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“○○テック”の進化を支える電子技術

宇宙を好奇心の対象からビジネスの場に変える「スペーステック」

世界中どこからでも見えるのに、手が届かない場所――。それが宇宙です。これまで宇宙は、科学や人々の好奇心の対象であり、宇宙の開発や利用は、国家プロジェクトとして公的機関が行うものでした。ところが近年、宇宙はビジネスの対象となり、民間企業の活躍が目立ってきています。

そして、あらゆる業界・業種にイノベーションをもたらす新たな技術開発分野として、宇宙を民間利用するための開発が着実に進んでいます。ここでは、「スペーステック」と呼ばれる宇宙を活用し、身近な暮らしや仕事、社会活動に新たな価値をもたらす技術開発のムーブメントについて解説します(図1)。

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図1 宇宙を活用して、人々の暮らしや仕事、社会活動に新たな価値を生む時代が到来

宇宙を活用して、身近な場所にイノベーションを起こす

スペーステックとは、Space(宇宙)とTechnology(技術)を組み合わせた造語です。私たちにとって、身近な宇宙利用といえば、天気予報でおなじみの気象衛星、テレビの衛星放送、そしてカーナビやスマホで日常的に利用しているGPS(全地球測位システム)ではないでしょうか。いずれも、地球を周回する人工衛星を使った宇宙技術を基にしたアプリケーションです。現在、スペーステックと呼ばれている技術群もまた、人工衛星に関連した技術が多くなっています。

ただし、スペーステックの対象となる、宇宙技術のアプリケーションは、これまでとは比べものならないほど多様な分野に展開してきています。すでに、衛星から撮影した地上の映像やセンシングデータを活用するような気象衛星の延長線上の情報サービスが、物流、農業・漁業、金融など多様な業界で利用されています。その他にも、人工流れ星を作ってエンタテインメントとして利用したり、宇宙に散骨する宇宙葬、宇宙ゴミの回収といったビジネスも実現に向けて動き出しています。

人類にとって、宇宙は紛れもなくフロンティアです。2040年の宇宙ビジネスの市場規模は、2018年の37兆円から約3倍の100兆円規模にまで成長するとみられています。多くの国や機関が、未来の成長産業として期待される宇宙ビジネスの育成に力を入れています。日本では、内閣府が「宇宙産業ビジョン2030」を発表し、その中で2030年代の早い時期に、現在約1兆2000億円の市場規模を倍増させる目標を掲げています。そして、これまで研究開発を中心にした取り組みが中心だった宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、応用開拓に軸足を置いた活動を進めるようになってきています。

人工衛星のダウンサイジングで、宇宙利用はもっと身近に

宇宙利用の広がりと歩調を合わせて、宇宙をより身近に、広範な用途で利用するためのインフラ整備が進みつつあります。近年、特に顕著な動きが出てきているのが、人工衛星の超小型化です。コンピュータも、黎明期には、大型で特別な研究機関などだけが利用できる装置でした。これが、パソコンの登場によって、様々な用途で活用される生活の道具になりました。同様に、人工衛星も、ダウンサイジングによって、身近な用途に利用できる道具になりつつあるのです。

これまでの人工衛星は、大きく、重たいモノでした。たとえば、気象衛星は、電源となる太陽電池パネルを展開した状態でマイクロバスと同じくらいの大きさになります。こうした大型人工衛星は、重さが1トン以上あり、開発コストは約400億~600億円、開発期間も5年以上かかります。

人工衛星に搭載する電子システムを構成する半導体や電子部品などの小型軽量化・高性能化が進み、同じ機能をより小さく、軽くできれば、いいことづくめです。重さ10k~100kgの超小型衛星ならば、コストは約3億円、開発期間も約2年に圧縮できます。小さく、軽い衛星は、小型のロケットでの打ち上げや国際宇宙ステーション(ISS)に食料などを送る定期便に便乗させることで、軌道に乗せるための費用を劇的に安くできます(図2)。すでにJAXAは、超小型衛星をISSの日本実験棟「きぼう」から打ち出すサービスの提供を開始しています。テクノロジーの進歩で人工衛星の小型化が進めば、未来には、コンピュータが個人の所有物になったように、個人で人工衛星を所有する時代が到来するかもしれません。

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図2 人工衛星のダウンサイジングで、小型ロケットでの打ち上げやISSからの放出が可能に 出典:(左)JAXA

超小型衛星は、すでに多く軌道上に乗せられており、様々な用途に使われつつあります。たとえば、超小型衛星を連携運用し、それらを介して世界中のどこからでも高速インターネットに接続できる仕組みを実現する計画を掲げている企業も出てきました。さらに、地上に分散配置したセンサーで取得したデータを衛星で集め、地上に一括送信することで広域の情報を検知するIoTの仕組みを構築する構想もあります。

災害対策から物流管理、金融、損害保険まで、どんどん広がる宇宙利用

さらに、宇宙から、地表の様子をカメラやレーダーで知るために使い、ドローンや飛行機などよりも広域の情報を収集するために超小型人工衛星を使う構想が進んでいます。近年特に注目を集めているのが、衛星から地表にマイクロ波を発信し、跳ね返ってきた電波から地表の様子を探る合成開口レーダー(SAR:Synthetic Aperture Radar)を搭載した衛星です(図3)。SARは、可視光による映像を撮影する気象衛星では不可能だった、雨や雲を透過して昼夜を問わず地表の凹凸を高精度検知できる点が特長です。これまで、SARは自ら電波を発信するため電力消費量が大きく、大型衛星にしか搭載できませんでした。これが、近年の技術の発展によって超小型衛星にも搭載できるようになり、応用が広がっています。

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図3 マイクロ波で地表の様子を探る合成開口レーダー(SAR) 出典:国土交通省 国土地理院

日本では、政府や自治体が、津波など大規模災害が発生した際の初動の質を高めるためにSARを利用しています。被害を報告できないほどの社会機能の停止が起きた場所に真っ先に救助、救援を差し向けるには、SAR衛星などを使って困っている地域を探し出す必要があります(図4)。また、地盤の沈下や隆起を発見して、トンネルや道路などの優先的に補修する場所を特定するためにSARを利用する構想もあります。

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図4 SARを使って、上空から災害の被害を受けた地域を特定 出典:内閣府

非常時だけでなく、平時にもSARで得られる情報を活用して、新たな価値を生み出すビジネスを創出する動きも出てきています。たとえば、SARで得た地上の情報を人工知能(AI)を使って自動解析し、新興国などでの都市開発の状況や海上を動く船舶の動きの把握、森林の違法伐採の発見、海底油田の発見などに利用しようとする取り組みがあります。さらに面白い応用として、SARによって世界中の石油タンクの備蓄状況を監視し、先物取引向けの情報を提供している企業もあります。石油タンク上面の蓋は石油に浮かんだ状態になっており、その高さを人工衛星で観測することで、備蓄量を推定できるのです。

日本では、SARを活用して、水害が発生した際の保険金の早期支払いを可能にする仕組みを整備した損害保険会社が登場しています。SARで被害エリアと浸水状況を数センチ精度で把握し、通常2~3週間要していた保険金の支払い期間を大幅に短縮できました。

スペーステックは、ここで紹介したもの以外にも宇宙を利用した通信インフラの構築や、バイオ技術の開発など様々な切り口、アイデアを盛り込んだ技術開発が進められています。もはや宇宙は、見上げてロマンを感じるだけの場所ではなくなりました。

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