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電子部品のチカラで化石燃料からの脱却を支える

電力変換やモータ駆動を高効率化、“SiC/GaNパワー半導体”の利用拡大の条件とは

世界中の政府やあらゆる産業・業種の企業が一丸となって、カーボンニュートラル達成に向けた取り組みを進められています(図1)。太陽光発電など再生可能エネルギーの活用や、これまで化石燃料を燃やして利用していた設備の電化、家電製品やIT機器、工業用モータなど既存機器の低電力化といった、考え得る限りの多角的な脱炭素化施策が実施されています。

さまざまな国や地域において、事業活動に伴う温暖化ガス排出をコストに転嫁するカーボンプライシングの仕組みを制度として導入するようになりました。これによって、脱炭素化の取り組みは、社会貢献として意義があるだけではなく、企業経営の成績表である財務諸表にも明確な数字となって影響が及ぶようになってきました。

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図1 カーボンニュートラル達成に向け電化と省電力化に向けた取り組みが加速

半世紀ぶりの半導体材料のフルモデルチェンジ

脱炭素化の取り組みが活発化する中、技術革新の動きが急加速している半導体の分野があります。パワー半導体です。

パワー半導体とは、電気電子機器を動作させるために必要な電力を管理・制御・変換する役割を担う半導体素子のことです。家電製品やIT機器の駆動電力を安定供給する電源回路や、電力を無駄なく送配電するための電力変換回路、自由に制御できるトルク・回転数でモータを高効率駆動する回路など、いわゆるパワーエレクトロニクス回路の中に組み込まれています。そうした持続可能な社会実現のキーデバイスであるパワー半導体において、今、半世紀に一度のフルモデルチェンジが始まっているのです。

パワー半導体には、MOSFET*1やIGBT*2、ダイオードなど、さまざまな素子構造があり、用途に応じて使い分けられています。ただし、構造は違っても、素子の材料は半世紀以上にわたって一貫してシリコン(Si)が使われてきました。Siには、良好な電気特性を備え、同時にさまざまな素子構造へと加工しやすい性質があったからです。

*1 MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor:金属酸化膜電界効果トランジスタ)とは電界効果トランジスタの一種で、電気的なスイッチとして機能します。金属、酸化物、半導体の3層で形成され、ゲートと呼ばれる電極に電圧を印加することで電流のオン/オフ動作をおこないます。

*2 IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor:絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)とは、MOSFETとバイポーラトランジスタを組み合わせた構造のトランジスタです。MOSFETの高速動作とバイポーラの高耐圧でオン抵抗が低い特徴を併せ持つことが特徴です。

ただし、さまざまな電気電子機器をさらに省電力化していくための高い技術要求のレベルを、Siベースのパワー半導体ではクリアできなくなってきました。こうした状況を打破するため、パワー半導体向け材料としての適性がSiよりも高い、シリコンカーバイド(SiC)と窒化ガリウム(GaN)といった新材料の活用が進んできているのです。SiCとGaNは、絶縁破壊電界強度(耐圧に影響)、移動度(動作速度に影響)、熱伝導率(信頼性に影響)など、複数の物理特性でパワー半導体向きの特徴を備えています。その優れた特徴を引き出すデバイスを開発できれば、より高性能なパワー半導体を実現することができます。

SiCベースのMOSFETやダイオードは、既に製品化され、EVのモータ駆動用インバータや太陽光発電のパワーコンディショナー中のDC/ACコンバータなどに応用されています。GaNベースのHEMT*3も既に製品化され、超小型のPC用ACコンバータやスマートフォン用充電器などに利用されるようになりました。

*3 HEMT(High Electron Mobility Transistor:高電子移動度トランジスタ)とは、性質の異なる半導体を接合し高い移動度をもつ電子を誘起させて高速スイッチングを可能にする電界効果トランジスタです。

SiC/GaNの潜在能力を引き出すには、コンデンサやインダクタなどの進化が必須

新材料をベースにして作られたパワー半導体は、既存のパワーエレクトロニクス回路中のSiベース素子を単純に置き換えただけでは、その優れた潜在能力を最大限まで引き出すことができません。パワーエレクトロニクス回路を構成する、その他の半導体ICや受動部品、さらには制御ソフトウェアがSiベースのパワー半導体を利用することを前提にして開発・選定されているからです。新材料ベースのパワー半導体を効果的に活用するためには、これら周辺部品も、新たに開発・選定し直す必要があるのです。

データセンタ用サーバなどで活用されているGaNベースのパワー半導体を活用したAC/DCコンバータの回路例
図2 データセンタ用サーバなどで活用されているGaNベースのパワー半導体を活用したAC/DCコンバータの回路例

例えば、最近、データセンタ用サーバの電源を低消費電力化するために導入されるようになったGaN HEMTを採用したAC/DCコンバータの回路には、多数のGaN HEMTが利用されています(図2)。高電圧で高速スイッチングが可能というGaN HEMTの特性を活かして、パワーエレクトロニクス回路のスイッチング周波数(動作周波数)を向上させることができます。動作周波数の高い回路では、回路中に組み込むコンデンサやリアクタ―信号処理回路におけるインダクタ―のリアクタンスの値が小さくて済みます。一般に、低リアクタンスの部品はサイズが小さいため、回路基板の小型化や電力密度の向上が可能です。同様に、EV用モータを駆動するインバータ回路などでも、SiC MOSFETの導入によって、周辺部品の小型化、ひいてはインバータ回路全体の小型・軽量化が実現します。

その一方で、高電圧で高速スイッチングする電源からは、レベルの高いノイズが発生し、周辺の機器動作に悪影響を及ぼす可能性があります。SiCやGaNで作られたパワー半導体で構成した電源は、より高い周波数でスイッチングすることから、そのリスクが一層高まります。このため、これまでのパワーエレクトロニクス回路を利用する場合よりも、厳しいノイズ対策が必要になります。その際には、従来回路向けよりも、高電圧・大電流・高周波数の回路に適用することを想定したノイズ対策部品の使用が求められます。

その他にも、受動部品の中でも特に重たい部品である変圧器(いわゆるトランス)にも、より高い周波数で動作する、小型の変圧器が求められています。既に、SiCやGaNベースのパワー半導体の利用を前提とした、低背のプレーナー型変圧器などが開発され、市場投入されるようになりました。

パワー半導体だけでなく、周辺部品の進化にも注目

これまで、パワー半導体に限らず、さまざまな種類の半導体が、Siベースで作られてきました。このため、現存する電子部品の多くが、暗黙のうちにSiベースの半導体と組み合わせて利用することを前提として開発されています。新材料で作られたパワー半導体の導入効果を最大化するには、既存部品の中でよりよいものを探すだけでなく、新たな技術要求に合わせて新規開発する必要が出てくる可能性があります。

素子の材料や構造別のパワー半導体の棲み分けのイメージ画像
図3 素子の材料や構造別のパワー半導体の棲み分け

一般に、Siベースのパワー半導体では、より高電圧、大電流に対応できるものほど、動作が低速な傾向があります(図3)。このため、高電圧、大電流に対応可能な小型のコンデンサやリアクタが十分にそろっているわけではありません。また、高温下で安定動作できるSiCベースのパワー半導体では、放熱システムを簡略化して、小型・軽量化と低コスト化を図る傾向があります。こうした場合、受動部品にも高温環境下での高い信頼性を保証する必要が出てきます。

パワー半導体の分野での新材料導入は、半世紀以上にわたるSi材料に最適化した電気電子エコシステムを刷新する大きな動きです。新材料に最適化した周辺電子部品の進化も大いに注目したいところです。

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