電池が拓く、クリーンエネルギーの未来(前編)のメイン画像

電池が拓く、クリーンエネルギーの未来(前編)

ヘンク・ロジャーズ氏インタビュー

ヘンク・ロジャーズ氏のプロフィール画像

ヘンク・ロジャーズ氏のプロフィール

脱炭素社会の実現を目指すハワイの非営利シンクタンク、「ブループラネット財団」の創設者で、村田製作所の「FORTELION」を搭載したバッテリシステムBlue Ion Seriesのメーカー、ブループラネットエナジー社の創設者でもあるヘンク・ロジャーズ氏。エネルギー分野に携わる以前は、ゲーム業界のグローバルリーダーとして知られています。彼のソフトウェア会社のひとつは、世界で最も人気のあるビデオゲーム(販売数1億2500万ユニット以上)のテトリスの独占的知的財産権を保持しています。今や伝説となったこのゲームを30年以上前に米国および世界の市場に導入し、業界に革命を起こしました。11歳までオランダで育ち、ニューヨークの数学・科学・技術の専門学校であるスタイヴェサント高校を経て、ハワイ大学でコンピューターサイエンスを専攻。

ゲームクリエイター、現実社会の未来を守るために立ち上がる

Q:ゲーム業界で大成功されていたロジャーズさんが、仮想現実の世界からリアルな環境問題に活動の焦点を移されたきっかけは何だったのでしょう?

ロジャーズ: 私は会社を2005年に売却したのですが、その1か月後に突然、心臓発作で倒れたのです。心臓の一番大きな動脈が100%閉塞した「ウィドウメーカー(未亡人の作り手)」と呼ばれる状態で、たまたま病院の近くにいなかったら、死んでいたかもしれません。気がついたら救急車で病院に運ばれる途中だったのすが、その時に「まだやるべきことがある」と思い、「今逝くわけにはいかない」と決意したのです。幸い、ステントを2本入れてもらって一命を取り留め、その直後から、私は自分が「やるべきこと」は何なのか考え始めました。それまでに充分稼いでいたので、妻はもう私を必要としていないし、子どもたちもみんな学校を卒業しているから、私を必要としていない、と思いました。やるべきことはもう全部やってしまった、という気がしたのです。それでも、「やっておかないと人生の最後に後悔することが何かあるだろうか」とあらためて自分に問いかけた結果、この人生で私が果たすべき使命に気づいたのです。

電池が拓く、クリーンエネルギーの未来(前編)のイメージ画像1
化石燃料の使用をストップすることが、地球環境を守ることにつながる。

ロジャーズ: 結局、私は化石燃料の使用にストップをかけることを最初の目標としたのですが、そのきっかけとなったのはある新聞記事でした。入院中に読んだ新聞に小さな記事が載っていたのです。人類は今世紀末までに世界中のサンゴを絶滅させる、と書いてあったので、私は「そうはさせない」と奮起しました。

サンゴを絶滅させる原因は海洋の酸性化です。その原因は二酸化炭素が海に流れ込んでいることで、その原因は私たち、人間です。そこで、私は化石燃料の使用をストップさせることを使命にしよう、と決めたのです。気候変動は甚大な問題です。この問題を解決できなければ、他の問題に取り組む意味もなくなるのです。もちろん心臓発作を起こす前から環境問題には関心がありましたが、仕事とお金儲けに熱中し、そのために忙殺されていたのです。そういう生き方を続けることもできたのでしょうが、人生とはそういうものではありません。人には何か成し遂げるべきことがあるはずだし、お金を稼ぐことだけが重要なのではない、と思い至ったわけです。

ブループラネット財団は、確かな変化を生む有力者の集団

電池が拓く、クリーンエネルギーの未来(前編)のイメージ画像2
クリーンエネルギーを促進する法案づくりや、ロビー活動で活躍。*1

Q:ブループラネット財団は一般的な慈善団体とは異なるようですが、どのような使命を掲げて誕生したのですか?

ロジャーズ: ハワイでの化石燃料の使用をストップさせようと決意し、その実現にむけてブループラネット財団を創立しました。財団というのはお金をもらいに行くところで、そのお金で社会のために何かをしてくれる人たちとは別だと考えている人が多いかもしれませんが、ブループラネット財団は誰かにお金をあげているわけではありません。行動する団体なのです。私たちの活動は多岐に亘りますが、お金を配ることはしません。その逆で、財団の活動を支える資金を一般の方々からいただいているのです。活動のほとんどは立法に関するものです。実際に法案づくりに関わり、その法案を議会で通過させし法制化するためのロビー活動を行っています。次に重要なのが、公共事業委員会への関与です。電力会社が料金を上げようとすると、公共事業委員会が関与してくる、といったような問題が常にあるのです。私たちはそのプロセスで働きかけをしています。これはどういうことかというと、弁護士を雇って提言をして、ふさわしい方向に物事を動かすようにしているのです。また教育や広報・啓蒙活動も行っています。

Q:当初の目的はどんなことでしたか?その達成にむけて、どのような取り組みやプログラムを展開されましたか?

ロジャーズ: 当初の目的は気候変動という問題への認識を広めることでした。その後、ハワイの100%再生可能エネルギー化というより具体的な目標を定め、それを財団の使命として、これまでに多くの成果を生み出してきました。たとえば、太陽光発電の利用を促進する法律を成立させ、屋根にソーラーパネルを設置するとリベートがもらえるようにしました。つまり、ビルの陰にある自分の家の屋根にソーラーパネルを設置してもあまり意味がないような場合でも、他人の家の屋根にソーラーパネルを設置して、そこからの発電で利益が得られるようにしました。そのための電力輸送を電力会社がサポートするように法律で義務づけたのです。しかし、私たちが成し遂げた最大の推進策は、2045年までに再生可能エネルギーによる電力供給を100%にするようハワイ州に義務づける法案を可決させたことでしょう。

Q:ブループラネット財団のウェブサイトには、「ブループラネットはクリーンエネルギーへの前進を加速させ、協調しながら包括的で費用対効果の高いクリーンエネルギー社会への移行を実現させるための革新的な公共政策の形成と推進に取り組んでいます」と書かれています。この目的を達成するために、財団はどのようなことを行ってきたのでしょうか?

ロジャーズ: たとえば、電力会社が化石燃料から発電する際のコストは原油価格によって変動しますが、その変動にはかかわらず、電力会社は基本的には1キロワット時あたり約22セントを支払い、それを彼らのコストとしています。しかし、風力や太陽光による発電の場合、そのコストはわずか8セントです。従って、風力発電や太陽光発電に移行すれば電力会社のコストは下がり、消費者への料金も下げられ、双方にとって有益です。そこで、電力会社には、「再生可能エネルギーを利用すれば、利益を増大させられますよ」、と提言しています。

Q:ブループラネット財団は、子どもたちへの教育活動にも努力されています。その背景にはどのような狙いがあるのでしょうか。また、子どもたちからどのような反応がありましたか?

ロジャーズ: 子どもたちの存在は非常に重要です。かつて、アメリカでは誰もがタバコを吸っていました。テレビでは「タバコは体に有害です」というコマーシャルが流れていましたが、誰も吸うのを止めませんでした。ところが、子どもたちが親に「死んで欲しくないから、タバコをやめて」と言い出したのです。それでみんなタバコを吸わなくなったのです。子どもには優れた理解力があるのです。再生可能エネルギー100%化も、子どもたちが大人に求めていく必要があります。私たちは、ハワイ中の学校を回って、子どもたちにこのことの大切さを説明しました。そして、子どもたちが一軒一軒、30万個の電球を交換しに行ってくれたのです。子どもたちが、家計の節約になりかつ化石燃料の消費を減らせる電球を、人々に提供してくれました。

電池が拓く、クリーンエネルギーの未来(前編)のイメージ画像3
ブループラネット財団は、子どもたちへの教育活動にも力を注いでいます。

高性能バッテリがあれば、再生可能エネルギーへの移行は成功する

電池が拓く、クリーンエネルギーの未来(前編)のイメージ画像4
太陽光発電や風力発電のエネルギーを効率的に活用。

Q:ブループラネット財団を設立された後、どんな経緯で電池を作る会社を創設されたのですか?

ロジャーズ: ハワイでは太陽光発電を促進するリベート制度の開始を支援しました。この制度により数年後には30メガワットほどの太陽光発電を可能にすることを目指していたのですが、その効果は絶大で、予測の10倍にあたる300メガワットの太陽光発電が数年後に実現できました。すると、電力会社が、「これだけ大量の断続的なエネルギーを送電網で扱うのは無理だ」と言い出したのです。実際、私も自宅の屋根にソーラーパネルを設置したのですが、電力会社から「近所にすでにソーラーパネルが多すぎるからダメだ」と言われました。つまり、電力会社にリベートを断られたことで、それまで太陽光発電で得た利益がすべて失われることになったのです。

そこで、電力会社の送電線を頼らず、オフグリッドで太陽光発電を行い、バッテリに電気を貯めることにしました。私が牧場をオフグリッド化するために最初に使った蓄電池はバナジウムフローレドックス電池でした。1年ほど試しましたが、失敗でした。有害な化学物質が大量に発生し、牧場が汚染されたのです。その惨状は今も続いています。この失敗から、太陽光発電には信頼に足る供給元からの化学的特性が無害なバッテリを使わなければいけない、と悟りました。さもなければ、バッテリの寿命が尽きるまで、汚染に悩まされつづけることになってしまうからです。

2045年を目標に、ハワイの再生可能エネルギー100%化を目指す

電池が拓く、クリーンエネルギーの未来(前編)のイメージ画像5
ハワイでは、2045年までに再生可能エネルギー100%化を目指しています。*2

Q:ハワイは全米で初めて「100%再生可能エネルギー法」を制定しました。ハワイが再生可能エネルギーへの移行に適している理由は何でしょうか?

ロジャーズ: ハワイは再生可能エネルギーの活用に最適な場所です。全米で最も風力と太陽光が豊富な州なのです。一方では、ハワイの電気料金は全米で最高額です。再生可能エネルギー資源が豊富な州に住みながら、人々は高い電気代を払っているのです。ハワイの再生可能エネルギー資源は風力と太陽光だけではありません。最大のエネルギー資源は地熱で、まだほとんど手つかずの状態です。現在、地熱からの発電は36メガワット程度で、利用可能なエネルギーの量に比べれば微々たるものです。日本も同じ過ちを犯していると思います。膨大な地熱エネルギーがあるのに、日本は地熱発電を活用していません。これは大きな間違いです。地熱の活用法を探る必要があります。

Q:ハワイでは100%再生可能エネルギー法の制定は、少しずつ進んだのですか?それともエネルギー政策を突然転換させるような要因があったのですか?

ロジャーズ: 何年にも亘るロビー活動の努力の結実です。様々な方法を試しました。たとえば、電力会社は、今後は新たな化石燃料の発電所は作らない、と言っていたのに、新たな化石燃料の発電所の建設を禁じる法律を制定しようとしたところ、反撃に出ました。自粛なら構わないが、絶対禁止にされるのは困る、というわけです。しかし、私たちは州内の化石燃料による発電をすべて2045年には停止させる法案を可決させました。この期限ができたために、電力会社にとっては化石燃料の発電所を新たに建設することは得策ではなくなったわけです。

私たちは目標の達成にむけて様々な配慮をしてきました。最近では電力会社に対するインセンティブを変更し、再生可能なエネルギーへの転換が早ければ早いほど、電力会社の利益が上がるようにしました。その結果、電力会社は再生可能エネルギーで850メガワット発電するという提案書を作成しました。これはハワイ州の電力消費の半分に相当します。現時点でもハワイでは発電における再生可能エネルギーの割合は35%に達していますが、5年後に電力会社が目標を達成すれば、再生可能エネルギーの割合は70%を超えることになります。これはすごいことです。この調子でいけば、2035年までに再生可能エネルギー100%化という目標は達成できるでしょう。

期限は2045年ですが、このところ、それにむけた電力会社の対応も予想より早く進んできていますし、「成績表」の効果もあります。これは、政治家などにハワイの現状を知ってもらうために私たちが利用している方法のひとつです。期待するだけでは得られないものも、検査すれば得られるということです。つまり、法律を作って、それですべてうまくいくことを願うだけではだめで、その効果をしっかり確かめていく必要があるということです。定期的に検査し、時間をかけて進捗を確認しなければなりません。財団では学生を調査員として外に出してデータを集めさせて、成績表を作りました。成績表は政治家や電力会社だけではなく、すべての人にハワイの状況を知ってもらうために役立つ非常に有効なツールだと思います。この成績表を見れば、予定より早く進んでいることも分かっています。これは朗報です。すでに35%に達しており、100%にするためのスケジュールを前倒しで進めています。

Q:ハワイをクリーンエネルギー社会にするために、今後どのようなことをお考えですか?

ロジャーズ: ハワイでの今後の計画は、電力業界の再生可能エネルギーへの移行を完了させることです。同時に、地上交通にも取り組む必要があります。今、そのための努力をしています。まず、電気自動車を支援する法律を制定し、電気自動車が駐車・充電できる特別な駐車場のスペースの設置を義務づけました。駐車場の障害者専用スペースのようなもので、電気自動車専用のスペースを駐車場に設けたのです。将来的には、バッテリを搭載した電気自動車や、トラックやバスに水素を使用することが考えられます。これは、財団とは別に私が行っていることです。ハワイ島で水素経済を確立しようとしているのです。5つの水素ステーションを建設し、水素トラックやバスを導入します。もちろん、まだまだやるべきことはたくさんあります。地熱は非常に大きな資源なので、地熱を使って水素を大量に生産して輸出することができるようになるでしょう。日本にも水素を輸出したいですね。日本は水素を燃料として使いたいと考えているので、その供給国になることができます。ハワイにはいつまでもホットな火山があるのです。

持続可能な社会づくりを、ハワイから世界へ。ブループラネットアライアンス、始動

電池が拓く、クリーンエネルギーの未来(前編)のイメージ画像6
ハワイに引き続き、持続可能な社会を世界中に広げたい。

Q:ハワイの次にはどのようなことをお考えですか?

ロジャーズ: ブループラネットアライアンスという新しい組織を立ち上げて、これまでハワイでやってきたような活動をしていますが、アライアンスの場合、すべての活動は世界に影響を与えることを目的としています。人類と自然が調和して暮らせる世界をつくることが目標です。私がニューヨークに移ったのも、国連やその加盟国と協力しあって、世界中のすべての国に、ハワイのような100%再生可能エネルギー法を制定させたいからです。ハワイで実現させることは世界のお手本で、特に世界中の島々のお手本になります。
その次の段階は、世界中の島々がハワイと同じことを達成できるようにすることです。小さな島々からなる開発途上国57カ国に協力していますが、どの国もハワイと同じような問題を抱えています。化石燃料を輸入して発電しているため、電気代が非常に高くなっているのです。まずそうした島国にハワイの見本を輸出していきたいと、私たちは考えています。すべての国が100%再生可能エネルギー化にコミットすべきです。気温の上昇を2度や1.5度抑えるよりも簡単で良い方法です。どう限界に達するのかも分かりにくいですし。個人として私たちにできることは何なのか?シンプルで実現可能な目標を立てるべきです。
私は2045年までに全世界で再生可能エネルギー100%化を実現させたいと考えています。2045年は国連創設100周年でもあるのでちょうど良い年でしょう。環境問題を解決できたらそれは国連にとっての素晴らしい功績になります。今、私たちはSDGs(持続可能な開発目標)に取り組んでいますが、本当は「持続可能」ではなく、「再生可能」を開発目標にすべきだと思います。人類はこれまで地球から奪ってきたものをすべて元に戻す必要があります。壊してしまったものをすべて修復する必要があるのです。

Q:世界に良い未来が来ることを期待していらっしゃいますか?

ロジャーズ: 期待しているのではなく、未来を良くする決意しているのです。よく「期待していますか?」と聞かれますが、そういうレベルではないのです。もし私が溺れかけたら、生き延びることを期待したりしません。泳いで生き延びる意志を持ちます。決断の問題なのです。人類として未来を良くする決断をする必要があるのです。期待するのではなく実現させるということです。私は先日、COP26(2021年度国連気候変動会議)に参加しましたが、そこでの私のスローガンは "We are doing this "(私たちは成し遂げる)でした。もし、会議で合意が生まれなくても、私たちでとにかく成し遂げるのです。残りの世界の国々、都市、人々の力で、気候変動をストップしなければなりません。それは私たちの責務です。そうなることを期待する、ということではありません。私たちでより良い未来を実現しなければならないのです。

電池が拓く、クリーンエネルギーの未来(前編)のイメージ画像7

Blue Planet Energyのエネルギー貯蔵システムBlue Ionシリーズは、ムラタのFORTELION バッテリシステムを使用しています。

挿入画像の参照元

*1  https://blueplanetfoundation.org/policy-wins/

*2  https://blueplanetfoundation.org/100-renewable-energy/

関連リンク

関連製品

関連記事