大阪・関西万博技術記事―「一生ものの仕事」「ムラタの一員であることの誇り」が生まれるまで(後編)のメイン画像

大阪・関西万博

大阪・関西万博技術記事―「一生ものの仕事」「ムラタの一員であることの誇り」が生まれるまで(後編)

4. ムラタへの愛着と共創を生み出すために

モノづくりの“プライド”が凝縮されたふしぎな石ころ“echorb”。生産を担ったのは、石川県羽咋市にあるハクイ村田製作所です。

安藤「2024年の能登半島地震の被災地である石川県を元気にしたい、勇気づけたいという想いを込めて、ハクイ村田製作所でechorbを生産したという経緯があります。被災後は伝統工芸品の産業も大きな打撃を受けていたので、金沢の金箔や輪島漆器バージョンのechorbも制作し、さまざまなメディアで取り上げられました。地元の高校生を万博会場に招待するなど、地域の方々にムラタに愛着を持ってもらう良いきっかけになったと考えています」

ハクイ村田製作所での生産の様子
ハクイ村田製作所での生産の様子
金箔と輪島漆器の特別版のechorbも作った
金箔と輪島漆器の特別版のechorbも作った

そして、取引先との間に共創(co-creation)が生まれたことも大きな成果だと安藤は続けます。

安藤「シグネチャーパビリオンBetter Co-Beingを体験された取引先の方々は、ムラタの技術で広がる未来の可能性を実感してくださいました。『この技術はこんなふうに使えるんじゃないか』とさまざまなアイデアも出してくださって、自然と共創が生まれていく空気感が生まれました。echorbに使われている3Dハプティクス(錯触力覚)技術を開発した産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所)の方も来場し、実用化に向けた大きな一歩だと喜んでいただけたことも印象深いですね」

スポーツやリハビリ、エンターテイメントといった分野における技術活用の解像度が上がり、実用化に向けて拍車がかかっています。

安藤「スマートフォンやウェアラブルデバイスへの搭載も含め、夢も可能性も大きく広がっています。今回のプロジェクトを通じて、生業であるモノづくりにお客様の体験価値という視点が加わったことで、従業員の視野も発想も広がりました。それは、我々が新たに取り組んでいる新規事業創出やソリューションビジネスに結びつくものですし、将来的に必ず成果につなげなくてはならないと考えています」

5. どんな未来が訪れるか、子どもたちに想像する機会を与えたい

ムラタの従業員には“誇り”を、地域の人々にはムラタへの“愛着”を、取引先には“共創”のきっかけをもたらした大阪・関西万博。そして、来場者へ“感動”を与えることは安藤の悲願であり、開幕前には「『echorb』を手にした来場者から『わ~』という歓声、『お~』という感嘆が起こることを夢に描いている」と語っていました。

安藤「まさに夢が現実のものとなりました。最終日には20回以上、パビリオンに訪れたという来場者もいらっしゃって、『ふしぎな石ころに魅了されました!』と言ってくださいました。パビリオンのアテンダントの方が気をきかせてくださり、『開発責任者の安藤さんがきています!』とご紹介いただくと、大勢の来場者がわっと集まってきて、一緒に写真を撮りました。来場者の方が泣いている姿を見て、私ももらい泣きして。完成した美しいパビリオンを見た瞬間にも涙があふれ出てきましたが、会期中は本当に感動の連続でした」

来場者の子どもがふしぎな石ころに導かれ、瞳を輝かせてパビリオンを探索する。そのシーンは、「30年や50年、さらには100年単位の大きなスケールの社会発展や革新を成し遂げるためには、子どもたちの心に何を残せるかが重要」だと考える安藤が目指し続けたものです。

安藤「ムラタは未来を担う子どもたちに科学技術の魅力を伝え、将来、イノベーションを起こす人材を育成するためにSTEAM教育活動に取り組んでいますが、今回のパビリオンはまさにSTEAM教育につながるものです。大切なことは、子どもたちがどんな未来が訪れるか、どんな未来にしたいかを想像すること。我々はそのきっかけづくりをすることで、理系人材が不足する日本のエレクトロニクス産業を支えるイノベーターを育てたい。もちろん、ムラタに入社してくれたら最高ですね(笑)」

「全国各地の学校に赴く出前授業でechorbを使ったコンテンツも開発中です」と語る安藤
「全国各地の学校に赴く出前授業でechorbを使ったコンテンツも開発中です」と語る安藤

6. 従業員にとって一生ものの仕事であり、語り継がれる仕事ができた

子どもたちの心に何を残せるか。そう考え続けてきた安藤にとっての原体験は、1970年の大阪万博だと言います。当時、四国に暮らしていた5歳の安藤少年は、テレビに映る太陽の塔を見て、「大阪の街に悪いロボットが攻めてきたら、太陽の塔がレーザー光線でやっつけてくれるんや!」と夢想し、大いに興奮したそう。科学への憧れを募らせた安藤少年は工作に目覚め、卒業文集には「将来、発明家になって世の中を驚かせる」と記しました。

安藤「幼少期に感じたわくわくや驚きの体験は心に残り続け、必ず未来に影響を与えます。私自身がそれを体現している一人なのです。5歳のときに興奮を覚えた大阪万博に、55年後の今、プロジェクトの旗振り役として参加している。これほど感慨深いことはありません。この半年で何度うれし泣きをしたことか。開幕する前、従業員のみんなに『これは一生ものの仕事になる。語り継がれる仕事にしよう』と話していましたが、私自身がそのことを誰よりも実感しています」

ムラタの歴史においても語り継がれるであろうプロジェクトを完走し、万感の想いを抱く安藤の脳裏には、ある想像が駆けめぐっていると言います。

安藤「もし、自分が万博を担当していなかったら、ふしぎな石ころというアイデアが生まれなかったら、どんなことをやっていただろう。今回のメンバーが集まらなかったら、どうなっていただろう。そんな想像が頭をめぐります。決してネガティブな意味ではなく、全く違うアイデアが生まれていただろうと妄想することが楽しいのです。一方で、今回のメンバーで万博に臨めて心の底から良かった。従業員が一体となる体験ができて、本当に幸運だったと思います。数え切れない苦労がありましたが、本音を言うと、もし5年後に万博があるなら喜んで参加したいですね(笑)」

写真左から村岡、林田、安藤、金川
写真左から村岡、林田、安藤、金川

©Expo 2025

関連リンク

関連記事