DXによって目指す、建設業界の「新現場力」構築とは(前編) ――ICTプラットフォームが、真のデータ利活用を生むのイメージ画像

DXによって目指す、建設業界の「新現場力」構築とは(前編) ――ICTプラットフォームが、真のデータ利活用を生む

あらゆる業界で「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の重要性が叫ばれています。しかし、業界の特性によってDXの推進が困難なケースもあり、建設業界もそのひとつ。人の技術や経験に依るところも多く、デジタル化を進めていくには技術の革新や環境の整備などあらゆる要素が必要です。そのため、なかなか建設業界のDX化は進んでいませんでした。そのような状況で、DXによって建設の現場の力を上げる「新現場力」の構築を目指す日本建設情報総合センターという組織があります。この組織は建設分野の公共調達に関する情報の提供、現場のプロセスに関わる情報の利活用促進や研究開発などを担当しています。日本建設情報総合センター(JACIC)の理事である尾澤卓思氏に、DXの状況と想いについて聞きました。

ICTに技術者のノウハウを蓄積し、次の世代へ継承する

――JACICでは、建設業界のDXに取り組まれていると伺いました。どういった背景から、DXの推進に力を入れ始めたのでしょうか。

建設分野で大きな課題となっているのが「現場力」の低下です。技術者の高齢化や減少が著しく、加えて少子化の影響もあり、若手の労働力も減っています。その結果、熟練技術者の減少や、建設現場業務の担い手が不足し、生産性の向上どころか、もはや現状の現場力の維持も難しくなっているのです。

こうした状況に対応すべく、国が主導してi-Construction*1を推進し、建設生産性の向上を図るとともに、魅力ある建設業の実現を目指しています。JACICは、その取り組みを支援するため、ICTを活用して「新現場力」による現場業務の改革や技術者の能力向上に取り組んでいます。

この場合の「現場」とは、建設作業の現場だけでなく、測量や調査、設計、完成後の維持、管理まで含めた現場を指します。そして、このような現場で課題を解決する能力を「現場力」と呼んでいます。

現場力が落ちれば、生産性の低下のみならず、品質や安全性の確保も難しくなり、重大な影響を及ぼすことになりかねません。土木の現場は各現場ごとに課題が異なるため、現場での対応が重要となり、現場力が問われます。そういった現場業務の課題を現場力が低下している中で克服できるよう、ICTによって旧来の現場力を超えた「新現場力」の構築を目指しているのです。

*1 i-Construction:「ICTの全面的な活用」などの施策を建設現場に導入することで、建設生産システム全体の生産性向上を図ることを目的とした、国土交通省が進める取組。

――「新現場力」とはどういったものでしょうか。

新現場力とは、これまでの現場における人、技術、システムが有する能力を技術革新により向上し、新たに構築された課題解決能力と定義しています。ICTは、まさに新現場力を実現できる技術。活用できるデータを蓄積し、AIによる分析や3次元モデルによる設計、仮想空間を活用したマネジメントなど、これまでとは異なる方策を活用します。

現場技術者にとってこれらの技術を用いることは、新たな経験となり、技術力の向上、人材の育成にもつながるでしょう。この新現場力はいずれ定着し、標準となるでしょう。そして次の技術革新により新現場力が生まれる。技術の進歩は、この繰り返しだと考えています。

――では、JACICはどんなDXを推進しているのでしょうか。JACICの役割や建設業・土木業の中での立ち位置も伺えればと思います。

 

建設業のDXはちょうど過渡期にあります。i-Constructionの推進により、ここ数年で建設業のデジタル化が進展してきました。

特に力を入れているのが「BIM/CIM」です。BIMはBuilding Information Modeling(建物情報のモデル化)、CIMはConstruction Information Modeling/Management(建設情報のモデル化/マネジメント)のことで、コンピューター上に作成する構造物等の3次元モデルのことです。その3次元モデルを使って設計やシミュレーションをして実際の建設を行うことが増えています。初めは、建築分野における3次元モデル「BIM」が普及しました。その概念を土木工事に応用したのが「CIM」です。

JACICは、これらのBIM/CIMを用いた業務と、その普及・推進に関する業務などの受託や研究を行っています。他にも、建設関係の情報、特に公共調達に関する情報を中心に扱い、各工事や業務の実績、発注履歴、積算データなど、扱うデータは多岐にわたります。

そして私たちが提案するDXは、クラウド環境を用いてそれぞれの情報をプラットフォームでシームレスに利活用すること。これにより、公共調達からBIM/CIMまでさまざまなデータの利活用を進めていきたいと考えています。

――それでは、具体的なDXの施策を教えていただけますでしょうか。

まだ現状では提案段階で、これから本格的に実行に移るフェーズです。しかし、既にいくつか具体的な方法を示し着手しています。

まず、国など公共機関の発注に関する公共調達の分野では、これまで発注から入札、契約と工程ごとのシステムを個別に利用していました。しかし、これからはクラウドを活用して、1つのIDで一気通貫に利用できるようになります。これによって、重複した手続きの削減などの効率化を図ります。

同様に、現場ではクラウドを用いて、測量、調査から維持管理まで3次元の統合モデルを用いたプロジェクト管理を行います。プラットフォームを構築し、3次元の統合モデルに3次元モデルやさまざまなデータを紐付けるのです。

たとえば、ダム建設プロジェクトがあったとして、3次元統合モデルで対象エリアをクリックすると、詳細な3次元モデルや工事の進捗状況が表示されます。さらに、属性情報として資材の種類や数量など、必要なデータを紐付けることが可能です。これによって、仮想空間を活用しながら、設計、施工などの効率化や関係者間の合意形成などに利用できます。

また、このようなプラットフォームを構築することで、よりスピーディに多くの情報の確認や整合を図ることができ、加えてノウハウの蓄積、継承にもつながります。

3次元管内図(統合モデル)の例:対象となるエリアを3次元モデル化し、履歴や測量、点検、維持などの属性情報のデータを集約している。そのため、工事の進捗状況を3次元データで把握できる。

――どういった部分がノウハウの継承につながるのでしょうか。

管理者は必要な情報やノウハウを3次元統合モデルの構築によって、システムに残すことが可能です。そして情報やノウハウの詰まった3次元統合モデルを次の管理者に引き継ぐことができます。つまり、経験豊富な管理者がどんな情報を必要とし、どのように利用したか、モデルを引き継いだ管理者はその設定を参考にできます。モデルを通して、言葉や文書でなかなか伝えにくかった情報を実践的に伝えることができるのです。

発注者がプラットフォームを構築してDXを推進する

――プラットフォームが情報共有の基盤であり、現場におけるDX推進の根幹になる。

そうですね。クラウドのプラットフォームは、実は災害対応にも役立ちます。建設現場は、完成後の維持・管理も重要で、平常時のみならず大雨や地震などの災害時も管理者がすぐに情報を収集しなければなりません。その際、どこにいても即座にクラウドによりプラットフォームにアクセスして情報の共有ができますし、複数の人が同時に同じ画面を共有しながら対策を考えられます。これは大きなメリットになります。

――なるほど。DXでは電子化やリモート化など、部分部分をデジタルに置き換える話も聞きますが、JACICの提案は建設プロセスの各段階を継続的に管理するプラットフォームの構築が重要だという事ですね。

現在では一つひとつの作業や工程を電子化・データ化する、自動化することも行われています。建設分野では、前工程のモデルやデータを活かし、後工程を進めることが効率化につながります。このため、業務プロセスごとにモデルやデータを行き来させることが重要です。ですから、DXでは、モデルやデータを継続的に連携することができるプラットフォームをまず用意しなければいけません。

私たちがDXとしてBIM/CIMを推進する上で、ポイントとして掲げる「3要素」があります。それは、「方法」「人」「場所」の3つを整えることです。

まず「方法」ですが、実施のルールをきちんと定めること。実施方針やガイドライン、要領や手引きを用意するという意味です。

そして「人」は、ICTを使いこなせるスキルの持ち主を育てること。初期段階ではICTの初心者からある程度使いこなせる者、さらには周りに使い方を教える者など対象を明確にして、人を計画的に育てなければいけません。

最後は「場所」です。BIM/CIMを活用する環境を作らなければなりません。それが今回のプラットフォームです。まずこれを用意することが重要なのですが、そこには注意点もあります。

BIM/CIMの利活用環境の3要素

――どういったことに注意すれば良いでしょうか。

DXはさまざまな建設プロセスにおいて構築したモデルや収集したデータを、つなげることで真価を発揮します。建設なら、測量・設計・工事・維持管理というプロセスを跨いでモデルやデータをシームレスに連結する。それがデータの利活用を生みます。この連携のための基盤となるのがプラットフォームです。これまで建設分野の事業者はプラットフォームを自ら構築しておらず、業務の受託者が用意していました。今も業務ごとの縦割りになっていることが多いでしょう。

大切なのは、すべての建設プロセスに関わる事業管理者がプラットフォームを構築し、各プロセスに携わる関係者がそれを活用していくことです。受注側の企業や組織と連携してDXを進めていかなければなりません。

建設業界で言えば、各作業の受注者がそれぞれプラットフォームを持っており、発注者がそれぞれと連携することのできるプラットフォームを用意して、受注者がそこに参加できることが望ましいです。この構造を作ることがDXでは非常に大切ですし、データ利活用の効果が最大限になるのではないでしょうか。

JACICが進めているDX。そのカギとなるプラットフォームの概要や、整備すべきことが分かりました。記事でも触れたように、建設現場は人の判断が求められます。今後DXを進めるなかで、人の役割はどうなるのでしょうか。さらに、IoTなどの技術を使って現場作業そのもののDXも進んでいるのでしょうか。ニューノーマル時代の展望も含めて、後編記事でさらに一歩踏み込んでお話をお聞きします。

日本建設情報総合センター理事 尾澤卓思(おざわ・たかし)の写真

尾澤卓思(おざわ・たかし)

日本建設情報総合センター理事。1984年、京都大学大学院工学研究科を卒業し、同年に建設省に入省。2002年に九州地方整備局武雄河川事務所長となる。2011年には東日本大震災復興対策本部事務局参事官、2013年に内閣府沖縄総合事務局次長、2015年に内閣府大臣官房審議官を歴任。2019年に日本建設情報総合センター審議役となる。2020年より現職。現場のDX化、現場力向上のため、さまざまな手法を提案、実施している。

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