけますか。

私が提唱しているのは、戦略物流思考でロジスティクスを考える際に利用できる「4Cフレームワーク」です。「4C」とは、「Convenience(利便性、価値提供)」「Constraint of time(時間、リードタイム)」、「Combination of method(手段の組み合わせ)」、「Cost(コスト)」を表しています。

 

これらの要素を総合的に考えていくことで、自社の経営戦略と結びついた物流のあり方が見えてくるのではないかと思います。それに合わせて、最もふさわしい手段やシステムを選択することで、より競争力のあるサプライチェーンを作っていくことができるのではないでしょうか。

ーー近年では、RFIDに加えて、クラウド、AI、データサイエンス、ブロックチェーンといった新たな技術が、社会や産業のあり方を変えていくと期待されています。SCMやロジスティクスの観点から、これらの中で特に注目している技術はありますか。

アメリカや中国といったテクノロジー先進国では、データサイエンスやブロックチェーンのような最新の技術に明るいエキスパートが、その知見をロジスティクスに生かすことが本格的に始まっています。日本でも、最新のテクノロジーやサイエンスの知見を産業分野に応用する研究が徐々に立ち上がってきました。新たな技術の力を理解して、積極的に活用したいと考える経営者が増えると、産業界も大きく変わっていくのではないでしょうか。

関連リンク

関連製品

関連記事