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プリンテッドエレクトロニクスの新技術―ストレッチャブル基板の活用事例

スマートウォッチやヘッドマウントディスプレイに代表されるウェアラブルデバイスは、曲げることができるフレキシブル基板を用いて実現することができました。しかし身体の動作に柔軟に追従し、体が発するさまざまなデータを収集するような次世代のウェアラブルデバイスには、伸縮性や追従性が必要です。そこで開発された基板がストレッチャブル基板です。
ストレッチャブル基板には伸縮するという機械的特性と、伸縮時にも電気的特性が維持されることが不可欠です。この相反する特性をどのように両立させたのか、またストレッチャブル基板はどのような場面での活用が期待されているのかについて解説します。

1. 「ストレッチャブル基板」とは

ストレッチャブル基板は伸縮性のある基板と導電材を使って回路パターンを形成した電子回路基板であり、「印刷技術を用いて基板上に導電材を塗布する」というプリンテッドエレクトロニクスの技術を活用しています。基板には伸縮性を持つウレタン系またはシリコーン系などのエラストマーを、また導電材には主に銀が用いられています。高い伸縮性と追従性により、膝や肘といった関節部位、首や胸部など自由曲面への電子回路の実装が可能となります(図1)。

ストレッチャブル基板のイメージ画像
図1 ストレッチャブル基板

これまでのストレッチャブル基板は伸縮による抵抗値など電気的特性の大幅な変化、高湿環境下での電圧印加によるマイグレーション*1の発生、またそれに伴う長期的信頼性の低下、さらに電子部品をはんだ付けする際の熱への対策などの課題がありました。
しかし近年では基板材料と導電材の改良による電気的特性の改善やマイグレーションへの対策、配線設計での工夫や低温で溶着が可能なはんだ材の開発などにより、実用化が現実のものとなりました。基板に回路パターンを直接印刷するため、環境に優しい回路基板である点も特徴のひとつです。

*1 マイグレーション:
マイグレーション現象ともいわれる。電解の影響で配線や電極が絶縁物上や界面を移動する現象で、マイグレーションが発生すると絶縁抵抗値が劣化する。電極間の短絡(ショート)が発生し電子機器が故障する原因になる。

2. 「プリンテッドエレクトロニクス」とは

プリンテッドエレクトロニクスとは、印刷技術を用いて基材上に導電材を印刷し、電子部品や回路パターンを形成する技術のことで、きわめて薄い塗膜や高精細な配線が実現できます。
基板製造の工程では、従来の基板全面に導電材を塗布した後に不要な部分を薬液で溶かして回路パターンを形成する「フォトリソグラフィ」という手法に対し、プリンテッドエレクトロニクスでは基板上に回路パターンを直接印刷します。このため、不要な部分を薬液で溶かす工程がなく、省資源かつ省エネルギーであり多様な基板の素材を利用することができるといったメリットがあります。

プリンテッドエレクトロニクスを活用した電子部品

プリンテッドエレクトロニクスは、これまでにも積層セラミックコンデンサ(MLCC)や積層リアクタの積層構造を実現する手段として活用されてきました。たとえば、積層セラミックコンデンサでは、薄い誘電体であるセラミックシートと金属電極を交互に積層した構造を取っています(図2)。グリーンシートというセラミック誘電体とバインダーをスラリー状にし、キャリアフィルム上に塗布して乾燥させたシートを作ります。そこに電極を印刷する作業を繰り返した後、さらに焼き固めて作ります。この積層数は数百層にもなる場合があります。

積層セラミックコンデンサ(MLCC)の積層構造のイメージ画像
図2 積層セラミックコンデンサ(MLCC)の積層構造

プリンテッドエレクトロニクスの電子回路基板への活用

プリンテッドエレクトロニクスでは、ガラスと樹脂などでできたリジット基板以外に、屈曲性のある導電材を用いることで薄いフィルムへの回路パターンの形成も可能です。さらに伸縮性のある導電材を用いることで、伸縮性のある素材に回路パターンを形成することもできます。
これにより、曲げることができるフレキシブル基板(図3)や、伸縮も自在なストレッチャブル基板(図1)が実現しました。

フレキシブル基板のイメージ画像
図3 フレキシブル基板

ストレッチャブル基板の可能性

ストレッチャブル基板は伸縮性があるため、膝や肘といった関節部位、首や胸部など自由曲面への追従が可能です。また、ストレッチャブル基板にさまざまな電子部品を取り付けることで、体に装着して脳波や心拍といったバイタルデータ*2を取得したり、術後の関節部位をモニタリングする装具の開発が可能となります。

*2 バイタルデータ:
心拍数・呼吸数・脈拍数・体温・血圧・酸素飽和度など、適切な治療や看護を行うにあたり必要な基礎データ。

3. 医療分野におけるストレッチャブル基板での課題解決事例

ストレッチャブル基板はさまざまな分野での活用が期待されていますが、ここでは医療分野の例を紹介します。これまでの医療器具には以下のような問題がありました。

  • 患者が付け続けられない
    →長時間装着すると体の動きの妨げになる。またデバイスの装着自体が皮膚損傷のリスクになる。
  • 必要な精度のデータが取れない
    →バイタルデータを取得する際、従来の医療器具では外部ノイズや体動ノイズの影響で必要な精度のデータが取れない。
  • 取り扱いが煩雑
    →装着に時間がかかってしまう。専門の医療従事者しか取り扱うことができない。

以下では、これらの課題を解決するストレッチャブル基板の活用事例を紹介します。

脳波モニタリング(EEG:Electroencephalogram)用デバイス

脳波とは大脳皮質から常に出ている微弱な電気信号です。電気信号の周波数は精神状態や大脳の働きによって変化しており、周波数を測定することで脳の状態を把握することができます。脳波は頭皮上に10個から20数個の電極を当てて測定します(図4)。
脳波をモニタリングする場合、正確な位置に電極を取り付ける必要があります。この電極の取り付けは煩雑であり、専門医でなければ扱いにくいという問題がありました。
しかし、昨今ではストレッチャブル基板を用いたバンド、キャップ型のEEG用電極アレイデバイスが開発されています。ストレッチャブル基板を使うことで患者の頭部形状やサイズに合わせることや、ストレッチャブル基板自体をキャップ内に組み込むことが可能になります。電極をつなぐケーブルをデバイス内に隠すことができ、デバイスの取り付け時や患者の動作時に配線が外れてしまうといったリスクを下げることもできます。
また、EEG電極の近くにアンプやフィルタなどを組み込むことで、ノイズを除去した高精度なデータを取得することが可能です(図5)。

従来のデバイスのイメージ画像
図4 従来のデバイス
ストレッチャブル基板のイメージ画像
図5 ストレッチャブル基板

人工関節置換術後の関節部位のモニタリング

人工関節置換術とは、変形性関節症や関節リウマチ、また外傷によって変形した関節を人工の関節に置き換える手術のことです。肩、股、膝などの各関節に対して行われ、関節にとって大切な「痛くない」、「動かせる」、「支えられる」といった機能を回復させる治療です*3。人工関節置換術後の関節部位の機能を回復させるためにはリハビリが必要です。またリハビリに加えて痛みのケアや骨折、脱臼、感染症といった合併症の発症有無を診察することも術後には必要な医療行為となります。
現在は医療従事者がリハビリに付き添ったり患部を観察・診察したりすることで、各種ケアが行われています。また、昨今開発が進められている関節部位のウェアラブルデバイスに対しては、日常生活やリハビリ時の動作モニタリング・記録を行い、その結果を医療従事者や患者に伝えることで、術後のリハビリ方針の決定や、リハビリを続けるためのモチベーション維持・向上に活用することができると期待されています。加えて、感染症や脱臼といった合併症の発症の早期検知の実現も期待されています。
関節は体の中で最も可動範囲が大きく、機械的な耐久性が求められる部位です。ストレッチャブル基板に各種センサを搭載し、関節の可動範囲や動きといった機械的なモニタリングや術部の状態(温度や腫れなど)といった生理学的なモニタリング機能を付与することで、人工関節置換術後の患者の状態やその状態変化を早期に捉え、患者のQOL向上に貢献できると考えられています(図6)。

*3
人工関節とは(日本人工関節学会ウェブサイト)

人工関節手術のメリットと合併症(協和会病院ウェブサイト)

ストレッチャブル基板のイメージ画像
図6 ストレッチャブル基板

NICU(新生児集中治療室)におけるバイタルモニタリングデバイス

早産や低体重で生まれた新生児は身体的に脆弱であるため、常時バイタルデータをモニタリングし、適時対応が取れるような状態でなければなりません。しかし、現状のデバイスはセンサ自体の硬さ、センサをつなぐリード線、センサを貼る接着剤のために新生児には最適とはいえない状態です。たとえば、リード線があるとカンガルーケア(両親に直接触れる看護)や新生児の動きの妨げになります。またセンサの硬さや接着剤は、皮膚損傷を引き起こすリスクになります。
そこでストレッチャブル基板上にセンサ、電池、マイコン、BLE(Bluetooth Low Energy)を搭載することで、カンガルーケアや新生児の動きを妨げないワイヤレス型のデバイスを実現することができます。また、基板自体の柔らかさを活かして繊細な肌にも追従性よく貼ることができ、上記のようなリスクを抑制できるモニタリング機器の実現も可能です(図7)。

動きを妨げずにバイタルデータを取得可能のイメージ画像
図7 動きを妨げずにバイタルデータを取得可能

4. まとめ

プリンテッドエレクトロニクスは、積層コンデンサ(MLCC)をはじめとする村田製作所の製品に活用されてきた技術です。この技術と伸縮性を有する基材や導電材を組み合わせることで、ストレッチャブル基板が実現しました。
ストレッチャブル基板は電子部品の製造技術という既存の技術と伸縮する素材の開発という技術が融合した「柔らかな技術」です。そして現在、医療分野では身体への追従性や装着時の快適性、センサ精度の向上、長時間貼り付けを可能にするといった効果が期待されています。さらに今後は医療だけでなく、産業用ロボットやスマートテキスタイルなど、多くの分野での活用が見込まれています。

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