デジタル空間上に現実空間の「双子」を再現するデジタルツイン
「デジタルツイン」とは、現実空間(フィジカル空間)の情報を使って、デジタル空間(サイバー空間)に仮想の現実を再現する手法のことを指します。デジタル空間に現実空間の双子を作ることで、これまでは得られなかったような価値を生み出すことが期待されています。デジタルツインの基本的な考え方、構成要素や応用例について解説していきます。
国や都も取り組むデジタルツイン
IT系のニュースなどで、「デジタルツイン」という言葉を目にすることが増えてきました。デジタル庁は、経済産業省や国土交通省などと連携し、「デジタルツイン構築」の実現を掲げています。将来的な自動運転車などの自律移動モビリティの運行を目的として、デジタル空間に仮想的な街を再現するために、3次元地理空間情報や気象状況、交通状況などを用いたデジタルツインの構築を目指しています。そうした試みの1つとして静岡県は、仮想空間上で1分の1スケールの静岡県を点の集まりとして再現する「VIRTUAL SHIZUOKA(バーチャル しずおか)」の構築に取り組んでいます。東京都も、防災、まちづくり、モビリティ、環境、観光などの産業における活用を期待して、「デジタルツイン実現プロジェクト」を実施しています。
民間においても、デジタル活用に先進的に取り組む企業で、デジタルツインの導入が進んでいます。「止まらない工場の実現」や、技術者の遠隔支援、新分野の技術開発などでデジタルツインは役立てられています。
デジタルツインの「ツイン」とは、双子を意味します。現実世界の双子をデジタルの世界に作り上げることがデジタルツインです。現実世界にあるモノの状態を、センサやカメラなどを使ってデータとして取得し、デジタルの世界に再現します。高い精度で現実世界のモノをデジタル上に再現できれば、現実世界と同じ振る舞いをデジタル上で確認できます。例えば、工場のデジタルツインを作成することを考えてみます。このデジタル空間上の工場を長期間連続稼働させてみれば、将来のトラブルや修理のタイミングを把握できます。現実世界の機器を故障させることなく、未来の状況を検証できるのです。
デジタルツインとサイバーフィジカルシステム
デジタルツインと似たような言葉に、「サイバーフィジカルシステム(CPS)」があります。サイバーフィジカルシステムも、現実世界のデータを取得して、サイバー空間、すなわちデジタル空間で分析を行います。その上で、サイバーフィジカルシステムでは、分析結果をフィードバックして、現実世界の状態を改善していきます。
デジタルツインもサイバーフィジカルシステムも、現実世界とデジタル空間の状態を同期させて、新しい価値を生み出そうという意味では似た概念であることが分かります。概念を丁寧に見ていけば、デジタルツインは現実世界をデジタル空間で再現して分析した結果を活用するところまでを主目的にしていますが、サイバーフィジカルシステムは現実世界へのフィードバックによる改善のサイクル構築が目的となっている点が異なります。すなわち、サイバーフィジカルシステムの1つの要素としてデジタルツインがあると考えるとよいでしょう。
デジタルツインの構成要素
デジタルツインを実現するには、どのようなシステム構成要素が必要になるでしょうか。主な構成要素としては、下記の4つが挙げられます。
- データ取得
- データ収集
- 分析・解析
- フィードバック
現実世界の今の状態をデジタル空間で把握するためには、データをリアルタイムに取得する必要があります。センサなどが取得したデータは、分析・解析するためにデジタル空間に収集しなければなりません。その上で、集めたデータを高度に分析・解析するプラットフォームが求められます。その結果を現実世界にフィードバックして活用できるようにするためにも最新のテクノロジーが必要です。
ここで1つ考えておきたいのが、取得するデータの品質です。どれほど素晴らしいデータ収集の仕組みや分析プラットフォームがあっても、データ自体の品質が低いと価値を生み出すことが難しくなります。単にデータを取るだけではなく、データ取得の頻度、求められるデータの種類、データをデジタル化する際の精細さなども、デジタルツインで価値を生み出すための基礎的な検討項目であることを理解しておきましょう。
デジタルツインを実現するための技術
次に、デジタルツインの実現で必要になる具体的な技術を見ていきましょう。デジタルツインは、多くの技術を複合して実現しています。
データの取得では、各種センサ技術が用いられます。工場のデジタルツインならば、既存の生産機器が生成するログデータが大切ですし、航空機や自動車などをデジタルツインで再現するならば、エンジンやモータ、各種の制御データが必要です。都市や社会インフラのデジタルツインでは、温度や湿度、建物や道路の3Dデータ、歩行者や自動車のリアルタイムな位置情報なども必要になるでしょう。カメラによる画像や映像、マイクなどによる音などのデータも、デジタルツイン構築に用いることがあり、広義のセンサと考えられます。
そうしたデータも、ただ取得しているだけでは、デジタルツインの効用にはつながりません。センサや計測機器などからの情報をリアルタイムに収集するためには、無線通信が役立つケースが多いでしょう。高精細な画像を扱うための大容量通信が不可欠な場合や、低遅延性や高信頼性が求められることもあります。低価格で長時間のバッテリー駆動が可能なデバイスへの要望も多いものです。これらの条件を満たすためには、最新の5Gネットワークや、現在規格化が始まっている6Gなど、高性能を実現できる無線通信方式を有効に活用することが求められます。工場などの限られたエリア内であれば、Wi-Fiやローカル5Gなども選択肢に入れるべきでしょう。デジタルツインにおけるデータの取得から収集までは、モノのインターネット(IoT)を実現するためのインフラと重なる部分が大きいことが分かります。
次に、収集したデータの分析には高い計算能力が必要で、高性能のコンピューターを備えたデータセンターやクラウドサービスが用いられます。未知のデータの関係性から推論するような場合には、AI(人工知能)の活用も重要な要素になります。デジタルツインによって、デジタル空間に現実世界の状況をどれだけ再現できるかは、これらの分析・解析の力に左右されます。
その上で、デジタル空間で得られた知見を現実世界にフィードバックする仕組みも必要となります。デジタルツインの分析結果を機器などの制御へと機械的にフィードバックするだけでなく、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などのデジタル空間の視覚化手法を用いることで、人間を介して現実世界にフィードバックすることもあります。
デジタルツインで何ができるのか
デジタルツインを構築すると、現実世界だけでは不可能だったさまざまな効果が得られます。工場の機器をモニタリングするデジタルツインを構築すれば、デジタル空間で状態を監視することで、故障の予兆を検知できます。事前に点検や整備ができれば故障によるトラブルやダウンタイムを防ぐことにつながり、ビジネスにプラスの価値を生みます。
同様に、デジタルツインを使えば、現実世界のシステムをシミュレーションできます。工場や農園で、デジタルツインを活用してシミュレーションすることで、効率的な運用を何パターンも検討し、実際の運用に生かせます。シミュレーション結果をARやVRでフィードバックすることで、バーチャルな教育をしたり、遠隔地からベテラン作業員が現地の若手作業員に指導したりすることもできます。
デジタルツインの有効性のもう1つが、開発や未来予測への適用です。例えば自動運転車を開発するときに、実際の自動車と歩行者を使って衝突回避の検証をすることは現実的ではありません。生産機器の耐久性を調べるための破壊試験なども、現物を壊れるまで使用してしまうとラインが停止してしまいます。現実世界では実施できないような条件でもデジタルツインのデジタル空間では可能です。衝突回避を繰り返して自動運転車のソフトウェアを改良したり、想像を超えるような津波や地震に対して生産機器がどのような挙動を起こすのかを検証したりといったことが、デジタルツインを使うことで可能になるのです。地理情報のデジタルツインを構築すれば、災害予測や被害の早期把握、二次災害の防止などにもつなげられます。
その先には、サイバーフィジカルシステムとの関連で紹介したように、現実社会へのフィードバックが関わってくるでしょう。リアルタイムの意思決定やシステム制御などへのデジタルツインの活用が期待されるところです。