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“○○テック”の進化を支える電子技術

食に関わる課題を解決し、新たな価値を生み出す「フードテック」

生活の基礎的要素「衣食住」のうち、“食”は生きていく上で最も重要なものと言えるでしょう。人間は、食料がなければ、生命を維持することも、動くことすらできません。

その一方で、人間にとっての食には、生きるための糧以上の意味合いもあります。生活を彩る豊かさの一端であり、健康を維持する薬であり、菜食主義者の人たちには価値観の表現であり、宗教や文化をカタチづくる重要な要素でもあります(図1)。そんな人間にとって大切な食が、近年様々な問題を抱えるようになりました。途上国での食糧危機、食品ロス、食品の安全、食料生産従事者の人手不足などです。

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図1 多彩な食のあり方と、食に関わる社会問題

こうした食を取り巻く状況を鑑みて、最新テクノロジーを活用することで、より豊かで、なおかつ持続可能な食の生産・供給・消費を実現しようとする動きが活発化しています。ここでは、「フードテック」と呼ばれる新たな食のあり方を追求する技術開発のムーブメントについて解説します。

テクノロジーの進歩で食品生産の工業化が加速

フードテックとは、食(Food)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語です。食に関わる産業というと、農業や食品加工業、飲食店などを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。これまでこれらの産業は、どちらかといえば最新テクノロジーとは疎遠な産業とみなされがちでした。ところが実際には、ICTやロボット、バイオなどのテクノロジーの絶好の応用分野になっているのです。そして、テクノロジーを積極導入することによって、食料生産の効率化、機能性食品の創出、流通・消費の合理化、多様化する消費者ニーズへの対応、人手不足の解消などに挑む企業が次々と出てきています。

フードテックが今注目されるようになった要因のひとつに、テクノロジーが進化し、食材や食品を科学技術に基づく工業製品として扱えるようになってきたことがあります(図2)。食の産業で扱う食料の多くは、生き物です。当然のように、一つひとつ個体差があり、時間が経てば状態が変化してしまいます。このため、電子機器や自動車のような規格化して安定品質での大量生産ができる工業製品とは異なり、キッチリした開発・生産の管理ができない製造業として扱いにくい対象でした。たとえば、不揃いな柔らかいイチゴを掴み上げて並べるといった人間ならば簡単にこなせる作業さえ、過去のロボットではできなかったのです。

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図2 フードテックに注目が集まる技術面と市場面の要因

これが、人工知能(AI)のような多様な個体の集まりの中から意味ある傾向を抽出する情報処理技術や、IoTのような一つひとつの違いに目配りして把握・分析できる技術、さらには動物や植物の性質を管理・制御できるバイオ技術などの進歩によって、これまでとは違ったアプローチで食品を工業化できるようになりました。

加えて、フードテックに注目が集まる要因として、食に関わる産業の規模が、とにかく巨大であり、成長し続けている点も見逃せません。農林水産政策研究所によると、世界の飲食料市場の規模は2015年の890兆円から、2030年には1360兆円と1.5倍に成長すると予測されています。応用市場が巨大で、さらなる成長が期待されているわけですから、そこに内在する課題を解決したり、新たな価値を生み出したりする技術を開発するために、巨額の投資ができる素地があると言えるのです。フードテックを成長産業として育成するために、国を挙げて支援していく方針を定めている国もあります。日本では、2020年に、政府がフードテックによる課題解決や取り組みを後押しするための産学官連携による「フードテック協議会」を発足しました。

フードテックで食糧危機や食品ロスの解消を目指す

食に関わるどのような社会課題の解決や価値創出を目指して、どのようなテクノロジーを活用しようとしているのか。代表的な2つの領域での取り組みを整理して紹介します。

まずは、食糧危機対策です。2050年には、世界の総人口が現在よりも約3割増えると予測されています。それに伴って食料需要も増大することは明白です。また、温暖化による気候変動によって、従来は栽培適地であった場所で作物が採れなくなることが懸念されています。SDGsの中でも、2番目の目標として、「飢餓をゼロに」と挙げられています。

こうした問題を解決するため、バイオ技術によって培養した動物の細胞シートを積層したり、3Dプリンタで成形して作る培養肉の開発や過酷な条件下でも生育して収穫量も多い作物の品種開発などが進められています。また、人工的に生育環境を整えた植物工場や陸上漁業といった、新たな農業や漁業に向けた技術は、既に実用化しています。これらの技術の延長線上で、単に収穫量を増やすだけでなく、動物や植物の遺伝子に内在する潜在能力を引き出し、人間の健康の増進に効果がある成分を多く含む食料を作れるようにもなってきています。

次は、食品ロスの解消です。国際連合食糧農業機関(FAO)によると、農業生産から消費に至る食品サプライチェーン全体で、食料の約3分の1が様々な理由から捨てられており、その量が年間約13億トンに達するそうです。食品の品質に特に厳しい日本では、「3分の1ルール」と呼ばれる結果的にロスを助長してしまう商習慣があります。製造日から賞味期限までの期間を3等分して、納品期限と販売期限を決め、期限が過ぎたら破棄するというものです。現在、日本政府は、この商習慣の是正に向けて取り組んでいます。SDGsでも、2030年までに、小売り・消費レベルで1人当たりの食料廃棄を半減させ、収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食品ロスを減少させる目標を掲げています。

食品ロス解決の糸口となるテクノロジーが、RFIDタグやIoTなどを活用したフードチェーン・マネージメントの高度化です。一つひとつの食品の流通履歴を明確に把握し、生鮮食品の賞味期限が近づいたら、加工食品の原料に回すといった弾力的な対応をしやすくすることを狙ったものです。こうした手法を実践できれば、産地偽装防止や異物混入の追跡、添加物やアレルゲンの含有、ハラール対応など、食の安全の確保につながるトレーサビリティも実現します。

フードチェーン・マネージメントを効果的に実践するためには、国や業界、企業の枠を超えた情報共有が必要になってきます。こうした要求に応える情報基盤の構築が、日本でも進められています。農林水産省は、まず最初に、効果的で効率的な農業生産に向けた情報を集約する情報基盤「農業データ連携基盤(WAGRI)」を構築。フードチェーンの川上のスマート化を起点にして、そこに川中の加工・流通、さらには川下の販売・消費の情報を集約・共有する情報基盤を連結して、フードチェーン・マネージメントの効率化を目指す情報システム「スマートフードチェーン」(図3)の構築を構想しています。これによって、消費者行動に基づく生産・作業計画の策定や、生産情報と受発注・在庫情報に基づく最適な集荷・発送ルートの選定など、業界・業種を超えたフードチェーンの最適管理が可能になります。

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図3 日本政府が構想するスマートフードチェーン・システム 出典:農林水産省

ここで紹介した2つの領域以外にも、化学の知見を生かして食べ物の風味や食感を分子レベルで制御する技術や、触覚など人間の五感を再現することで食料の生産・加工を自動化するロボティクス技術など、フードテックに関わる様々な取り組みが行われています。フードテックの範疇に含まれる様々な領域で、ICTなど最先端のテクノロジーの活用が今後も期待されます。

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