慣性力センサの高精度化を追求(後編)のイメージ

安全な自動運転車を目指して 慣性力センサの高精度化を追求(後編)

前編では、村田製作所(以下、ムラタ)の慣性力センサが持つ低ノイズ、高感度、高安定な特長を生かし、高度運転支援システム(ADAS)や自動運転車の制御に応用するための技術を開発していることを紹介しました。ムラタは、自動車用のセンサの供給で求められる安全性や信頼性の向上、さらには安定供給体制の確保などに努めています。ただし、システムが人の命を預かることになる将来の自動運転車では、慣性力センサの安全性と信頼性も、現状よりもさらに高めていく必要があります。後編では、自動運転車に向けた、より安全で信頼性の高いセンサの実現を目指したムラタの取り組みについて、開発に携わっているエンジニアに聞きました。

センサの利用技術にも踏み込んで安全性を作り込み

――自動運転車の実現に向けてどのような技術開発を進め、慣性力センサの安全性と信頼性を高めているのでしょうか。

まず、慣性力センサの素子自体の精度を高めるため、構造設計上の工夫が欠かせません。加えて、センサから得た信号から位置検出に必要な情報を得る際の信号処理も、自動運転に適用できる高い精度と、過酷な環境にも耐える安定性を実現できるようにしておく必要があります。

信号処理では、センサから得た信号の中に異常な信号が混じっていた場合、これをノイズとして無視するのか、それともエラー処理すべきなのかといった、安全性や信頼性に関わる処理をしています。適切に処理するためには、使っているセンサの特性を考慮しながら、お客様から求められる技術要件に合わせた処理方法を開発することが求められます。こうした信号処理を実行する半導体チップ(ASIC)やファームウエアは、ムラタが独自開発しています。

機能安全面でも、一歩踏み込んだ対応が必要になります。慣性力センサは、クルマの位置や方向を正確に知るために欠かせない素子であり、万が一にもその機能が失われることがあってはなりません。このため、お客様は慣性力センサを複数個搭載した冗長構成の慣性計測装置(Inertial Measurement Unit:IMU)を作り、ひとつが故障しても全機能が失われないようにします。クルマに実装する際には、ムラタのセンサを搭載した制御モジュールと、それ以外のモジュールを組み合わせてシステム統合する場合もあるでしょう。そうした利用法も想定して、センサ特性を生かした使い方や信号処理、お客様での使い方を理解し、使いやすいセンサを追求する必要があります。

公道での実証実験を通じて安全向上の技術を磨く

――安全な自動運転車を支えるセンサの開発は、素子開発だけにとどまらないのですね。より安全なシステムの実現に向けて、どのように取り組んでいるのでしょうか。

開発した慣性力センサを使ってIMUを試作して実車に搭載し、フィンランドで公道実験を行い、効果を検証しながら素子やシステムを作り込んでいます。

実証実験では、慣性力センサだけで自律走行させた際に、どのくらいの誤差が生じるのか、高速では時速80km、一般道では時速40kmで走りながら、20秒間のGPSオン状態と10秒間のオフ状態を繰り返して検証しています。現時点で、GPSオフでの自律走行でも、高速道路で実質30cm以内、路面状態がよくない公道でも50cm以内の誤差で位置を検出できています。この誤差ならば、走行車線をはみ出さない範囲内だと言えます。

慣性力センサを使ったIMUの実証実験

ただし、10秒間の自律走行が可能なことを実証できただけでは、まだまだ自動運転車には適用できません。現実の道路の中には、極めて長い区間にわたって、GPS信号を受信できない場所があります。

例えば、首都高速道路中央環状線の山手トンネルは全長約18kmです。危険な状況になった際の、路肩への退避や、緊急停止を想定しても、少なくとも数kmの区間は慣性力センサだけで自動運転できる精度が必要となります。時間に直せば、数分間、慣性力センサだけでの自律走行を維持する必要があるということです。また、実走行では様々な外乱ノイズが入るので、その対策も必要だと感じています。

自動運転向け技術は、他分野でのイノベーションを誘発する

――今後、ムラタの慣性力センサは、どのような進化を遂げ、どのような応用での活用を広げていきたいと考えていますか。

先に挙げた山手トンネル全ての区間を慣性力センサだけで走り抜くためには、10分以上、高精度での位置検出を維持できる必要があります。これを実現するには、航空機向けの極めて高価な光ファイバジャイロを使っても、やっと対応できるかどうかという状態でしょう。私たちは、そのレベルの精度を、リーズナブルな価格のMEMS慣性力センサで提供できるように邁進していきたいと考えています。

また、自動運転車が普及し、そこに使われている技術が成熟すると、農機や建機にもイノベーションを起こせるのではと考えています。自動運転化され、農機ならば機体が小型化し、作物の生育状況や耕地の状態に合わせたきめ細かい農作業ができるようになります。こうした自動運転車向け技術の異分野展開も視野に入れながら技術開発をしていきたいと思います。

センサ事業部メンバー

高度なセンサ技術を広く利用できるようにして、 社会問題の解決に貢献したい

そう遠くない将来、運転する人が乗っていない完全自動運転車が、生活やビジネス、社会活動を支える存在として、確実に普及していくことでしょう。ただし、そこに至るまでに解決すべき技術課題は、まだまだたくさんあります。慣性力センサの高精度化、安全性と信頼性の向上もそのひとつです。

慣性力センサの開発に携わるムラタの技術陣は、技術力を磨き、高精度なセンサを使いやすい形に仕上げ提供することで、社会の発展に貢献していきます。今後も、自動運転車の進化を支えるムラタの技術開発にご期待ください。

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