産業のあり方を変えるデジタルツインの活用シーン
現実空間(フィジカル空間)とデジタル空間(サイバー空間)を連携させて、新しい価値を生み出す手法の「デジタルツイン」が注目されています。現実空間のデータを取得し、デジタル空間に高精度に再現することで、現実空間で起こることを予測したりシミュレーションしたりできる技術です。デジタルツインがどのように応用され、どのような効果をもたらすかを解説していきます。
さまざまな分野で活用が見込まれるデジタルツイン
デジタルツイン導入の有名な例が、国内空調機メーカーの工場への採用です。この会社は工場にデジタルツイン機能を備えた生産管理システムを導入し、製造ラインで「止まらない工場」を実現しています。製造設備からセンサやカメラで情報を取得し、製造工程をデジタルの仮想空間に再現することで、工程の停滞などを削減し、コスト効果を得ています。
デジタルツインの応用は製造業に限られたものではなく、都市や建物のデジタルツイン化も進んでいます。建物などのデータと画像から認識した人物やロボットなどのデータからデジタルツインを構築することで、デリバリーの自動化やAR(拡張現実)によるナビゲーションなどが可能になります。人流分析や災害時の対応などへの応用も考えられ、街全体への拡張も期待されています。
さらに大規模な分野では、例えば海洋生態系のデジタルツイン化の取り組みが進んでいます。海中の状況をカメラやセンサでデータ化し、海中の藻類などによる炭素吸収の促進や生物多様性の保全につなげる考えです。
このようにデジタルツインの用途は多岐にわたります。家庭からビジネスの現場、都市や自然環境まで、デジタルツインが新しい価値を提供していくと期待されているのです。
現実世界をサイバー世界で可視化して分析や予測を行う
ここでデジタルツインについておさらいします。デジタルツインとは、現実空間の状況をデジタル空間上で高精度に再現する技術です。各種のセンサやカメラなどで取得したデータを基にして、現実空間をデジタル空間で表現できるようにします。デジタルツインの「ツイン」とは、現実空間とデジタル空間の双子を意味します。
デジタル空間にある「双子の片方」は、適切にデータが取得されていれば、現実空間で対になる「双子のもう一方」と同じように振る舞うはずです。そこで、デジタル空間の「双子の片方」を使ってさまざまな分析や予測などを行うことで、現実空間の分析や予測が可能になるという考え方です。これにより、現実空間では検証が難しいトラブルの対応や、時間を超えた将来の予測、離れた場所での現実空間の体験などが、デジタル空間を活用することで可能になります。
現実空間からリアルタイムで情報収集をするデジタルツインでは、デジタル空間上で現実空間の状況を総合的にリアルタイムで把握できます。機器のセンサなどからもリアルタイムな状況把握はできますが、それでは単体の機器の状況しかわかりません。システム全体、プラント全体などの状況をリアルタイムに正確に把握して、より適切なトラブルへの対応などを実現する上では、デジタルツインの構築が力になります。
さらに、デジタル空間では、AI(人工知能)などを活用した高度な分析機能を使うこともできます。現実空間で起こっている事象を分析し、将来どのような状況が発生するかを予測することで、適切な修繕計画を事前に立てられるでしょう。このようにして時間を超えた対応が可能になるのです。
デジタルツインは、デジタル空間上に現実空間を再現していますから、現実空間では避けられない場所の制約も取り払うことができます。熟練の技術者のノウハウが求められる作業や教育研修などで、現場から離れた場所にいる熟練の技術者がデジタルツインを活用して遠隔指導を行うことが可能になるようなケースです。AR(拡張現実)などのユーザーインタフェースを利用することで、デジタル空間に現場の状況を再現し、遠隔地から現場の従業員などに適切な指導を行えます。
製造業で導入が進むデジタルツイン
幅広く活用が見込まれるデジタルツインですが、特に先行しているのは産業分野での活用です。都市や自然環境のような広大な現実空間を高精細にデジタルツイン化するためには、さまざまな種類の精緻なデータが求められます。一方で、工場などの閉じた空間で目的が特定されている場合は、都市や自然環境に比べれば構築が容易です。工場の製造機器から各種センサでリアルタイムにデータを取得したり、カメラによる映像情報を分析して製造現場の状況やロボットの移動状況などを可視化したりすることで、ビジネスに直結した効果が得られます。ラインが止まることによる損失は製造業にとっては大きなものなので、ダウンタイムを減らせれば、直接的な費用対効果が見込めます。
現状の把握から一歩進んで、デジタルツイン化することで製造プロセスの最適化や効率化につなげることもできます。現実の製造ラインを修正して、プロセスの最適化を実証することは容易ではありません。しかし、デジタルツイン化した製造ラインならば、ラインの変更などを自在にシミュレーションできます。現実空間の製造ラインに手を加えることなく、多くの製造プロセスをシミュレーションして、最適化したプロセスを構築することができるのです。生産の効率化やコストダウンにつながる施策が容易になります。
試験や開発をデジタル空間上で繰り返して現場変革
デジタルツイン化によるメリットは、現実空間では実現できないことをデジタル空間上で試せることです。例えば、自動車の衝突安全性を検証するためには、実際の車両を衝突させて試験する方法が採られていますが、車両の高精度のデジタルツインを作れば、実際に車両を衝突させずにデジタル空間上のシミュレーションで検証できるようになります。機器の損壊につながる試験や、人間と機器の干渉の検証など、現実空間では難しい試験も、デジタル空間ならば繰り返し実施して適切な回答を導き出せます。
設計や開発現場でもデジタルツインは効果を発揮します。例えば製品開発をする際、従来であればモックアップや試作機を作って、性能を確認しながら設計にフィードバックしていました。これらをデジタルツイン上で実施できるようになれば、複数の試作機をデジタル空間上に作って性能比較し、性能の高いものだけを実際の試作に回すといったことができます。同時に、新製品に向けた製造ラインもデジタル空間上で最適化できれば、設計開発から製造まで効率的なプロセスを生み出せます。
このようにデジタルツインには多くの可能性があります。一方で、データをどのように取得するのか、データの種類や精度はどのように設定するのか、デジタル空間上でどのように分析するのかといったことは精査しなければなりません。今あるデータをデジタル化しただけでは、求める性能を満たすデジタルツインが出来上がらないこともあります。実行するためのコスト、データを安全に利用するためのセキュリティなどにも注意を払わねばなりません。これらのハードルを乗り越えて、産業界に新しい価値をもたらすきっかけになると考えられており、着実に実用化が進められています。