医療・自動車など超音波センサの利用シーンを拡大する「超音波透過メタマテリアル」のメインイメージ

CEATEC 2023

医療・自動車など超音波センサの利用シーンを拡大する「超音波透過メタマテリアル」

毎年欠かさず健康診断する人であっても、脳を定期的に検査している人は少ないのではないでしょうか。脳の様子を直接みられるCTスキャンや核磁気共鳴映像法(MRI)は大型で高価な装置であり、安全に扱うためには医学以外の高度な専門性が欠かせません。このため、大きな医療機関でしか受けることができないのが現状です。

村田製作所(以下、ムラタ)では、頭蓋骨の中にある脳の様子を、お腹の中の胎児の様子を知るために利用している超音波エコー検査で検査できる可能性を秘めた技術を開発しました。「超音波透過メタリアル」と呼ぶ独自構造のシートを頭皮の表面に貼り付けることで、頭蓋骨を透過して超音波を届けられるようになる可能性があります。これが実現できれば、より多くの医療機関で気軽に脳の検査を実現できるようになる可能性が出てきます。

超音波透過メタマテリアルの応用分野は、医療だけではありません。自動車のスマート化や社会インフラの保守管理など、さまざまな領域において、超音波の応用拡大を後押しする可能性を秘めた技術になりそうです。ムラタは、2023年10月17日~20日に幕張メッセで開催された「CEATEC 2023」において、超音波透過メタマテリアルを展示しました。開発に携わった村田製作所 技術・事業開発本部 マテリアル技術センター 材料プロセス開発部の西田とフサインに、そのユニークな機能の原理と応用の可能性について聞きました。

有用な特徴を持つ超音波センサ、ただし壁の向こう側のモノは検知できない

――超音波透過メタマテリアルとは、どのようなことを可能にする技術なのでしょうか。

西田 超音波透過メタマテリアルとは、超音波を壁のような障害物を透過させる機能を実現した材料です。ここで言うメタマテリアルとは、電磁波や音波など波が伝搬する際、自然界ではみられない振る舞いを実現する機能を持つ人工的に作られた物質のことを指します。

人間の耳で聴こえる音よりも周波数が高い(20kHz以上)超音波は、工業用機器や医療機器から、家電製品まで、さまざまな領域で活用されています。魚群探知機やメガネなどを洗う超音波洗浄機、超音波加湿器など、一般の人もよく知る応用機器もたくさんあります。センシングの媒体として活用すれば、暗い場所にある透明の固体や液体などや小さな物体、電波の反射率が低い物質であっても検知可能です。近年では、自動車の自動駐車をアシストする超音波センサなどにも応用されるようになりました。

さまざまな用途に利用可能な超音波ですが、金属や樹脂などでできた壁のような障害物の向こう側には透過させることができない点が、応用範囲を限定する欠点となっていました。超音波には、伝達媒体(大気中であれば空気)との音響インピーダンスの差が大きな物質に当たると、そこで大部分が反射してしまい、ほとんど透過しなくなる性質があるからです。ここでの音響インピーダンスとは、音の伝わりやすさを示す指標であり、分子が希薄に分散する空気では小さな値になり、金属や樹脂など高密度な物質で高くなります。このため、空気と壁の境目で超音波が透過しなくなってしまうのです。
※「音響インピーダンス」について詳しくはこちら

ムラタが開発した超音波透過メタマテリアルでは、障害物となる物質上にバネ振り子構造を利用した共振メカニズムを作り込むことによって、音響インピーダンスの差を緩和し、超音波の透過率を向上させています。

ムラタが開発した超音波透過メタマテリアルのイメージ画像

物質を透過して超音波を伝える超音波透過メタマテリアル

――具体的に超音波透過メタマテリアルを試作し、どのような機能を実現できたのでしょうか。

フサイン ムラタが開発した超音波透過メタマテリアルでは、シート上に、重り部とバネ部で構成した「極小ユニットセル」を周期的に配置した構造を作り込んでいます(図1)。そして、重り部とバネ部の形状や大きさを調整することによって、ユニットセルが超音波の入射によって動くバネ振り子の役割を果たすように設計。入射した超音波と垂直方向に共振させて、音響インピーダンスに大きな差がある障害物を透過して効率よく超音波を伝搬できるようにしました。

ムラタが試作した「超音波透過メタマテリアル」の構造と超音波が透過する様子の模式イメージ
図1 ムラタが試作した「超音波透過メタマテリアル」の構造と超音波が透過する様子の模式図

試作品では、1mm厚のステンレス板上に3Dプリンタを使って極小ユニットセルを形成しました。それを水に浸し、そこに発信機から500kHzの超音波を当てて、ステンレス板の向こう側にある受信機で透過率60%の超音波を受信することに成功しています。この技術で超音波を透過させることができるのはステンレス板だけではありません。障害物と伝播媒体の音響インピーダンス差に応じたユニットセルを設計すれば、多様な物質に適用可能です。

試作品と効果検証にむけた実験装置のイメージ
試作品と効果検証にむけた実験装置

超音波エコーで頭蓋骨に覆われた脳の様子を検査

――開発した超音波透過メタマテリアルでは、どのような応用が想定されているのでしょうか。

西田 まず、医療分野の検査用部材としての応用が想定されます。医療分野において、超音波エコーは、レントゲンやCT、MRIでは得られない貴重な情報が得られる検査手法として利用されています。体内の患部の動きが動画でみられるのは超音波エコーならではの特長です。また、さらに、CTのようなX線を利用する検査とは異なり、被爆の心配もありません。

超音波透過メタマテリアルを応用した脳を超音波エコーで検査しているイメージ

これら多くの利点がある超音波エコーですが、超音波が骨を透過しないため、骨の中にある臓器・器官の様子を検査できません。このため、頭蓋骨に覆われた脳の検査には、超音波エコーを適用できませんでした。

超音波透過メタマテリアルを応用すれば、脳を超音波エコーで検査できるようになる可能性があります。患者の負担を最小限に抑えながら、詳細な検査を、小規模な医療機関でも気軽に実施できるようになると期待しています。

自動車のデザイン性を損なうことなく、超音波センサを設置

フサイン 自動車の駐車支援などに活用されるようになった超音波センサを、車体の外に露出させることなく搭載するために利用することも可能です。これまで、自動車用の超音波センサは、車両のボディ表面に露出するように設置する必要がありました。カバーなどで覆ってしまうと、超音波が透過しなくなってしまうからです。

超音波センサを車体の外に露出させずに搭載したイメージ

近未来の自動車は、自動運転機能を実現するための多種多様なセンサが車両の各所に設置されるようになることが確実です。自動車を愛でる対象としてみる消費者は多く、無骨なセンサが数多く露出するクルマは商品としての価値が落ちる可能性があります。また、車体の外に露出させることは、耐久性を低下させる原因にもなります。このため、美観と信頼性を損なわずに超音波センサを設置できる技術が求められています。超音波透過メタマテリアルを応用すれば、超音波センサをバンパー内部に組込むことが可能になります。

水中ケーブルの被覆内部の様子を非接触で検査

西田 遠距離通信用や洋上風力発電用などの水中ケーブルの保守管理にも応用できます。水中ケーブルを安定運用するためには、保守管理において、外観だけでなく被覆されたケーブル内部も定期的に検査する必要があります。しかし、実際には被覆されたケーブル内部の様子を調べる手立てがありませんでした。

水中ケーブルの保守管理に応用したイメージ
非接触で超音波検査が可能

水中ケーブルの被覆に超音波透過メタマテリアルを付加すれば、水中ドローンに搭載した超音波センサや船上からセンサを投下することによって、ケーブル内部の検査を非接触で実施できるようになります。これによって、海や川などの水中の対象物体の検査作業の負荷を軽減可能です。

超音波透過メタマテリアルが超音波の利用シーンを拡大する

フサイン 開発した技術を社会実装する際のビジネスでは、超音波透過メタマテリアルの利用シーンに応じて最適なユニットセルを設計できる体制を整え、求める効果を発揮できるソリューションに仕上げて提供していきたいと考えています。

西田 今回、紹介した3つの例は、現時点で想定している応用候補の一例に過ぎません。そのユニークな技術特性は超音波の利用シーンを拡大し、まだ気づいていない多くの応用があることでしょう。センサ以外にも、超音波を加工や洗浄などに利用する用途で、開発した技術の適用価値が生まれるかもしれません。

私たちは、実際の応用に適用するためには、まだまだ技術的に磨く必要がある部分が残っていると考えています。革新的なアプリケーションを共に拓き、技術を磨く協業パートナーを広く募っていきます。ご関心のある企業様は、遠慮なくお声掛けください。 

※記事の内容は、記事公開日時点の情報です。記事内で紹介している製品の仕様、外観は予告なく変更する場合があります。


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