IoT機器の利用シーンの拡大、 ウェアラブル機器の進化を支える ムラタの酸化物型全固体電池(前編)のイメージ

IoT機器の利用シーンの拡大、 ウェアラブル機器の進化を支える ムラタの酸化物型全固体電池(前編)

携帯型電子機器のさらなる進化を目指して

スマートフォンやノートパソコンなど携帯型電子機器は、半導体やチップ部品などの飛躍的進化により、私たちの暮らしや仕事に欠かせない存在となりました。なかでもバッテリの進化は、携帯型電子機器の利用シーンを拡大する原動力として欠かせないものでした。

本格的なデータ活用社会の到来を前に、携帯型電子機器には、さらなる小型・軽量化が求められています。社会インフラや工場などの稼働状況を正確に把握するためには、現場のデータを収集してデータセンターへと伝送する小型のIoT機器が欠かせません。また、私たちの健康の維持や豊かな生活の実現に向けて、ウェアラブル機器の普及が期待されています。これらIoT・ウェアラブル機器の普及には、バッテリのさらなる進化が必要不可欠です。

 

高性能なリチウムイオン二次電池にも課題が

現在、携帯型電子機器用のバッテリとして、最も広く使われているのがリチウムイオン二次電池です。スマートフォンなどは見かけによらず大量の電力を消費します。小さなスペースに大きな電力を蓄積し、高出力での充放電が可能なリチウムイオン二次電池は、携帯型電子機器向けとして他に代わるものがない高性能バッテリです。

ただし、現状のリチウムイオン二次電池には、携帯型電子機器の利用用途を広げるため、安全性をさらに高めて欲しいとする要望が根強くあります。リチウムイオン二次電池を構成する材料の中には、可燃性の液体が含まれています。そして、外部から衝撃を受けて、電池内部でショートが起きると発熱、最悪の場合発火に至る可能性があるからです。このため、過酷な環境下での使用や人命に関わる機器や大切な資産を扱う機器での使用には様々な制約や保護が必要でした。

こうした課題を解決するため、可燃性の液体だった電解質*1)を燃えない固体材料に変えて安全性を高める全固体電池の開発が世界中で進められています。ただし、これまでの安全性を追求する全固体電池に使われていた固体電解質の材料では、電池内部をイオンが流れにくく、リチウムイオン二次電池 の高性能が削がれてしまう欠点がありました 。固体電解質として、高出力が得られる硫化物型の電解質材料の開発も進められていますが、硫化物型の材料は大気に触れると有毒ガスが発生する恐れがあります。

*1)電力を充放電できるバッテリである二次電池の内部で、正極と負極の間で電荷をやり取りする媒体(リチウムイオン二次電池の場合にはリチウムイオン)が移動するための通り道となる物質を電解質と呼びます。

IoT・ウェアラブル機器のさらなる進化を後押しする全固体電池を目指して

村田製作所(以下、ムラタ)では、小型・高性能なIoT・ウェアラブル機器の実現に貢献すべく、安全性の確保を最優先に考えながら、蓄積可能な電力を最大限まで高める全固体電池を開発しています。その実現に向けて、ムラタが長年培ってきた積層セラミックコンデンサ(MLCC)の技術を生かして、独自の材料・プロセス・装置技術の開発に挑んでいます。

そして、2019年、業界最高水準の性能を持つ全固体電池の開発に成功しました。試作品はCEATEC 2019で披露され、「CEATEC AWARD 2019」の経済産業大臣賞を受賞するなど大いに注目を集めています。

独自の材料技術とMLCC技術の融合で安全性と高性能の両立を実現

ムラタが開発した全固体電池は、携帯型電子機器の利用シーンを拡大する可能性を秘めたインパクトのある技術です。ただし、その実現に至るまでの道のりは険しかったようです。その開発に取り組むムラタのエンジニアに、開発の経緯と出来上がった全固体電池の特長、さらには今後の進化の方向性について聞きました。

左から、プロジェクトリーダー 清水、シニアマネージャー 熊谷、シニアバッテリエンジニア 青木

課題は安全性向上×性能向上

――現在、世界中の企業が究極のリチウムイオン二次電池である全固体電池の開発で競っています。こうした中で、ムラタではどのような全固体電池を目指しているのでしょうか。

私たちは、安全性向上を最優先に考え、IoTやウェアラブルへの応用に適するエネルギー密度*2)の高い全固体電池の開発に注力しています。

*2)エネルギー密度とは、二次電池の容積や重量当たりに蓄積できる電力を表す指標のことです。単位は、Wh/ L(容積に注目した際の単位)、またはWh/kg(重量に注目した際の単位)です。エネルギー密度が高いバッテリならば、小型・軽量でありながら、より多くの電力を蓄積できるようになります。ひいては、より高度な電子機能を搭載した、使い勝手の良い携帯型機器を作ることが可能になります。

全固体電池の応用先というと、まず電気自動車を思い浮かべる人が多いかもしれません。ただし、ムラタが開発している全固体電池は、自動車用とは別物です。
自動車用途には、例えば自動車の急加速に対応するため、出力性を重視したイオン伝導度に優れる硫化物型材料が広く検討されていますが硫化物型材料は電池が破損した際の有毒ガス発生など安全性に課題が残ります。高い安全性の確保は、人の体に装着するようなウェアラブル機器においても重要視されます。

各種電池の課題

そこで、ムラタの全固体電池では、固体電解質には安全性に優れ、耐熱性・不燃性を備えた独自の酸化物型のセラミック材料を採用しています。一般に、酸化物系の固体電解質では、エネルギー密度の向上や大容量化が課題でした。IoT・ウェアラブル機器では、様々なセンサからデータを収集し、なおかつ無線で収集したデータを伝送する機能が必須です。こうした機能を動かすために必要な電力を安定供給できるエネルギー密度を実現したいところでした。このため、ムラタが開発した材料を活用し、エネルギー密度の向上や大容量化を図るための開発が進められました。

ムラタのMLCC技術

全固体電池の安全性と性能を両立する鍵はMLCC技術

――酸化物系材料を固体電解質として採用すると、なぜエネルギー密度を高めるのが難しいのでしょうか。

全固体電池に限らず、高いエネルギー密度の電池を作るためには、電池内の電極活物質*3)の割合を増やす必要があります。また、高出力(低抵抗)を実現するためには、①電極間のイオン伝導をよくすること、②電極活物質と電解質の界面密着性を高めることが重要になります。従来のリチウムイオン二次電池では、イオン伝導度の高い液体の電解質を使うため、この点は問題になりません。しかし、私たちが使う酸化物セラミック材料は、安全性は高いものの、イオン伝導度が相対的に低く、さらに硬い粒子状の材料であるため活物質との密着性もよくありませんでした。このため、高エネルギー密度と高出力の両立が難しいのです。

*3)活物質とは、電極を構成する物質の中で、電荷のやり取りを直接担っている物質のことを指します。

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