慣性力センサの高精度化を追求(前編)のイメージ

安全な自動運転車を目指して 慣性力センサの高精度化を追求(前編)

自動運転車が街の中を走り回る時代が、そう遠くない未来になってきました。高齢化社会での安全な移動手段の確保、渋滞や事故の削減など多くの社会課題の解決策として、自動運転車の実用化に大きな期待が掛かっています。ただし、ドライバーの高度な運転作業を機械で代替することは簡単ではありません。その実現には、最先端テクノロジーの投入が不可欠です。

自動運転車の実現に向けたキーテクノロジーとして、人工知能(AI)の活用に注目が集まっています。AIの進歩は目覚ましく、既に人間に迫る精度で走行環境を判断できるようになりました。ただし、どんなに高度なAIでも、センサから得る走行環境のデータが正しくなければ的確な判断はできません。高精度なセンサの活用は、安全な自動運転車を実現するための大前提だと言えます。村田製作所(以下、ムラタ)では、全地球測位システム(GPS)の信号が届かない場所、カメラやレーダが十分に機能しない劣悪環境でも、クルマの位置や方向を正確に特定できる慣性力センサの開発に挑んでいます。

 

高精度なセンサは、自動運転車の安全性向上の大前提

既に走行車線を自律的に維持できる高度運転支援システム(ADAS)を搭載したクルマが登場しています。自動運転車は、ADAS向け技術をより進歩させることで実現します。ただし、求められる技術の飛躍的向上が欠かせません。ADASでは安全確保の責任は常に人が担い、システムはその支援に徹します。これに対し、米SAE*1)が定めるレベル4以上の自動運転車では、操縦に向けた判断をシステムが担うことになるからです。

*1)SAEはSociety of Automotive Engineersの略称です。あらゆる乗り物の標準化を推進している非営利団体です。SAEは、自動運転車での運転制御技術を、システムが関与する度合いを尺度にして、レベル0(すべての操作を人間が行う)〜レベル5(すべての操作をシステムが行う)までの6段階に分類しています。

クルマの走行環境は多様です。トンネルの中、濃霧の中、整備が行き届かない道路など、状況判断が困難な場所を走る可能性もあります。そのような場所でも安全な走行を可能にするため、自動運転車には、GPSやカメラ、レーダなど走行環境のデータを集める様々なセンサが搭載されています。こうした多様なデータ収集手段のひとつで、クルマの姿勢と方向を検知して、走行軌跡を正確に描くために使われるのが、慣性力センサです。トンネルの中などGPS信号が届かない場所や、カメラやレーダが十分に機能しない場面で、車線を越えて、並走するクルマやガードレールなどにぶつかることなく走行するためのデータ収集がその役目です。

 

どんな環境でも安全に走行できる自動運転車の実現を目指して

ムラタの慣性力センサでは、特に高精度化に向いた素子構造を採用しています。既に姿勢制御用センサとして、従来車にも搭載されています。ただし、自動運転車に適用するためには、さらなる精度と安全性の向上、および機能の向上が求められます。

ムラタでは、公道での実証実験による地道な検証を繰り返しながら、さらなる高精度化と安全性・信頼性の向上を実現する慣性力センサ開発に取り組んでいます。

素子レベルからシステムレベルまで、 広範な技術を結集して安全性向上に挑む

自動運転車向けの慣性力センサは、従来の応用分野よりも格段に高い精度と安全性、信頼性が求められています。その実現に向けて超えなければならないハードルは、極めて高いものです。自動運転車への搭載に向けた慣性力センサの開発に取り組んでいるムラタのエンジニアに、自社のセンサの特徴と、今後のさらなる進化を目指した技術開発の進捗について聞きました。

センサ事業部メンバー

精度重視のバルクMEMS*2)型の構造を採用

――ムラタの慣性力センサは、自動運転車の安全性向上に適した、どのような特徴を備えているのでしょうか。

*2)MEMSとはMicro Electro Mechanical Systemsの略で、半導体プロセス技術を使って作った3次元微細構造を持つ機械システムのことです。センサに応用する場合には、機械的に動く微細な構造を作り、その動きを電気信号に変換して、その大きさや変化によって動きを検知します。センサ以外にも、ディスプレイの表示素子や高周波部品を作る技術として使われています。

加速度や角速度など、モノの状態や動きを検知するMEMS慣性力センサの工法には、表面MEMSとバルクMEMSの2種類があります。このうち、表面MEMS型は小型化に適した構造で、スマートフォン用カメラの手ぶれ補正などに使われています。一方、バルクMEMS型は高精度化に適した構造です。ムラタは、バルクMEMS型にフォーカスして開発しています。

MEMS慣性力センサでは、モノの動きに応じて素子中の可動するセンシング部が機械的に動き、これを電気信号に変えることで加速度や角速度を検知します。表面MEMS型ではセンシング部の厚みが10μm〜20μm*3)と薄く、動きから得られる信号が微弱です。そのため、回路側での大幅な信号増幅が必要となり、その際にノイズが目立つようになります。これに対しバルクMEMS型では、ウエハーを40μm以上まで深掘りして、3次元構造の大きなセンシング部を形成します。そのため、表面MEMSで得られる信号よりも素子レベルで強い信号を正確に出力する事ができ、低ノイズ、高感度、高安定な慣性力センサを作ることができます。こうしたバルクMEMS型固有の特徴は、高いレベルの安全性と信頼性が求められる自動運転車用に最適です。

*3)市場における一般的な値

自動車向けの信頼性・機能安全の規格に準拠

――ムラタの慣性力センサは、現在どのような応用で利用されているのでしょうか。

現在は、工作機械のアームの位置検出など産業機器、農機、建機の姿勢制御などに活用されています。自動車でも、操縦の安定性を高めるため、車両の不安定な状態を検知し、車両の挙動を安定させるシステム(ESC)や急ブレーキ時のタイヤのロックを防ぐABSなどに使用されています。

――自動車に搭載するため、慣性力センサは、どのような要件を満たす必要があるのでしょうか。

自動車向けでは、産業機器向けなどよりも一段高い安全性と信頼性が求められます。事故が起きれば、人の命に関わる可能性が高いからです。さらに、高温や低温下の環境、振動や衝撃が加わる状況でも誤動作しないことも求められます。また、不測の事態が起きても、安全性を損なう状況にさせない機能安全への対応も欠かせません。

ムラタの車載用慣性力センサは、これらの条件をクリアしています。車載用集積回路での信頼性試験の認定基準であるAEC-Q100、さらにムラタのコンボセンサは自動車での機能安全を規定するISO 26262規格に定義された安全水準のASIL Bに準拠しています。さらに、お客様の要求に合わせた信頼性試験、及び特性評価も実施できる体制も整えています。

100%のトレーサビリティを確保

――自動車向けのセンサには、安全性や信頼性に関する厳密な規格に準拠する必要があるのですね。

さらに、車載用センサでは、それを作る工場が、地震・火災・水害などに見舞われても供給が途絶えることのない、事業継続計画(BCP)に対応した生産体制が求められます。ムラタの慣性力センサはフィンランド工場を主力工場として生産していますが、金沢村田製作所の工場でも第2拠点として主力製品の量産ラインの拡充を進めています。

加えて、100%のトレーサビリティを実現しています。仮に市場で故障が起きた場合にも迅速に故障解析など適切な対応が可能な、万全のアフターサポート体制を整えています。その際、製品のシリアル番号から、製造時のどのウエハーのどの場所にあったチップが故障したのか特定することができるため、製品の波及性を確実に把握できます。これは、お客様先で品質問題が起きた際の影響を最小限に抑えるうえで、有効な対応手段になります。

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